54. グラシアノの治療
パブロさんに控え室へと案内されてから二時間が経過した。
でも、まだ私たちには声がかからない。
神殿の人たちってそんなに頑張っているのかな?
私が行く前に治っていればいいんだけど。
「アーテルさん。弟さん、大丈夫でしょうか?」
「あまり大丈夫じゃないだろうな。神殿連中が帰らないのだって金の無心で揉めてるんだろうよ。あいつら、金持ちからは怪我や病気が治ろうとなんだろうと、法外な金をふっかけてくるからな」
うわぁ、治療しているから遅くなったわけじゃないんだ。
お金のことで揉めているから遅くなるだなんて、ひどい話だね。
治療できなかったんだから、お金なんて諦めてさっさと帰ればいいに!
そのことをアーテルさんに言ったら、「そうなんだがな」と認めつつ、呆れたように続けてこうも言っていた。
「あいつら、金のことしか考えていないんだよ。治癒の奇跡を使って治ろうと治るまいと金をせびり取る。そもそも、治らなかったときなんて治癒の奇跡が発動していたかも疑問だ。大きな街にはお偉い神官がいるが、そいつの思い通りに神殿組織も動く。金儲けに走っている神殿はお偉いさんが金儲けを命じているんだろうよ」
そんなひどいことをしている神殿もあるんだね。
私、神殿ってもっと誰でも受け入れてくれるのかと思っていた。
治療するだけでそんなにお金がかかるんじゃ、治療されずに死んでいく人も多いんじゃないかな。
それを聞いてもアーテルさんは黙っているだけだし、きっとそうなんだろう。
こういう街でも私のような錬金術士のお薬が売れればいいのに。
神殿って面倒くさい。
「お待たせしました。ノヴァ様、シシ様、アーテル様。ようやく神官たちが帰りました」
「ようやくか。かれこれ三時間近く粘ったようだな。司祭どころか司教や大司教も来ていたんじゃないのか?」
「それは……」
「ここでお前を問い詰めても仕方がないか。まずグラシアノの部屋に案内してくれ」
「はい、かしこまりました。こちらになります」
私たちはパブロさんのあとをついていき、ひとつの部屋にたどり着いた。
ここがグラシアノさんの部屋なのかな?
「こちらになります。ただ、この先は私も入ることを許されておりません」
「あん? お前はグラシアノの執事なんだろう? なぜは入れない?」
「グラシアノ様が悪い病気にかかっていた場合、屋敷中に広がるのを防ぐためです。実際、最初の頃は風邪が数名に伝染しました。いまは伝染した者はいませんが、念のために隔離処置を施されております」
「なるほどなぁ。俺たちは入ってもいいのか?」
「はい。ただ、お泊まりは離れにある部屋になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「そんなこと気にしなねぇよ。ノヴァもいいよな?」
「はい! そんなことより、グラシアノさんを助けましょう!」
「よろしくお願いします。では」
パブロさんが部屋をノックすると内側から鍵が外され、ドアが開いた。
中にいたメイドさんにパブロさんが事情を説明して私たちも中に入れてもらう。
入れてもらった室内はほどよい温度で調節されており、空気が湿っても乾燥してもいない本当にほどよい環境だった。
とりあえず環境が悪くて病気が長続きしているわけではなさそうだね。
部屋の中に入ると控えていたメイドさんに話しかけられた。
耳がピンととがった、確かエルフ族の人だ。
「あの、あなたが錬金術士様でしょうか?」
「はい。錬金術士のノヴァです。こっちは相棒のシシ」
「にゃん」
「部屋の環境で悪いところはございませんか?」
「いえ、悪いところはないと思います。暑くもなく寒くもなく、ジメジメしても乾燥してもいない、理想的な環境ですね」
「よかった。お部屋の空気は私が風魔法で整えさせていただいているのです。ですが、神殿の者たちは『聖なるお香を焚け』と言ってきかず」
聖なるお香?
それってどんなものなんだろう?
メイドさんに尋ねてみたら、あまり面白くない答えが返ってきた。
「たいしたものではございません。普通に匂いのするキノコを数種類粉末にして混ぜ合わせただけのお香です。むしろ、あれは空気を汚して患者の健康を妨げます」
そんなお香まであるんだ。
しかも、そのお香がかなり高額なんだって。
私のお薬もそれなりに高額なはずだけど、その百倍はした。
神殿ってなにを考えているんだろう?
「それで、グラシアノ様は治る見込みがありますか?」
「いまから診察します。少し待っていてください」
「よろしくお願いいたします。旦那様も本当に弱り果てているのです。どうか、お力添えを」
旦那様ってユーシュリア公爵様だよね。
見限られないように頑張らなくっちゃ!
さて、患者は……って、あれ?
「あの、この子がグラシアノ様ですか?」
「はい。グラシアノ様は今年で七歳になります」
「そうだったんだ。私より年下なのにこんなに辛い思いをしていたんだね」
「いかがでしょう、原因はわかりますか?」
「ちょっと待ってくださいね。うーん、熱がかなり高い。あと、食欲もないんですよね? ということは、内臓もかなり弱っているのかな? 目に見える範囲に発疹などはなし。グラシアノ様の体に赤いブツブツができていたりはしませんか?」
「いえ、毎日のお着替えを手伝わせていただいておりますが、そのようなものはございません」
んん?
伝染病の類いじゃない?
そういえば、さっきから咳もしてないよね。
呼吸音を聞いてみると、苦しそうではあるけど、一定のリズムで安定している。
これって一体?
「あの、なにかわかりましたでしょうか?」
「その……原因がわかりません。とりあえず、解熱薬と内臓を元気にするお薬、体力をつけるお薬を作りますのでそれを飲ませてみてください」
「わかりました。どうかよろしくお願いします」
うーん、いまいち原因に思い当たる節がない。
ともかく、熱だけでも冷ましてあげれば大分楽になるはず。
そう考えて、解熱剤、内臓の調子を整えるお薬、滋養薬を作ってメイドの人に渡した。
メイドの人はその薬を別のメイドの人に渡し、受け取った人が一口わずかにお薬を飲んで大丈夫なことを確認してから元のメイドの人へと返した。
あのメイドの人は毒味役なんだって。
目の前で作られたお薬でも毒がないかどうかは大切だものね。
しっかりしている。
毒味の終わったお薬はグラシアノ様へとゆっくり飲まされていき、解熱剤をすべて飲み終わった頃には辛そうではあるが目をゆっくりと開けてくれた。
うん、効果はばっちり!
とりあえずの治療は成功だね。
あとは原因がなんなのかを調べなくちゃいけないんだけど、わかるかなぁ?
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