第十章 本当の意味でのひとり立ち

49. スピカとの別れ

 スピカさんが寿命?

 だってスピカさんはちょっと前まで元気に歩いていたよ?

 それが傷を快復したくらいでなんで?


「お母さん! スピカさんを助けるお薬はないの!?」


『あるにはあるけど、素材がどこにあるか私にはわからないわ。いまから探しに行っても間に合わない。悔しいでしょうけど諦めてちょうだい』


「そんな。イチニィは!?」


『すまぬ、お母様と同じ意見だ。我々の行動範囲内に、寿命を延ばす薬があるなどとは聞いたことがない。申し訳ないが、その御老人の命は諦めた方がいいぞ』


 そんな……でも、スピカさんがいなくなっちゃったら、雑貨屋を経営する人がいなくなっちゃう。

 あの雑貨屋はどうなるんだろう?

 わたしは野宿でも構わないんだけど、わたし、スピカさんにまだまだお礼が出来ていない。

 スピカさんはわたしにこの街での暮らし方をいろいろと教えてくれた。

 それに、薬草園がなくなっちゃうのはちょっと困る。

 せっかく育てたのに、どこかにまた作り直しだなんて。

 そんな恩人がいきなり亡くなっちゃうだなんて、信じられない!


「お母さん、イチニィ。本当に治療は出来ないの?」


『ごめんなさい。不可能よ』


『いくらかわいい末っ子の頼みでもできないものはできないのだ。許せ』


 やっぱり、お母さんたちもダメみたいだ。

 お母さんたちでダメだということはニネェとサンニィでもダメだろう。

 わたしとシシじゃ探しに行けないし、どうにも出来そうにない。

 本当にどうしようもないの?


「やはり、私は、寿命、でしたか」


「スピカさん!?」


 気を失っていたスピカさんが目を覚ましたみたい!

 上手く行けば助けられるかも!


「スピカさん、ちょっと待っててね。すぐにお薬を」


「いいんだ、よ、ノヴァちゃん。もうすぐ、私が、寿命、だってこと、はわかって、いたのだから」


 そんな。

 スピカさんはずっと元気で暮らしていたのに、なんで?


「ノヴァちゃんの、前で、は、元気に、振る舞ってい、たけど、本当、は、体中が、悲鳴を、あげていたの、さ。それ、が、一気に表に出て、来ただけ。驚く、こと、じゃない」


「でも、でも!」


「そん、なこと、より、代官、のライネル、はいるかい」


「ええ。ここにおります」


 気がついたらエルフの青年がスピカさんのすぐそばにかがんでいた。

 この人が代官?


「ライネル、私が死んだら、お願いしてあった、とおりに、ね」


「はい。拒まれなければ、ですね」


「ああ。健全経営、だった。から拒ま、れはしない、だろう」


「承知しました。事務的な話はこれでいいでしょう。最期にノヴァちゃんとお話しがあるのでは?」


「そう、だね。あのこと、を、語っておこ、うか」


 スピカさんが話しておかなくちゃいけないこと?

 一体なんだろう?


「実は、ね」


『お待ちなさいな。その微かな息じゃ話しにくいでしょう。一時的だけど、魔法で話しやすくしてあげる』


 お母さんの体が淡く輝いた。

 そして、その光はスピカさんの体に乗り移っていく。

 すると、スピカさんの体がほんの少しだけ温かみのある色になった!

 こんな魔法あるなら最初から使ってくれればいいのに。


『一時的に生命力を高める魔法を使ったわ。その分、寿命も多少は縮むから伝えたいことは簡潔にね』


 え?

 寿命が縮む?

 そんな副作用がある魔法だったの?


「ありがとうございます。フラッシュリンクス様。ノヴァちゃん、実はね。私にも子供がいたんだよ」


 スピカさんはお母さんにお礼を言うと、早速わたしに話を始めた。

 一体どんな話になるんだろう?


「スピカさんの子供?」


「ああ。私の子供さ。もっとも、いまどうしているのか、生きているのかすらわからないけどね」


 む、それってひどい!

 生きているならときどきお手紙くらい書けばいいのに。

 冒険者ギルドはそういうお手紙だって運んでくれるって聞いたもん。


「私の子供はね、錬金術の素養に目覚めてしまったんだよ」


「え?」


「ノヴァちゃんよりは年上だったが、間違いなく錬金術士としての素養があった。ノヴァちゃんみたいにお薬はまだ作れなかったけど、素材を見てどんなものが作れそうかは言えたからねぇ」


「それって……」


「ああ。私の子供も国に連れて行かれちまった。それ以来、音信不通。まだ生きているのか、どんな暮らしをしているのか、まったくわからないんだよ」


「それを調べることは出来ないんですか?」


「いろいろな伝手を使って調べたさ。でも、中央に連れて行かれた錬金術士は、名前すら変えられて過ごすらしい。それじゃあ調べようがないよ」


 ひどい。

 自分から望んでもいないのに名前を変えるだなんて。

 そんなのあんまりだ。


「だから、私は娘のことを諦めたのさ。ひどい親だと思うかい?」


「いえ、思いません。ひどいのは国の方です」


「はっはっは。そうかい。それでね、ノヴァちゃんがやってきてくれたとき、本当に嬉しかったんだよ。娘が帰ってきてくれたような気がしてね」


「え?」


「もちろん、ノヴァちゃんは娘なんかじゃない。それくらいわかるさ。それでも、娘が、いや、年齢を考えれば孫がやってきたんじゃないかと思って楽しく暮らせていたのさ」


「そうだったんですね」


「ああ。すまないね、年寄りの我が儘にいままで付き合わせてしまって」


「気にしていません。わたしもスピカさんにはいろいろ教えてもらいましたから」


「じゃあ、おあいこだね。それで、さっき代官様に頼んでいたことなんだけど、ノヴァちゃん、私が死んだあとの雑貨店を継いでくれないかい?」


 スピカさんの雑貨店を継ぐ!?

 でも、わたしってまだまだ雑貨店では半人前で。


「サポートは街のみんなに頼んである。仕入れ先の一覧と取引額も書き残しておいた。あとはノヴァちゃんが頷いてくれればそれでいいんだけどねぇ」


 そっか、スピカさんはこの日のためにすべての準備を整えてくれていたんだ。

 わたしには上手く出来るかまだわからないけど、挑戦してみよう!


「わかりました。雑貨店、引き継ぎます!」


「そうかい。ありがとうねえ。……さて、そろそろ、お迎え、が、来たようだ」


「スピカさん!」


「娘、の話も、きち、んと、出来た、し、雑貨店も、継い、でもら、えること、になった。もう、思い、残、すことは、ないよ」


「そんな! もっとわたしはお話がしたいよ! スピカおばあちゃん!」


「おやおや……私、のこと、をおばあ、ちゃんだなんて。これは、嬉しい、ねえ。もっと、呼んでほし、いが、もうお、別れだ。元気で、ね。ノヴァ、ちゃん……」


「そんな! スピカおばあちゃん! スピカおばあちゃん!」


 スピカおばあちゃんは魔物の大攻勢があった日、息を引き取った。

 わたしがもっとしっかりしていればあと数日は生きていられたのかな?

 ごめんね、スピカおばあちゃん。

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