バズった! 次のコラボの誘いもきた!

「ばっ、ばばば、バズってる……!? チャンネル登録者もフォロワーも、こんなに……!?」


 翌日の朝、目を覚ました明影は自身のチャンネル登録者数とSNSのフォロワーの数が倍以上に増えている様を目にして、昨日とはまた違った理由で心臓の鼓動を早くしていた。

 これは何かの間違いで、自分はまだ夢の中にいるのでは……と疑って頬をつねった彼は、微かな痛みを感じると共にこれが現実であることを確信し、身震いする。


 まさか、こんなことになるなんて……と、二週間前から目まぐるしく変わっていく状況についていけずに戸惑う彼であったが、そこで事務所の代表である斧田から電話がかかってきた。


「もっ、もしもし! 風祭ですけど……」


「明影、やったな! とんでもなくバズってるぞ!」


 珍しく声を弾ませている斧田の様子に、じわじわと自分が大勢の人たちに注目されている実感を覚え始める明影。

 ファンたちからの注目は嵐魔琥太郎だけに留まらず、所属事務所である【戦極Voyz】にも及んでいるようだ。


「お前がバズってから、他の奴らのチャンネル登録者数も僅かにだが増加している。アーカイブの視聴回数もかなり増えているし、間違いなくお前が注目された効果が出ているぞ!」


「そ、そうなんですか? だとしたら嬉しいです。僕なんかが、みんなの役に立てるなんて……」


「謙遜するな! スタッフもタレントたちも、みんなお前に感謝してるぞ! もちろん、俺もそうだ。この勢いを維持できれば、一気に事務所の名前を広めることができるかもしれない。お前が運んでくれたチャンスを逃さないようにしようって、みんなやる気を見せてるぞ!」


 斧田の嬉しそうな声を聞いていた明影は、自分もまた知らず知らずのうちに笑みをこぼしていることに気が付いた。

 バズった。注目された。人気が出始めた。昨日までほとんどの人間に存在も知られていなかった【戦極Voyz】という事務所が、多くのファンたちの注目を集めているという事実に、明影の胸が高鳴る。


「それで、どうなんだ? 茶緑ガラシャさんと次のコラボについて話とかしているのか?」


「い、いえ、まだです。でも、雰囲気的にはもう一回くらいはやるんじゃないかなって……あっ!?」


 ガラシャの、環の名前が出たそのタイミングを見計らったかのように、通話アプリに彼女からの着信が入る。

 それを目にして驚いた明影の声を聞いただけで全てを察した斧田は、彼へと興奮が隠しきれていない声で言った。


「明影、俺が許す。向こうとのコラボを最優先に考えて動け。全力で向こうの企画に乗って、チャンスを掴み取るんだ」


「は、はいっ!」


「……頑張ってくれよ。【戦極Voyz】の未来は、お前の活躍にかかってるからな!」


 プレッシャーを与えられたような気もしなくはないが、それ以上に斧田から信頼してもらえていることが嬉しかった明影は、嬉しさに何度か飛び跳ねながらそんな自分のことを落ち着かせるために深呼吸をした。

 そうやって呼吸を整えた彼は、そのまま環からの着信に応える。


「あ、もしもし、風祭です……」


「へっへ~ん……ど~よ? ぼくのお陰でバズりにバズっただろ~?」


「は、はいっ! 全部明智さんのお陰です! 本当に感謝してます!!」


「にゃっはっはっはっは~! もっと褒めろ~! 崇めろ~! たてまつれ~! もうぼくに足を向けて寝れないね~、こたりょ~!」


 ぺこぺこと頭を下げながら、環へと感謝の言葉を述べる明影。

 これまでとは立場が真逆になっているが、そんなことも気にせずに自分たちにここまでの大バズりチャンスをくれた彼女へと頭を下げ続ける中、電話の向こうで不敵な笑みを浮かべた環が言う。


「でさ~、あれだけじゃあ流石に悪いと思ったから、もう一回コラボしたいと思ってるんだけど……その前に一つ、確認させてもらっていい?」


「か、確認ですか? 何を……?」


 意味深なその言葉にごくりと明影が息を飲む。

 緊張で体を強張らせる彼へと、逆にリラックスしかしていなさそうな環が実に楽しそうな声でこう尋ねてきた。


「このバズりでぼくのこたりょ~への恩返しは十分にさせてもらった。むしろこたりょ~がぼくに恩を感じるレベルだよね? こたりょ~はぼくに恩がある。その恩を返すまでは、ぼくの言うことを何でも聞く……よね?」


「はい、もちろんです! このご恩を返すためならば、どのようなことでもさせていただきます!」


「そっか、そっか! なら、その言葉が本当かどうか、試させてもらっちゃおうかな~……!!」


 このチャンスは逃すわけにはいかない。斧田の命令通り、何を後に回しても茶緑ガラシャとのコラボを最優先にしなければ。

 そう考えた明影は、特に考えるでもなく彼女の言うことを肯定したのだが……その瞬間、環は嬉しそうに笑いながら何やら思惑を感じさせることを言い始める。


「じゃあさ、これからぼくが言うゲームをインストールしておいてよ! それを二人でプレイしよう! ねっ!?」


「はい! ……あの、念のために確認したいんですけど、今度は普通に配信しますよね? また数分で終わりとかにはなりませんよね?」


「当たり前じゃ~ん! あんなの何回もやったりしないよ~! 今度は普通に配信するって~! 安心してよ、こたりょ~!」


「で、ですよね~! すいません、変なこと聞いちゃって……」


 もう変わり種というか、開始から数分で終わるような馬鹿げた配信はしないと断言した環と共に大笑いする明影。

 それならばもう彼女に振り回されることもないと、そう安堵していたのだが――?


「……でもまあ、普通にゲームをプレイするとは言ってないけどね」


「……はい?」


 ――そんな一言を耳にした瞬間、彼の脳裏に環がドヤ顔を浮かべながら胸を張っている姿が浮かび上がってきた。

 なにか……とても嫌な予感を覚え始めた彼へと、満面の笑みを浮かべた環が弾んだ声で言う。


「いや~、一回でいいから経験してみたかったんだよね~! ひ♡め♡プ♡ ぼくの言うことをな~んでも聞く、従順で優秀なしもべをゲットできてラッキーだな~!」


「え? えっ? ひ、姫プ……? その、明智さん? いったい配信で何をするおつもりなのでしょうか……?」


「ひ♡み♡ちゅっ♡ まあ、とりあえずゲームをインストールしてよ。そしたら詳しい話をするからさ! ほら、急げこたりょ~! 時間は待っちゃくれないぞ~! 抹茶だけにね~! にゃっはっはっはっは!!」


 ……どうやら、環は普通にゲームをするつもりなどこれっぽっちもないようだ。

 なんとなく予想ができてしまうが、姫プという単語に嫌な予感しか覚えない明影は、自分がまたも彼女に振り回されることを確信すると共に肩を落とす。


 そんな彼の気持ちも知らずに楽しそうにはしゃぎながら、環は嬉しそうに配信の計画を練り続けるのであった。

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