『命の恩人にお礼を言うための配信』
「みんな~! お待たせ、まっちゃ~!? 茶緑ガラシャ様の配信が始まぅぞ~!!」
【おはガラ! 今日も活舌よわよわでかわいい!】
【滅多にない他箱とのコラボ、楽しみにしてたよ!】
【大丈夫かな……? お相手さん、ガラちゃんの独特さについていけるかな……?】
『命の恩人にお礼を言うための配信』と銘打たれた配信の冒頭は、そんな平々凡々な流れで始まった。
普通に挨拶をして、普通にリスナーたちと交流を楽しんで……そこからもったいぶった様子でえへんえへんと咳払いをしたガラシャは、厳かな雰囲気を醸し出しつつ本題に触れていく。
「今日はですね~、前々から予告していた通り、恩人に感謝の気持ちを伝えるための配信をやろうと思ってま~す! 待たせるのも悪いし、早速呼ぶね! うぉ~い! おいで~、こたりょ~!」
「え、あ、はい。ど、どうも、お邪魔するでござる~……!」
【いらっしゃい! まあ、リラックスしなよ】
【ガラちゃんの活舌がよわよわ過ぎて自分が呼ばれたのかいまいち確信持ててないっぽいな、これはwww】
【ガッチガチに緊張してるのがわかる声で草。取って食ったりしないから、安心してくれよな!】
急に呼び出された琥太郎は、ガラシャに応えながらも声がひっくり返らないように注意することに意識の大半を割いていた。
緊張で心臓がばくばくと大きな音を鳴らす中、思っていたよりもずっと温かい抹茶兵の反応を目の当たりにした彼は、少しずつ心を落ち着かせていく。
「は~い! というわけで、この人がぼくをピンチから助けてくれた恩人! 【戦極Voyz】の嵐魔琥太郎で~す! みんな、拍手~!」
【ガラちゃんを助けてくれてありがとうな!】
【怪我は大丈夫? もう痛いところとかない?】
【本当に感謝してる。サンキュー、忍者】
「ま、抹茶兵の皆々様からの温かいお言葉、痛みいるでござる。拙者の怪我も大したことなかったでござるし、もうどこも不調はないでござるよ。ここまでご心配いただき、恐悦至極にござる」
忍者らしいござる口調で話しながら、抹茶兵からの感謝と賞賛のコメントに応える琥太郎。
ガチ恋勢たちから嫉妬や憎しみの感情を寄せられることを不安視していた彼が、この雰囲気ならば何も問題はなさそうだとほっと胸をなでおろす中、再び咳払いをして無言の時間を作り出したガラシャが口を開く。
「嵐魔琥太郎さん……あなたがいたお陰で、ぼくは大怪我を負わずに済みました。ぼくの不注意でご迷惑をお掛けしてしまってごめんなさい。そして、助けてくれてありがとう……! 心の底から感謝しています」
「いえ、拙者は忍として、人として当然のことをしたまででござる。影に潜む存在である拙者がこうして多くの人々から賞賛される場を用意してくださった茶緑殿には、拙者も心から感謝しているでござるよ」
「そっか、よかった! これで迷惑をかけた分はチャラにできたっぽいし、ぼくも安心したよ!!」
嬉しそうに笑みを浮かべるガラシャを見つめながら、ここまでは順調だぞと琥太郎が息を吐く。
普通に配信に参加し、良好な関係をアピールして、感謝を伝えられるところまでは実にいい雰囲気のまま配信を進めることができた。
問題はこの後……全く打ち合わせをしていない、これ以降の展開だ。
ガラシャは自分に任せろと言っていたが、ここからどうするつもりなのかと彼女を信じながらも不安な気持ちを抱いていた琥太郎であったが、その耳に予想外の声が響く。
「よし! じゃあ、目的は達成したから、今日の配信はこれでお終い! みんなも集まってくれてありがとな~!」
「……は? え? お、お終い……?」
一瞬、本気で聞き間違いかと思った。自分の耳がどうかしてしまったのかと、そうじゃないとおかしいと琥太郎は心の底から自分を疑った。
しかし……今、確かにガラシャははっきりとこれで配信はお終いと言い切ったはずだ。
その証拠に、困惑する琥太郎やリスナーたちを放置して、彼女は完全に配信を締めにかかっている。
「いや~、まさかここまでこたりょ~が喜んでくれるとは思わなかったよ! わざわざお礼を言うためだけに配信枠を取った甲斐があったな~!」
「さ、茶緑殿? え? お、終わり? まだ配信開始から三分も経ってないでござるよ!? なんでもう締めにかかってるんでござるか!?」
「じゃあみんな! チャンネル登録と高評価、あとSNSのフォローもよろしくな~! こたりょ~のチャンネルURLも概要欄に貼ってあるから、そっちも登録頼んだぜ!」
「え? 待つでござる! 本気で待って!! あっ、嘘っ!? もうエンドカード出てる!!」
ガラシャと共有している配信画面には、完全に終わりを告げるエンドカードが表示されている。
まさか、彼女が一切打ち合わせをしなかったのはただお礼を言うだけで配信を終わらせるからだったのかと……いやでもまさかそんな馬鹿なことをする人間なんているわけがないと心の何処かで疑う……もといガラシャを信じようとした琥太郎であったが――。
「んじゃ、今日はお疲れ様! また一緒に遊ぼうね! ばいば~い!」
「……え? え? え? ええ~~っ!?」
――実にいい仕事をした、ガラシャの声にはそんな彼女の気持ちを物語るかのような響きがあった。
そのまま配信終了ボタンを押した彼女の奇行を目の当たりにした琥太郎の驚愕の叫びが轟く中、配信画面がブラックアウトすると共にその声も途切れる。
残された抹茶兵たちが【草】やら【は?】やら【www】などの反応をコメントとして打ち込む中、嵐魔琥太郎の復帰配信兼茶緑ガラシャとの初コラボ配信は、音声が入ってからものの五分にも満たない間に終わりを迎えるのであった。
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