第21話 アーネット対第一騎士団

 城壁の門で停められることもなく、馬車は城壁の外に設置された会場へと到着する。

 馬車を降りると、そこには、運動会で見かけるような簡素なテントが張られ、僕たちの見物席が用意されていた。

 会場には、アルセの人たちなのだろうか、多くの大衆が見物席と第一騎士団の野営地を囲むように集まっている。

 彼らは、シートのような物を敷いて座っており、露店まで出ていた。

 それはまるで、運動会や競技大会のようなにぎわいだった。


 「お祭りみたいだね」


 「そうですね」


 シャルは集まった人たちを見て、どこか嬉しそうだった。


 「しかし、アノンもこうも簡単に提案にのってくるとは……。彼が断ってきたら、張り切っていたアンさんには悪いけど、提案を断った事を理由にお帰り願う予定だったんだけどね」


 僕とシャルは、用意された席に座る。


 「リネットが『第一騎士団対メイド長の闘技試合』と昨夜から今朝にかけて触れ回っていましたからね」


 「なるほど、引くに引けなくなった訳だね」


 彼女がなにやら説明に困りだした。


 「それが……、彼は身の程も知らぬバカだったみたいで、騎士団全員で挑むなら、アンに勝てると思ったみたいです……」


 「そうなの……」


 何だか想定外の話しを聞かされそうだ。


 「副官と団員たちが、提案を断るようにいさめたのですが、カーディア帝国の精鋭である第一騎士団が、メイド一人に怖気おじけづいたと言われるわけにはいかないと、彼が忠言を聞かなかったそうです」


 「なんだか、騎士団の人たちが可哀想になってきた……」


 「そうですね……」


 イーリスさんをアノンと一緒に馬鹿にしていた彼らに同情する気はないのだが、それでも、いたたまれない気持ちが襲ってくる。




 会場を見ると、その中央にシリウスが立っている。

 そして、彼は高らかに声をあげた。


 「これより、カーディア帝国第一騎士団とカーディア帝国宮廷侍従長アーネットの闘技試合を始める! 双方の武具は自由だが、刃先はさき槍先やりさきは潰したものを使用する。では、双方前へ!」


 僕たちのいる見物席の脇から、メイド服姿のアンさんが入場してくる。

 その手には、黒光りする刃を備えたデスサイズが握られていた。

 「ウォォォー」と観客から歓声が上がり、拍手が盛大に起きる。

 彼女は、観客に大きく手を振ってこたえると、今度は僕たちに笑顔を向けてから、小さく頭を下げた。


 続いて、野営地から、アノンを先頭に第一騎士団が馬に乗って入場してくる。

 彼らはアンさんとは対照的で、重装備の甲冑かっちゅうを着こみ、その手には、剣や槍だけではなく、盾までも装備していた。

 その姿に観客からは、ブー、ブーとブーイングが起こり、「お前たちは、戦争でも始めるのか!」とヤジを浴びせられていた。


 「あんなのあり?」


 アンさんと第一騎士団の装備に差がありすぎる。


 「アンなら大丈夫ですよ。それよりも、あそこまでしてしまうと、逆にアンを本気にしてしまうかもしれません……」


 シャルを見ると、彼女の顔は引きつっていた。


 「アンさんの本気は、襲撃の時に見たけど、凄かったね!」


 「はっ? あれはアンにとっては、本気ではありませんよ。どちらかと言うと、準備運動かじゃれている程度ですから、本気にはならないと思いますが……。アンの本気を見たら、引きます!」


 彼女はそう言い切ると、険しい表情をする。

 アンさんの本気を見るのが怖い……。


 シリウスがアンさんとアノンに、何やら確認を取っている。

 そろそろ試合が始まるようだ。

 自然と前のめりの姿勢になっていると、レイリア、イーリスさん、ミリヤさんの三人が目の前を通り、僕の隣にはレイリアが座った。


 「皆、ご苦労様!」


 「いえ、大したことはしていません。ただ、会場の設営よりもアンの準備運動に付き合わされたことのほうが……きつかったです」


 イーリスさんの言葉に二人も黙って頷く。

 彼女たちは疲れた表情をしていたが、こちらに向けて笑顔を作ってみせる。

 だが、どこかゲッソリしている感じのせいで、笑顔が苦笑に見えてしまう。


 「レイリア。アンさんは、昨日はあまり寝てなかったみたいだけど、体調は大丈夫なのかな?」


 「問題ないです。それよりも、現役時代よりも強くなっているなんて……おかしいです! 化け物です!」


 そう言って彼女は肩を落とした。

 会話を聞いていたイーリスさんとミリヤさんも、ウンウンとこちらに向かって頷いている。


 会場では、シリウスが右手を高くかかげる。

 それを見た僕たちと観客は静まり返り、息をのむ。


 「はじめ!!!」


 彼は声を大きく張り上げると、右手を勢いよく振り下ろした。


 その掛け声と同時に、騎士団は馬を走らせ、アンさんを取り囲んだ。

 それに対し、彼女は長いスカートをなびかせて、アノンに向かって歩いて行く。

 彼女の背後にいた二人の騎士が槍を構えると、ウォォォーと叫びながら馬ごと突進をするが、軽くかわされると、次の瞬間、彼女の大きな鎌が弧を描くように振られ、彼らの首に鎌が食い込む。

 そして、二人まとめて馬上から地面へと背中から叩きつけられた。

 せっかく背後にいたのに叫んだらバレるでしょ!


 必死に立ち上がろうとする彼らの首を、再び鎌が襲い掛かると、彼らは数メートル飛ばされて動かなくなった。

 そして、彼女はアノンに向かって、再び歩みを始める。  

 あと、二九人か。


 今度は、二人組の騎士四人が、左右から彼女を挟み込み、槍を構えて叫びながら突進をする。

 また、叫んでいる……。掛け声をあげないといけないのだろうか……?


 彼女は上空に高く飛ぶと、宙返りをして槍を交わし、鎌を回転させた。

 すると、彼らは馬上から叩き落とされる。

 彼らは、すぐに体勢を整えると、槍を捨て剣に持ち替え、そのまま彼女に襲い掛かった。

 しかし、剣の軌道を踊るようにかわした彼女は、鎌を上下左右と器用に振り回し、柄に取り付けられている鈍器を使って彼らをなぎ倒していく。

 彼女は弱すぎる相手に「ハァァァー」と大きな溜息をつき、不満そうにする。

 何だか怖い……。

 まさか、アンさんって、バトルジャンキーじゃないよね……。

 あと、二五人。


 再び、アノンに向かって歩き始めるアンさん。

 彼は怖気づいたのか、後退して副官に何かを叫んでいる。

 彼女はその様子を見ると、アノンに鎌の先を向けて吠えた。


 「ぬるい! この程度で、アーネット・トート・フルスヴィントを討ち取れると思っているのか! このれ者共がぁ!!!」


 すると、彼女の様子が変化したことに、会場もざわめく。

 僕も体育会系っぽい感じに変わった彼女に驚きを隠せないでいると、シャルが袖をクイクイと引っ張る。


 「あっちが私たちの知るアンです」


 「そうなの?」


 レイリアたちも頷いている。


 「うー、僕のアンさんが崩れていく……」


 その場でうなだれた。


 「僕のアンさんって……」


 そう言って、苦笑したシャルと目を合わせると、彼女からピキーンと音がしたような気がする。


 「リネット、試合中だけど、アンに伝言は出来るかしら?」


 「はい、出来ますわ」


 二人は何やらヒソヒソと話し始めると、急に顔がニマニマしだしていた。

 何かを企んでいるようにしか見えない。


 「では、アン様に伝言を……?」


 試合会場に入ろうとしたリネットさんが兵士に止められた。

 彼女は、その兵士に文句を言って、強引に中へ入ろうとするが、近くの兵士たちも集まり、止められると、彼らから一斉に首を横に振られている。


 「私が行きましょうか?」


 こちらの様子を窺っていたオルガさんが手を挙げた。

 リネットさんは彼女のもとへ行くと、耳打ちをする。

 オルガさんもニマニマしだした。

 いったい、何を企んでいるんだ?


 「では、オルガさん、お願いしますわ」


 「はい!」


 オルガさんは、リネットさんに元気よく返事をすると、その場から瞬時に消えた。 

 何処に行ったのかと辺りを見回すと、すでにアンさんのところで耳打ちをしていた。

 そして、要件を済ませると、すぐにその姿は消えてしまう。

 会場は、オルガさんがいきなり現れたと思えば、すぐに消えてしまったことに、騎士団と観客がどよめいていた。

 オルガさんってくノ一なのか……。

 そういえば、姉ちゃんは時代劇が好きだった。いや、まさかね……。


 周囲は、いまだに混乱をしているのに、彼女は席へと戻っていた。

 さすがに、見兼ねたシリウスが仕切りなおしをすると、混乱はおさまり、試合は再開された。


 「アーハハハハハ。さあ、早くかかってきなさいな! お前たちのような三下さんしたにかまっている時間が惜しくなりました! その首、雑草のように刈り取ってあげます!」


 アンさんが甲高い声で笑い出し、彼女の様子がさらに豹変した。

 もう、僕の知っているアンさんじゃない……。

 おそらく、シャルの伝言が原因だ! 

 シャルを睨むと、彼女は顔を背け、唇を尖らせて音になっていない口笛を吹いて誤魔化した。

 何となく悔しかったので、彼女の頬にチュッと軽くキスをしてやった。

 彼女は顔を茹蛸ゆでだこのように赤くして固まると、ピクリとも動かなくなってしまう。

 やりすぎてしまったようだ……。

 以前なら、こんな大胆なことはできなかっただろう。

 しかし、ファルマティスに来て、マッサージやら婚約やらで免疫ができたのか、これくらいなら大丈夫だと思ってしまった。

 異世界って凄い!




 僕がしでかしたことだが、しばらくは戻ってきそうにないシャルのことは放置して、試合観戦に戻る。

 しかし、試合は全然動いていなかった。

 なぜなら、豹変したアンさんに騎士団が尻込みをしていたからだ。

 消極的な騎士団にしびれを切らしたのか、アンさんが彼らに向かって駆け出す。

 当然、彼女はアノンに向かっていく。

 彼を護るように四人の騎士が一列に壁を作り、彼女に向かって突進をする。

 その間に次の四人が壁を作り、後に続く。

 波状攻撃に切り替えたようだ。

 だが、アンさんは先頭の四人の前で大きく飛ぶと、中央の馬の頭を足蹴にして、さらに高く飛び、四人をなぎ倒すように鎌を振るう。

 そして、後続の馬の頭に着地し、再び高く飛ぶと同じように鎌を振るってから、地面へと降り立った。

 すると、馬が駆け抜けた後には落馬した八人が転がっていた。

 彼らは、剣を抜いて体勢を整え、彼女を囲むように広がり間合いを取る。


 時間にしたら、一瞬の出来事だったのだが、僕は、アンさんのアクロバティックな戦い方に魅了されてしまった。

 あのまま、波状攻撃を続けてくれたなら、今頃はアノンの前に辿り着けただろう。 

 しかし、副官が波状攻撃を迷うことなく中断させていた。

 アノンの副官は優秀なのかもしれない。


 キンッ、キン。


 一対八の状態になって、初めて剣がぶつかる音がする。

 アンさんもかわし切れずに受け止めることが多くなった。

 彼女が押されてきていると思い、自然とこぶしを強く握ってしまう。

 その後、騎士団は、戦力を増強するため、さらに八人が馬を降りて攻撃に加わる。

 最初から馬に乗らずに、こうした方が良かったのでは……。


 キンッ、キンッ、キンッ、キン。


 一対一六になって、騎士団の攻撃は、さらに激しさを増していた。

 その激しさに、見ているこっちのほうがハラハラ、ドキドキして疲れてくる。

 他の皆も気が気ではないだろうと一同を見るが、前のめりで見ているのはヨン君だけだった。

 他は、どちらかと言うと、落ち着いた様子で戦況を見ている。

 特にレイリアにいたっては、フムフムとあごに手をやり、頷いている。

 アンさんの戦いを見て、勉強をしているようだ。


 「レイリア、アンさんが心配じゃないの?」


 「心配? ああ、なるほど。あれは、わざと押されているようにしてるだけですから大丈夫ですよ。まあ、見ててください。そろそろ反撃に出る頃だと思いますよ。ほら!」


 彼女は笑顔を見せると、会場を指差す。

 レイリアに言われ、僕は会場に視線を戻す。

 すると、アンさんはダンスを踊るよにクルッと剣をかわし、一人の騎士に近づき、その喉元のどもとにデスサイズで突きを繰り出すと、彼を大きく吹き飛ばす。

 そして、今までのアンの劣勢が嘘のように、彼女は振り下ろされる剣を、ステップでも踏むように軽やかにかわし、デスサイズの鎌と鈍器を器用に使って、騎士たちの首や喉元に一撃を加えていく。

 彼らは、吹き飛ばされたり、鎌に引っ掛けられるようにして投げられたりしていた。

 彼女の攻撃は、首、喉元、あごに集中していて、攻撃を受けた騎士たちの中で、意識のある者は、うずくまって苦しんでいた。

 そんな彼らに、彼女は近づき、鎌ですくい上げるように首に打撃を与えると、意識を刈り取っていった。

 その姿は、まさに死神の様だった。


 一六人もいた騎士たちは、一人、また一人と刈り取られていく。


 「一〇、九、八、七、六、――」


 観客からは、いつしか、カウントダウンが始まっていた。

 カウントが終わると、アノンたちは九人しか残っていなかった。


 「ねぇ! 言った通りになったでしょ!」


 レイリアは胸を張って、満面の笑顔だった。


 「でも、あれはひどすぎない……」


 「この試合の言い出しっぺは、フーカ様ですよ! それに、中途半端にやって、意識がある者がいたら、生き残りがいたと主張されますよ!」


 「確かに言いそう……」


 僕が苦笑すると、彼女も苦笑で返す。




 会場がざわつく。

 何事かと、会場を見ると、アノンが弓でアンさんを射っていた。

 彼女が副官と七人の騎士を相手に応戦をしている隙をついて、後方から彼女に向けて矢を放っているのだ。


 「あんなのあり?」


 「……。どうせ、アン様には当たらないです。でも、弓ですか……。試合で飛び道具は使われますから使用しても問題はないです」


 レイリアは、どことなくぎこちなかった。


 「どうかしたの?」


 「ええ、私が使った戦術に、騎兵と弓兵を組ませたものがありまして……。その時の副官がアノンだったので、ちょっと……」


 彼女はうれいを帯びた顔をする。

 僕はそんな彼女の腕に自分の腕を絡ませると、彼女の手をそっと握った。

 すると、彼女はこちらを振り向いて驚くと、顔を赤らめながら笑顔を作る。

 そして、会場に視線を戻した。

 こんなことでも、少しは気が晴れてくれればいいのだけど。


 会場では、レイリアの言った通りに、アノンの放った矢が、アンさんのデスサイズに叩き落されていた。

 しかし、アンの様子がおかしい。彼女の背後に劫火ごうかが見える気がする。


 「アノン!!! よくも私の前で、この戦術を使ったな! 貴様は、コ、ロ、ス!」


 彼女は冷めた笑いを浮かべて吠えた。

 彼女が放った威圧感が、離れているこちらまでビリビリと伝わってくる。

 会場には、シーンとした沈黙が続き、声を出したら殺される! そんな緊張感が襲い続ける。

 ヨン君は恐怖のあまり、オルガさんに抱き付くようにしがみついていた。


 応戦していた騎士たちは大きく間合いを取って、動けないでいる。

 アノンに至っては、馬が恐怖で暴れだし、落馬する始末だ。

 そんな中でも、シリウスとその部下たちは、恐怖に取り乱して四散しさんする騎士団の馬たちをかき集めて、なだめていた。


 シャルが腕にしがみつき、僕にだけ聞こえるように耳元でボソッとささやく。


 「レイリアが、背中を切りつけられた時に行われていた戦術ですからね。彼女が指揮を執っていれば成功したのですが、彼女の負傷で、副官だったアノンが指揮を執って失敗。そして、戦術が無謀むぼうだったから敗北したとアノンが証言。フーカさんなら、戦術を否定した者がその戦術を使ったら、どう思います?」


 可愛らしく微笑んではいたが、彼女の目には怒りが満ちていた。


 「アノンは、アンの愛弟子だったレイリアに、戦術考案者として敗北の責任をなすりつけた。なのに、その戦術を堂々と使いました。アンの逆鱗げきりんに触れても仕方ありません」

 

 「でも、殺しちゃまずいでしょ」


 僕は、彼女の耳元でささやいた。


 「闘技試合は、性質上、事故死がよくあるのですよ」


 「……」


 ファルマティスの人は、物騒だよ……怖すぎるよ。


 「大丈夫ですよ。アンだって、今は問題を起こす訳にはいかないことくらい分かっています。クスッ」


 さっきまでポヤポヤしてたのに、僕がビビったことを見透みすかしているようで悔しい。


 「アーハハハハ! ンフフ、ンフフフ、ンフフフ、フーフー。ンフフ、ンフフフ、ンフフフ、フーフー」


 アンさんは甲高く笑うと、鼻歌を歌いだす。

 ん? んん? 何だか聞いた事があるフレーズだ。

 そうだ! 武器商人が活躍するアニメに流れていた曲だ。

 僕とアンさんは、いつも同室だったから、間をつなぐために見せたアニメを彼女が気に入っていたのを思い出した。

 その鼻歌が合図の様に、彼女は今までとは別人の動きで、騎士たちに向かう。

 一人の騎士が立ちはだかって対応するが、デスサイズに剣を弾き飛ばされ、鎌の根本と柄についている鈍器で交互に何度も殴られたあと、デスサイズで野球のフルスイングをすると、彼は数メートルも吹き飛んだ。

 本当に大丈夫なのかな? アンさん、理性が飛んでいるようにしか見えないんだけど……。


 彼女は、オルガさんのような速さで、一人の騎士の前に唐突に表れると、彼の頭を左手で鷲掴みにして、地面へと叩きつけた。

 その叩きつけられた衝撃の反動で、彼の身体が宙に浮くと、デスサイズのフルスイングが彼を吹き飛ばす。

 そして、次の騎士に、彼女は襲い掛かる。

 その騎士は顔面を鷲掴みにされ、後頭部から地面に叩きつけられた。

 今度は、反動で浮いた身体に、鎌の裏側がスイカ割りのように振り下ろされ、デスサイズの衝撃と地面衝撃を同時に受けた彼は、動かなくなった。


 騎士の一人が彼女に背を向け、逃げ出す。

 しかし、デスサイズが彼にスーと伸ばされると、鎌が首元に当てられ、引きずり戻された。

 そして、デスサイズで何度も殴打をされ続ける。

 立ったままの状態の彼の額を、彼女が指で突くと、彼は背中から倒れた。

 高速で殴られ続けて、倒れることも許されなかったようだ。

 シャルは大丈夫だと言ったが、不安になってくる。

 あとは、アノンと副官、騎士三人の五人か……。


 これって、見ているほうも怖いんだけど。

 それに、ヨン君の教育上も良くないよね。

 そう思い、彼を見ると、オルガさんが彼の頭を抱きかかえて、見えないようにしていた。

 アンさんも、こんな処刑スタイルみたいなことをしないで、まとめてボコボコにしてくれればいいのに……。

 こんなことなら、提案なんかしなければよかった……。

 ああ、胃が痛くなってくる。


 会場の中を忙しく動き回る兵士たちに目が向く。

 それにしても、シリウスの部下たちは凄いな。

 この状況に動じることもなく、動かなくなった騎士たちを試合の邪魔にならないように、すきをみては回収している。



 会場では、アンさんが進むと、騎士たちが下がっている。

 アノンにいたっては、腰が抜けたのか、へたり込んでおり、そんな彼を副官が担いで下がらせていた。

 どうしようもないやつだなと僕が思った瞬間、彼女が地面すれすれの低姿勢で駆け出し、デスサイズを横に振った。

 鎌が横並びになっていた三人の騎士の足元をすくって転ばせる。

 彼らは、剣を前に突き出すように構え、後ずさりして体勢を立て直そうとした。

 しかし、彼女はデスサイズを下から上に振り上げるように回すと、右端にいた騎士のあごにあて、宙へ舞い上げた。

 そして、空中の彼にデスサイズを振り下ろし、地面へ叩きつける。  

 その間に、二人の騎士は立ち上がったが、彼女はすでに、彼らの背後に回り込み、一人の首を鎌で引っ掛け、そのまま、背負い投げのように投げ飛ばし、地面に叩きつけた。 

 残った騎士は、後方に飛んで、彼女との間合いを取る。


 兜をかぶっていなかったアノンと副官の表情が見えた。

 彼らは、すでに戦意を喪失して、蒼白な顔色をしている。

 それでも副官は、アノンを引きずって下がらせると、剣を抜いていた。


 「シャル、本当に大丈夫なんだよね」


 「ええ、たぶん、だ、大丈夫です……」


 ちょっと、返事が怪しくなってる……。


 「あらー、あらあら? 第一騎士団は精鋭部隊でしたよね!? いつから弱小部隊になったのですか? 不思議ですね。さぁー、ア、ノ、ンー、答えなさい! 最後に言い訳くらいは聞いてあげますよ!」


 アンさんがアノンを挑発した。


 「うるさい、この化け物が! 貴様の首なんか、お爺様と父上にかかれば、すぐに取れるのだぞ!」


 「あっそう!」


 彼女は、デスサイズを器用に振り回した。


 「あれって、謝るところでしょ! あいつバカなの!? それも、この状況で親の権力を出しちゃったよ」


 あまりの出来事に、僕のほうが動揺を隠せない。


 「えーとですね。参りましたね。どうしましょう? あれって、たぶん、火に油を注ぎましたよね……」


 シャルまで動揺している。

 誰か……。

 そんな思いで周りを見る。

 そこには、呆れ果てて放心状態の顔が並んでいた。

 ダメだこりゃあ。




 アンさんが、彼らにとどめを刺すべく動いた。

 一人残った騎士に向かい、デスサイズで高速の打撃を続ける。

 彼は、それを剣でしのいでいたが、剣が折れると、次から次へと繰り出される高速の打撃をその身に浴びて、倒れた。

 彼の着ていた防具は、ボコボコにへこみ、その凄まじさが見てとれた。


 副官が一歩前に出て、アンさんと対峙する。

 彼は、少しカールのかかった黄色のショートヘアーに優しい顔つきをしていて、好青年という感じだった。

 観客からは女性の歓声が多く聞こえてくる。

 それも分かる気がする。

 ただ、その彼の後ろでは、腰を抜かして立てなくなったアノンが、四つん這いで逃げている。

 それが、何とも言えぬ光景を生み出していた。


 アンさんが仕掛けた。

 彼女の無数の攻撃が副官を襲う。

 彼はかわせないものだけを、剣で受け流し対処していた。

 どうやら、彼は防御に徹しながら機会をうかがっていたのだろう。

 彼女の攻撃の勢いが落ちると、背中からナイフを取り出して、彼女に投げ、そして、剣で斬りかかる。

 アンさんは、顔面に向かって投げられたナイフを寸前のところでかわし、剣を受け止めた。

 彼女のロングストレートの髪がサラサラと落ちていく。

 見物席からは、ナイフが当たったように見えたが、うまくかわしたようだ。

 僕は、ホッとした。

 見ているだけで、胃が痛くなってくる……ん? 今のナイフって模擬用じゃなかったような?


 そんな僕の疑問を無視するように、アンさんと副官の戦闘はさらに続けられていた。

 彼は剣だけでなく、蹴りを放ったり、さやまで器用に使って、攻撃と防御を繰り返している。

 今までの騎士たちとは別格なのが、素人目にも分かる。

 優秀な人材なのに、アノンに従っていることが惜しまれる。


 アンさんは副官と戦いだしてから、さっきまでの威圧感がなくなっていた。

 もしかして、歯ごたえのある相手が出てきて、楽しくなっちゃったのでは……。

 観客たちも彼の奮闘に興奮し、二人を応援しだしたことで会場には活気があふれだし、いい雰囲気となっていた。


 しかし、勝負が均衡することはなかった。

 副官の疲労が限界にきていたのだろう。

 アンさんの攻撃を肩当で防いだりと、どんどん押されていく。

 すると、何を思ったのか、彼は後ろに飛びのき、彼女から離れた。

 そして、剣を構えながら鎧の剥がせる部位を取っては捨てていく。

 アンさんは、そんな彼を見て、一歩下がって待つ。

 それに対し、彼は剣を鞘に納め、彼女に一礼をすると、防具を外していく。

 その様子に、観客から拍手喝采が起こった。

 本当の闘技試合って、こういうものだと思う。


 そして、防具を外し終えた副官は、アンさんに一礼をすると、剣を抜き、両手で構えた。

 彼女も一礼をすると、デスサイズを大きく振り回してから両手で構えた。

 僕は、ゴクッと生唾を飲み、息をするのも忘れて二人を見守る。

 シャルとレイリアが腕に強くしがみついてきた。

 見物席にいた皆も同じだったのだろう。

 会場が静かになった。

 おそらく、最後の戦いとなるであろう瞬間を、見逃さないように会場全体の視線が二人に集中する。

 凄い名場面が見れるような、そんな気がする。


 二人がじりじりと間合いを少しづつ詰めていく。

 会場全体に、いつ動くのか、どちらが先に仕掛けるのかと緊張が走る。


 「いいぞ、アルバン! その覚悟、この私が見届けてやろう! その化け物を道連れに玉砕することを許す!」


 アンさんの威圧感がなくなったことで、恐怖から解放されたアノンが悠然と立ち、バカの一声をかけたのだった。

 会場全体が、ドン引きしたことは言うまでもない。

 バカな奴とは、どんな状況でもバカなのだと知らされることとなった。


 「……。もう、あいつヤダ! 何なの、何がしたいの! 僕のハラハラ、ドキドキを返してくれ!」


 シャルとレイリアは隣で固まり、イーリスさんたちは、頭を抱えて空を眺め、ヨン君は地面をフンヌ、フンヌと踏みつけている。

 リネットさんにいたっては、そばにいた護衛兵の剣をふんだくり、乱入しようとしたところを兵士たちに取り押さえられていた。

 観客も暴動が起きるんじゃないか思うほどに騒ぎ出している。


 すると、オルガさんが僕の前に片膝をついて座る。


 「フーカ様、アノン暗殺の命をおくだし下さい」


 「いや、ダメだから、オルガさん、落ち着こうね。アンさんたちのためにも、ここは耐えよう」


 本音を言えば、許可したい。

 でも、今、最も可哀想なのは、睨み合ったまま固まっているアンさんと副官のアルバンだ。

 二人とも、恥ずかしいだろうな……。


 ドーン! 


 アンがデスサイズを地面に叩きつけた。

 周りに土が飛び散り、大きなくぼみができ、会場の人たちは驚いて、静まり返る。


 「アルバンと言いましたか、ここは引いてくれませんか? 先に刈り取りたい者がいますので!」


 「お心は、お察しいたしますが、引くことはできません。ご理解ください」


 アンさんに頭を下げてアルバンが答える。


 「そうですか……」


 二人は、再び構え合う。

 アノンは、彼女の作ったくぼみを見て青ざめ、恐怖で固まっていた。


 二人はじりじりと、間合いを少しづつ詰めていく。

 会場にいる者はアノンに対して、もうやめろよ、次、やったら殺すと思っていることだろう。


 風が吹き、土煙を舞い上げる。

 その瞬間、先に動いたのはアルバンだった。

 彼は、剣先をアンに向け、突きを放つ。

 防具を外して、身軽になった彼の動きは早い。

 しかし、アンさんはデスサイズの棒部分を使って、突きの軌道をずらした。

 剣とデスサイズから火花が散る。

 彼女はそのままデスサイズを支点にして、ポールダンスのように身体を回すと、彼に向けて膝蹴りを放つ。

 彼は体勢を低くしてかわし、剣を下から斬り上げる。

 だが、彼女は彼の手を足場にし、宙返りをすると、彼の背後へ回り込んだ。

 彼はすぐに向きを変え、彼女の着地前に胴を狙って、剣を横に振るう。

 しかし、アンさんはアルバンの剣の平に乗り、彼のみぞおちめがけて柄についた鈍器を打ち込んだ。

 ガハッと彼から声が漏れると、彼はその場に倒れ込む。

 アンさんが勝ったのだ。


 観客から拍手と歓声が沸き、二人の戦いをたたえていた。

 残すはアノン一人となった。

 アンさんがアノンへと歩みを始めると、彼は悲鳴を上げて逃げ出す。が、転んでしまった。

 そして、そのまま四つん這いで逃げだす。

 アンさんはその姿に、うんざりとした顔を向けている。

 それは僕たちも観客も同じだった。


 彼女はアノンの前に先回りをする。

 それを見た彼は、今度は逆方向へと逃げる。もちろん、四つん這いで……。


 アンさんは逃げ回るアノンの後頭部を、背後からコツンとデスサイズで軽く突いた。

 アノンがその場に崩れ落ちると、地面の色が濃くなっていく。

 それがアンさんの足元に迫ると、彼女は驚いたように後ろに飛び跳ね、そして、こちらに向かって駆け出してきた。


 何となく、何が地面の色を濃くしていたのかが分かった。

 地面が濡れたのだ。

 だが、口に出したくはない。




 シリウスがアンさんの勝利を宣言すると、拍手と歓声が沸き上がった。

 しかし、当の本人は、僕に飛び込んできて、しがみつく。


 「もう嫌です。何ですかあれ! 臭いを嗅いでしまいました。勝ったのに、こんなに嬉しくもない、屈辱的な試合は初めてです! グスッ」


 アンさんが動揺して、いつもと違った様子なのが、とても可愛い! 

 最後があれでは、締まらないし、愕然とするのは無理もないことだろう。

 彼女へのねぎらいも込めて、そっと頭に手をのせ、優しくなでてあげた。


 会場ではシリウスの部下たちが、顔に布を当ててアノンを運んでいた。

 その光景から察したシャルたちは、アンさんの様子を見て同情する。


 今はアンさんをゆっくりと休ませてあげたい。

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