第2話 うちの神様

 翌朝、僕は神社に向かうべく支度をしていたのだが、着ていく服を選ぶのに困っていた。

 黒の長袖Tシャツにオリーブドラブのカーゴパンツ、コヨーテカラーのフィールドジャケットを羽織って、姿見鏡すがたみの前に立つ。

 神社へ元服の報告に行くのに、この格好はまずいような気が……。


 コン、コン。


 部屋の扉が叩かれ、僕の返事も待たずに、姉ちゃんが入ってきた。


 「フーちゃん、昨日、渡したブツを、ちゃんと椿ちゃんに渡すのよ」


 ブ、ブツって……。


 「それと、プレゼントされた短刀とリュックも持っていくのよ」


 「えっ? 短刀とリュックも?」


 「そう、守り刀なんだから御祈祷ごきとうをしてもらうの。リュックだって、いつも持ち歩くだろうから、一緒に御祈祷してもらうのよ」


 「なるほど」


 僕は納得した。


 「あっ、そうだ。姉ちゃん、この服装はマズいかな?」


 「いいんじゃない。神様と親戚に挨拶するだけだから大丈夫よ」


 挨拶に行くから、マズいと思って聞いたのに……。

 今更、着替えるのも面倒なので、姉ちゃんの言葉を信じることにした。


 僕は椿ちゃんに渡す紙袋を持ち、リュックを肩にかける。

 そして、短刀も持ったことを確認すると、玄関へと向かう。

 姉ちゃんは、僕を見送ろうと、後ろに付いて来ていた。


 「いってきます!」


 「いってらっしゃい! 気を付けてね」


 姉ちゃんに玄関まで見送られた僕は、神社へと向かうのだった。



 ◇◇◇◇◇



 神社の入口に着くと、明日のキハルさんたちとの待ち合わせ場所でもあるその場に立ち止まり、自然と微笑んでしまう。

 しかし、八〇段はありそうな石階段を見上げると、微笑みも失せてしまった。


 「何も頂上に造らなくてもいいのに……」


 僕は独りごちる。




 黙々と石階段を昇り続け、頂上に到着すると、大きな紅い鳥居が現れた。

 鳥居の手前で一礼をしてから潜ると、狐の狛犬が出迎えてくれる。

 その奥には色彩豊かに彩られた立派な拝殿があり、屋根には鰹木かつおぎが九本見受けられた。

 さらに、その後ろには落ち着いたたたずまいの本殿が、拝殿に隠れるように見えている。


 ここ、潤守うるす神社には『九尾きゅうび天狐てんこ』と呼ばれる『金狐きんこ』と『銀狐ぎんこ』の姉妹のお狐様が祀られている。

 主神は姉の『金狐』のほうだ。


 何気なしに拝殿の鰹木を眺めたら、「鰹木が偶数なら女神、奇数なら男神」と友人たちに鼻を高くして知識をひけらかした結果、それが俗説だったという恥ずかしい記憶がよみがえってきた。

 僕が雑学にこだわるようになったのは、この出来事からだった気がする。


 僕は、その記憶を振り払うように頭を振ると、左側にある手水舎ちょうずやに向かい、そこで身を清めた。

 そして、拝殿に拝んでから、親戚への挨拶と御祈祷を頼むために、右側に建つ社務所しゃむしょへと向かった。


 社務所は二階建て鉄筋コンクリート造りの近代的な建物で、中には展示室や休憩処、売店、事務所などが入っている。

 売店では巫女さんたちが御守りなどを売っていた。


 「フーちゃん! こっち、こっち!」


 売店の中から、こちらに向かって大きく手を振り、僕を呼ぶ巫女さんがいる。

 当然、周りの参拝客の視線が、手を振っている先にいる僕へ集中する。


 うっ、は、恥ずかしい……。


 僕は火照った顔を伏せながら、売店に急ぎ足で向かった。


 売店に着くと、巫女姿でニコニコと微笑んでいる従姉の音羽姉おとはねえちゃんが、僕に手のひらほどの潤守神社と書かれた紙袋を渡してくる。

 僕は、それを受け取った。


 「二〇〇〇円になります!」


 「……」


 「二〇〇〇円になります!」


 「……えーと、これ、何?」


 「二〇〇〇円になります!」


 おそらく、お金を払うまで「二〇〇〇円になります!」という言葉が、ループし続けるのだろう。

 僕は、渋々と財布からお金を取り出し、彼女に渡した。


 「毎度、ありがとうございます。天狐様の御加護がありますように!」


 紙袋の中身を取り出すと、潤守神社の縁結びの御守りと『金狐』と『銀狐』を可愛いキャラにした人形の各ストラップ、少し小さめの『金狐と銀狐』の二柱をセットにした人形のストラップが入っていた。


 「私からの誕生日プレゼントよ!」


 「ありが……。今、お金とったよね?!」


 「男のが細かいことを気にしちゃダメよ」


 「いやっ、細かくないから! それと、コの発音がムスメのコに聞こえたんだけど!」


 以前のヤンキースタイルから黒髪の似合う綺麗な大人の女性に変貌しているのに、人を手のひらで転がすような性格は、相変わらずな音羽姉ちゃんだった。


 「そんなことないわよ。ウフフフフ! まずは、お父さんの所に案内するから、着いて来て」


 彼女は、そう言って、売店の裏口から出てくると、僕をギュッと抱擁ほうようした。

 いきなりで少し驚いたが、女性ならではの柔らかさと、ほんのりと漂ってくる甘い香りにドキドキしてしまう。

 しかし、周りの若い男性参拝客から殺気の混ざった突き刺さるような視線に気付くと、そちらのほうが気になって仕方がなかった。


 「ごめんね。つい、懐かしくなっちゃって」


 彼女は気恥ずかしそうに言うと、僕を彼女の父でもあり、この神社の宮司でもある叔父さんの所へ連れて行くために、僕の手を引っ張って行く。

 

 叔父さんは、事務所ではなく、社務所の奥にある住居の居間で僕のことを待っていた。

 音羽姉ちゃんと僕が顔を出すと、叔父さんに爆笑される。

 理由を聞くと、僕が音羽姉ちゃんに手を引かれてくる光景が、幼少の頃と全く変わっていないように見えて、彼のツボに入ったそうだ。

 僕も彼が指摘するまで、違和感がなく、当然だと思っていたことに苦笑するしかなかった。

 しばらく、三人で雑談や近況報告などを話していたが、見知った顔の二人が足りないことに気付き、叔父さんに尋ねてみた。


 「叔父さん、椿つばきちゃんと雫姉しずくねえちゃんを見かけないけど、二人はどうしてるの?」


 「今もうちにいるぞ。今日は、たまたま別の所に出向いてるけど、しばらくしたら会えると思うから大丈夫だぞ」


 久しぶりに二人にも会いたいから、帰ってくるまで待っていよう。


 「風和、そろそろ、『天狐様』に挨拶しておこうか!」


 叔父さんが腰を上げると、音羽姉ちゃんも腰を上げた。


 「はい」


 僕は返事をすると、腰を上げて二人の後ろをついて行く。



 ◇◇◇◇◇



 本殿の扉の前に着くと、叔父さんが鍵を開け、扉を開く。

 そして、彼に促されて中に入ると、そこは薄暗く、正面には一枚の鏡が祭壇に祀られていた。

 音羽姉ちゃんが僕のそばを通って、祭壇の前に座布団を敷くと、ここに座って神様に挨拶をすればいいことを教えてくれた。

 僕は荷物と上着を脇に置き、座布団に座る。


 「私が外で待っているから、挨拶が終わったら声をかけてね!」


 「うん」


 音羽姉ちゃんは僕の返事を聞くと、叔父さんと一緒に本殿から出て、扉を閉めた。

 扉が閉まると、室内は蝋燭ろうそくの優しいあかりだけが辺りを照らす。


 僕は、二礼二拍手をする。


 「この度、一六歳の誕生日を迎え元服いたしたことをご報告に参りました。どうぞ、これからも御守りくださるよう、よろしくお願いいたします」


 ……ちょっと、言葉があっているのかは分からないが、そのあたりは現代っ子ということで大目にみてもらおう。


 最後に一礼をして、席を立とうと思ったのだが、身体が動かない。

 うっすらと目を開けて周りを確認すると、蝋燭のは消え、暗闇が広がっていた。

 すると、灯りもないのにもやが室内を白くおおっていく様子が目に入った。

 この奇怪現象に頭を悩ませているうちに、室温が徐々に低くなっていた。

 冷凍庫の中にいるのではと思うほどの冷気で肌が痛く感じる。


 これ、マズいのでは?


 しかし、身体が動かないので、その場にじっとしているしかない。

 どうにかして、この状況を打破しようと、解決策を試行錯誤していたが、少しずつ意識が遠のき始める。


 もう、ダメかな……。


 僕は、睡魔にあらがえなかった時のように、意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇



 まぶたに光を感じる。


 ……眠ってしまったのか?


 僕は身体の手足に力を入れ、動かせることを確認できると安堵した。

 まだ、頭には寝起きの様なボーっとした感覚を残しているが大丈夫そうだ。

 意を決して、目を開ける。

 少しの間は眩しさで視界がぼやけていたが、それもじきに治まった。


 視界がハッキリとした僕は、目に飛び込んでくる光景に驚くしかなかった。

 僕の居る場所が本殿ではなかったからだ。

 綺麗な和風の絵が描かれた天井に板張りの床、左右には真っ白な壁があり、その前に並ぶ神職と思われる人たちは、文字のような記号の書かれた白い布で顔を隠して並び立っている。

 そして、正面には、一段高くなった上座に金色のすだれが下がり、その奥にいる者を隠していた。

 おそらく、シルエットから女性だと思われる。


 僕は、少しだるさを感じる身体を起こすことにした。


 「ようやく起きたようじゃのう。そこに席を用意させたので座るとよい」


 簾の奥から女性の声がし、言われたとおりに、その席へ近付く。


 用意された席は、四畳半の畳が炉畳ろだたみと呼ばれる中心にある半間の畳を囲むように左回りに敷かれていた。

 この敷き方は茶室などにみられる巴敷ともえじきのようであったが、左回りに敷かれている。

 通常は右回りだ。これでは切腹の間の敷き方だ。

 僕は、設計士や建築士のような仕事に就くことを目指していたので、その辺の雑学も知識として蓄えていた。

 だからこそ、そこに置かれた座布団へ座るべきかを困惑してしまった。

 思い切って、聞いてみよう。


 「この畳、切腹のときの敷き方なんですけど……?」


 布で分からないが、立ち並ぶ人達の視線は畳に集中してるようだ。

 しばらくの間を空けてから、その人達がざわつき始める。

 すると、巫女装束に身を包んだ貫禄のあるおっぱい……オーラを放った銀髪の女性が、周りを静かにさせ、僕の前に来て頭を下げた。

 

 「申し訳ございません。速やかに直させます」


 「いえ、細かいことを言って、すみません」


 その女性が頭を上げると、強調された膨らみが否応なしに僕の視界に入ってくる。

 僕は、彼女に気付かれないように視線をそらしてから頭を下げて、誤魔化す。


 クスクス。


 ……笑われた? 何処を見ていたのかがバレたとしか思えない。


 次第に顔が熱くなっていくのを感じる。

 僕は真っ赤になっているであろう顔を伏せたまま、「失礼しました」と畳を治し終えた声がかかかると、すぐに座布団へ座った。




 そして、落ち着いたころを見計らったように、簾の奥の女性から声がかけられた。


 「人の子よ、こちらの不手際、申し訳なかった」


 「いえいえ、お気になさらず」


 さっきの女性がお膳を持って、僕のかたわらに座る。

 お膳にはお茶と数種類のお茶菓子が載っていた。


 「粗茶ですが、どうぞ」


 「ありがとうございます」


 僕は、お茶を一口飲み、事の成り行きを待つことにする。


 「では、始めようかのう」


 簾の奥の女性の言葉に合わせ、僕の傍らにいる女性が懐から四角い板を取り出し、何かをしている。


 ピッ、ウィィィーン。


 自動で簾が巻き上げられていく。


 えっ……電動! すると、さっきのはリモコン……?


 僕は困惑する中、辺りを注意深く観察することにした。

 灯りに違和感を抱き、光源をたどるとLED照明が設置され、天井絵の描かれていない箇所に天井エアコンを見つけた。

 普段目にしている物だけに、全く気が付かなかった。

 僕は神聖な雰囲気のある場所が電化製品だらけなことで、さらに困惑してしまう。


 ここは、簾から姿を現した女性と話しをするしかない。


 彼女は、金髪の花魁おいらんを思わせる美女であった。

 キセルをくわえ、紫煙しえんをくゆらしており、頭に生えた狐の耳は、とてもモフり心地ごこちが良さそうだった。

 そして、神職の装束をはだけ、袴は履いていないなまめかしい姿をしていた。

 その背後には九本の尾が揺らめいていた。

 ただ、はだけた膨らみを包むものが迷彩柄のスポーツブラという残念な結果だった。

 その何とも言えぬアンバランスなセンスが、スタイルの良い美人なのにもったいないと思わせてしまう。

 これが俗に言う『無駄美人』なのかと実感させられた。


 彼女が言葉を発する。


 「我は潤守神社の主神、『九尾の天狐』が一柱ひとり、『金狐』である。そして、この神殿は高天原たかまがはら、神々が住まうところ……の端に位置しておる。それと、そなたらのことも紹介せねばな。両端に控えている者たちが我の神使しんしたちである。用がある際は、その者たちに申すとよい」


 「高天原の端に位置しておる」という言葉がとても気になるが、それよりも、彼女の容姿だ。

 金髪をしているが、狐の獣人にコスプレした従姉の椿ちゃんにしか見えないことだ。

 高天原や神様うんぬんよりも気になることだらけで、頭がパンクしそうだ。


 開き直って、質問しまくろう! このままでは、僕の頭がもたん!


 「えーと、質問してもいいですか?」


 「なんじゃ? 申してみよ」


 「まず、金狐様って、狐の獣人にコスプレした椿ちゃんですよね?」


 「「「「「ブッ……」」」」」


 周りの神使と隣の女性から吹いたような音が聞こえた。

 そして、皆が顔を背けている。

 金狐様だけは周りを睨んでいるけど……。


 「その椿とやらと我が似ているだけではないのか?」


 「確かに、そうなんですが……。他にも、いくつか気になる点があって……」


 「よい、申してみよ」


 「まず、その迷彩柄のスポーツブラが和服とアンバランスでセンスがないところ。女神様ならサラシを巻くのが普通ですよね!? 次に、キセルが電子タバコだし、簾はリモコンで自動に巻き上がるし、エアコンも付いてるしで、現代技術が盛りだくさんなんですけど」


 「……何だか、お主の性癖も混じっていたようだが、まあ、よい。それでは、我が椿だという証が無いようだが?」


 「……あっ! ……まとめると、ポンコツな椿ちゃんは現代技術の恩恵なしに生活できないし、何より、椿ちゃんに声と顔がそっくりな金狐様を見ても威厳や尊厳、神々しさが感じられないというか、そんなポンコツな神様はいないと思うから、椿ちゃんだと思いました」


 「プフッ……フフフフフ……ね、姉さん……プフフフフ……もう、止めましょうよ……私、お、お腹が痛いわ……」


 隣の女性は口とお腹を押さえ、前屈みになって肩を揺らしていた。

 周りにいる神使たちに至っては、その場にうずくまって、震えていた。


 「もういい! せっかく、風和にいいところを見せたかったのに……。お前たちも笑いすぎだ!」


 やっぱり、椿ちゃんだった。ちょうどいいから例の物を渡してしまおう。

 僕は、椿ちゃんに姉ちゃんから預かった紙袋を掲げる。


 「椿ちゃん! これ、姉ちゃんから」

 

 「おおー! ありがとう!」


 彼女は、こちらに来て紙袋を受け取った。


 ブフォッ!


 「椿ちゃん、前、前! いいところが見えてる!」


 「???」


 「姉さん! 何で履いてないの!?」


 椿ちゃんは、ノーパンだった!

 僕は、両手で目を覆って顔を背ける。


 「なっ、み、見たな! ……何か言うことがあるだろう!」


 「えーと、つややかな見事な金髪でした」


 何を口走った? 僕のばかぁー!


 パシーン!!!


 僕は、頭を思いっきり叩かれました……。

 椿ちゃんを見上げると、顔を真っ赤にしている。当然、前は着物で隠されていた。


 「姉さんが悪いんでしょ! 何故、フーちゃんのことを叩くのよ!」


 僕の傍らにいた女性が、椿ちゃんに反発しだした。

 二人の……正確には二柱の言い争いが始まった。


 姉さん? ってことは、彼女は雫姉ちゃんだ。

 姉妹喧嘩に口を挿むのは藪蛇やぶへびをつつきそうで怖かったが、傍らにいた女性に、問いかけてみた。


 「雫姉ちゃん?」


 二柱が喧嘩を中断して、こちらを見ている。

 傍らにいた女性が布を取った。狐耳は付いていたが雫姉ちゃんだった。

 彼女は僕の顔を覗き込むように顔を近づけた。


 凛とした和風美人であるその面立ちと芍薬のほのかな香りに懐かしさを感じる。


 「し、雫姉ちゃん。……好きです」


 何となく、無意識にコクってしまった。

 思わず口走った発言に、恥ずかしさがこみ上げてくる。


 「あらー、フーちゃんにコクられちゃった! どうしましょう!? 姉さん、どうしたらいいと思う? ねぇー、姉さん? 聞いてる?」


 雫姉ちゃんは両手を頬にあて、身体をモジモジさせている。

 可愛い!

 一方の椿ちゃんは、返事もせずムスッとしている。


 「……着替えてくる」


 椿ちゃんは耳をシュンとさせながらボソッと言うと、紙袋を大事そうに抱え、去っていく。

 その後ろ姿が妙に切なく感じる。


 あれ? 拗ねてる? ここはフォローを入れなければ!


 「椿ちゃんも可愛いよ!」


 上座まで辿り着いていた彼女がピクッとする。

 次の瞬間、その場に用意されていたお茶菓子を掴んで投げつけてきた。


 「も、って……も、ってなんだ!!!」


 僕に向かって白い物体が勢いよく飛んでくる。


 ペチリ!


 その白い物体は、白い粉を舞い上げ、額へと当たる。

 そして、一時張り付くと、ぽとりと膝の上へ落ちた。

 それは、大福だった。

 

 フォローを間違えました……。


 傍らにいた雫姉ちゃんが、僕の額をお膳に用意されていたおしぼりで拭くと、膝の上に落ちた大福を掴み消えた。

 僕が困惑していると、左手につかんだ大福を椿ちゃんの口に押し込めている彼女が前方にいた。彼女には銀色でモフモフの尾が四本生えていた。


 「姉さん、食べ物で遊んでは、い・け・ま・せ・ん!」


 口に大福を押し込まれ、雫姉ちゃんの手で口を塞がれている椿ちゃんの顔が青くなっていく。


 「雫姉ちゃん!!! 椿ちゃんが死んじゃう!」


 彼女が手を離すと、椿ちゃんはその場にへたり込む。

 口をモグモグさせているので、咀嚼そしゃくはしているようだ。


 「あら? 姉さんもこれしきで情けない。フーちゃんに何か言うことは?」


 「ムーマ、モメンママイ」


 スパーン!!!


 何処から取り出したのか? ハリセンで椿ちゃんの頭を勢いよく叩く雫姉ちゃん。


 「食べながら話さない!」


 モグモグモグ、ゴックン。


 「風和、ごめんなさい」


 再び、耳をシュンとさせながら謝る椿ちゃん。

 可愛い!


 「うん、別にいいよ。着替えてくるんでしょ?」


 「そうだった、着替えてくる」


 椿ちゃんは、そう言うと五本の尾を引き抜いた……いや、外した?


 「!!!」


 また非常識な状況が……。


 「つ、椿ちゃん……その尾っぽって……?」


 「……? あー、エクステ! すごくリアルでしょ!」


 「……うん、そうだね。……九尾の天狐なのに、四尾なの? 詐欺?」


 「失礼な! 天狐って、普通、四尾だよ! だけど、九尾の方が強そうで、かっこいいだろ! それに、漫画やアニメとかの影響も踏まえると九尾の方が認知度があって、人気や印象もいいからな! この世知辛いご時世、話題性や特徴のある神社にしないと運営できないんだよ」


 「そ、そうなんだ……」


 なんだろう? このモヤモヤが残るリアル感は……。


 雫姉ちゃんと周りの神使たちも、こればかりは仕方がないという雰囲気をかもし出し、うつむいている。


 「じゃあ、着替えてくるから。雫、風和の相手を頼むよ!」


 そう言って、彼女は上座の奥の襖を開けると、中に消えていった。ちらりとディスプレイやら電子機器が見えた気がするが、もう、どうでもいいと思った。



 ◇◇◇◇◇



 雫姉ちゃんがお茶を入れ替えてくれた。

 一口飲み、ホッとする。


 「フーちゃん、ドタバタしていただけで何も説明していないから、これから話すことを聞いてくれる?」


 雫姉ちゃんはにこやかな顔を保ちつつ、真剣な眼差しで話しかけてきた。

 僕は黙って頷いた。


 「まず、フーちゃんは本殿から高天原にあるこの神殿に転移されたのね。まあ、姉さんが便利だからと色々と持ち込んでるから、別次元に来ている実感がわかないと思うけど……」


 「そして、私と姉さんが神なのも全て真実なの。人としても生活しているから、継守家つぐもりけの一員として籍を置かせてもらっているの。神使たちも守家か継守家の親戚として神社とかで働いているから、フーちゃんの見知った顔もいると思うわよ」


 神使たちが顔を覆う布を取ると、男女ともに挨拶や会話を交わしたことのある者が殆どだった。

 そして、美男美女が揃っているので何とも贅沢な光景だった。

 彼らは僕と目が合うと軽く頭を下げてきたので、僕もそれに答えた。


 潤守神社は美男美女の神職が多いことで参拝客も増えてきたと聞くが、椿ちゃんの経営戦略なのでは? と思ってしまう。


 神使たちを見ていると、ふと、僕は銀髪のイケメン神使に目がまってしまった。


 「あれ? あの人って、姉ちゃんの彼氏では? って噂の人だよね?」


 「え? あー、伊織いおりのことね。彼は彼氏とは違うのだけど……言っていいのかしら? んー、その話はちょっと待ってね」


 今は答えてもらえないようだ。


 「そうそう、狐の話もしておくわね」


 シズク様は、話しを進めたきたので、僕はコクリと頷く。


 「ちょっと難しいかもしれないけど、狐には良い性質の善狐ぜんこと悪い性質の野狐やこがいて、どちらも妖狐のことなのだけど、格付けがあって、高位から、空狐くうこ天狐てんこ仙狐せんこ地狐ちこ阿紫霊狐あしれいこって区別します。九本の尾を持つことができるのは仙狐までなの。尾は最多で九本まで増やせて、尾の数は、頑張って霊力を上げてきた狐たちの努力の成果が本数として表されているの。ちなみに、漫画や物語に出てくる九尾を持つ妖狐は地狐や仙狐あたりになるわね」


 「一気にはしちゃったけど、ここまでは大丈夫?」


 「うん、大丈夫」


 「それで、私と姉さんの天狐なんだけど、天狐に昇格したら、九本の尾が四本に減ってしまうの。その代わりに神に近い存在に成れるんだけどね。そして、空狐なんだけど、これは、ほぼ霊体で尾も無くなり、引退って感じかな? 死ぬわけじゃなくて、定年退職だと思ってくれればいいかな。もっと詳しく知りたければ、ネットで検索するか、社務所の図書室にある本に載ってるから、読んでみて!」


 「うん、分かった。今度、読んでみるよ!」


 「それにしても、姉さん、遅いわね? ちょっと、見てくるわね」


 そう言って、雫姉ちゃんも奥の部屋へと消えていった。


 僕は不思議に思ったが、今は『熊谷の五家寶ごかぼう』『青森のきんか餅』『鶴岡の切さんしょ』と好物が揃えられたお茶菓子に舌鼓したづつみを打ちながら、二柱を待つことにした。

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