終話 これからもずっと楽しい日々を

 あくる日の朝。リリカは厨房で一人、無駄に緊張しながら朝食を作っていた。

 昨夜のやり取りを思い出しては、一体どういう顔をしてウィルジア様と顔を合わせればいいんだろうと考えてしまう。

 リリカはウィルジアを異性として好きで、ウィルジアの方も同じ気持ちでいてくれたらしい。

 しかし大前提として、ウィルジアとリリカは雇用主と雇われ使用人だ。上下関係は発生し続けており、給金をもらって働いている以上、リリカはウィルジアをご主人様として敬い、働くべきである。

 ならば今までとあまり変わらず接するべきじゃないかな? と考え、ひとまずいつも通りの朝を過ごそうと、リリカは使用人服を着てこうして厨房で食事の準備をしているところだった。

 と、そこに、ひょいと顔を出した、ウィルジアその人。


「おはよう、リリカ」

「おっ、おひゃようございます、ウィルジア様!」


 緊張しすぎたリリカは、第一声で噛んでしまい、顔がブワッと赤くなる。そんなリリカを見たウィルジアにまで緊張が伝播したのか、動きを止めて赤面していた。

 二人で厨房で立ち尽くして固まった。


「…………」

「…………」

「…………朝食作り、僕も手伝うよ」

「あっ、はい、よろしくお願いします!」


 微妙な空気が漂う中、先に声を発したのはウィルジアだった。

 隣に並んで朝食を用意していると、あまり以前と変わった様子はない。

 あまり意識せず、今まで通りに振る舞えばいいのかなと思ったリリカは内心で胸を撫で下ろしていた。

 何せ、リリカの異性経験は浅いどころか皆無である。

 リリカはおばあちゃんに使用人としてのあれやこれやは徹底的に仕込まれたが、恋愛に関しては何も教わっていない。想いが通じ合った男女が何をするのか、まるで知らなかった。

 真っ先に思い浮かぶのは「一緒に住む」だが、リリカとウィルジアは既に一つ屋根の下に暮らしているわけで、この部分はもう達成済みだ。

 ならば今まで通りの変わらない日々を送ればいいのかな? とリリカは考え、ウィルジアの食事を用意していると、不意にウィルジアに声をかけられた。


「リリカの分の朝食も用意してもらえるかい」

「えっ」

「一緒に食べよう」

「えっ!?」


 隣に立っているウィルジアの手元を見れば、フライパンには二人分のベーコンエッグが作られている。


「リリカと一緒に朝食にしたいなぁ」

「…………!」

「それから、朝食終わったら、リリカのご両親のお墓に行くよ」

「えっ」

「ご挨拶しないと」

「えっ!?」

「リリカ、大丈夫? さっきから『えっ』しか言ってないけど」


 まともな返答を寄越さないリリカに、ウィルジアは心配そうな視線を送ってきた。

 リリカはあうあうしながら、ようやく「えっ」以外の言葉を発する。


「……あの……ありがとうございます……」

「うん」


 柔らかく微笑むウィルジアを見ながら、リリカは心の中で自分の考えを訂正した。

 お屋敷での暮らしは、少々の変化を交えつつ、続いていきそうだった。


 ◆◇◆


 朝食を終えてから、王都外れにある墓地へと行く。

 昨夜の余韻に浸っているのか、下町は静かで皆まだ眠っているかの様だった。

 ウィルジアは変装しておらず、いつもの姿だ。今ここで誰かが来たらどうしようとリリカははらはらしたのだが、「来ても僕が誰だかなんてわからないよ」とあっさりとウィルジアは言ってのけるので、もはや色々と諦めた。

 リリカはウィルジアの屋敷で育てている花を摘み取って作りあげた花のリースを、お墓の前へと置く。

 両親の名前が刻まれている墓碑の前でしゃがみ、心の中で話しかけた。


(お父さんお母さん、昨日は楽しんでくれた? 私、元気にやってるよ。ウィルジア様はとっても良い方で、毎日楽しいの)


 しゃがみこむリリカの隣で、同じく膝をついたウィルジアがそっと左手を握ってくれた。顔を見ると、慈しむような、愛おしむような視線を送ってくれていて、リリカの胸がトクンと音を立てて鳴る。

 握った手に指を絡ませ、持ち上げると、リリカの手の甲に唇を落としたウィルジアが告げる。


「ご両親の前で誓うよ。多分、まだちょっと頼りないだろうけど、リリカのことは僕が幸せにするから」


 それはまるで神聖な儀式のようで。

 なんて素敵な人なんだろうと思わずにはいられない。

 まるでそうするのが当たり前のように振る舞うウィルジアを見ていると、またしてもリリカはときめいてしまう。

 こういう優しい部分に、どんどん心が惹かれていったのだろうなとリリカは思った。


「……頼りないなんて思ったこと、ないですよ」

「そうかい? 僕はリリカに比べれば、何も出来ない人間だけど」


 少し自信のなさそうなウィルジアに向かって、リリカは思い切り首を横に振った。

「ウィルジア様は、最高のお方です!」

「ありがとう」


 照れ臭そうに笑うウィルジアに、リリカもとっておきの笑みを返した。

 両親への墓参りを済ませたリリカとウィルジアは、指を絡めて手を繋いだまま歩き出す。


「さて、じゃあ、これからおばあさんのところにご挨拶に行こうか」

「昨日行きましたよね?」

「昨日は主人として挨拶をしたけど、今日はリリカの恋人としてご挨拶に行くよ」

「ええ!? それはちょっと……! もしおばあちゃんが聞いたら、私、絶対に怒られます」


 主人と恋仲になったなどと知られたら、おばあちゃんは「はいダメ! 使用人失格!!」と言ってリリカを叱るに違いない。本気で焦るリリカに、ウィルジアはおかしそうに笑った。


「そうしたら僕が怒られるよ。先に好きになったのは僕なんだから、リリカは何も悪くない」

「ご主人様が怒られるのはダメですっ」

「じゃあ一緒に怒られようか?」

「どうしてそんな結論に……!?」


 リリカの頭の中は大混乱である。


「なんだか昨日から、ウィルジア様にペースを乱され続けてる気がします……」

「僕はリリカが屋敷で働き始めてからずっと、ペースを乱され続けてるよ」

「そうだったんですか? ご主人様の生活を乱してしまい、申し訳ありません」

「全然。悪くないと思うし、むしろ楽しいよ」


 ウィルジアは心底楽しそうな表情を浮かべていて、晴れやかに笑っている。リリカもつられて笑顔になった。


「私もウィルジア様と一緒にいると、楽しいです」

「それはよかった。これからも僕の隣にいてくれるかい?」


 この問いかけに、リリカは頷いた。


「はい! ずっと、ウィルジア様の隣にいたいです」


 ウィルジアと一緒に過ごす日々はかけがえのないもので、毎日が楽しいから。

 これからもずっと、隣で笑っていたいなと、リリカはウィルジアを見上げながらそう思ったのだった。


本編 完


+++

おかげさまで本作品は講談社様Kラノベブックスfから書籍化、ならびにPalcyでコミカライズ化が決定しております。

全てはお読みいただき、面白いと言っていただいた読者様のおかげです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

さて本編はここで終わりですが、ウィルジア様をもう一段階成長させたいので、

投稿サイト「小説家になろう」の方でこの後外伝を一本連載予定です

(複数サイトに投稿するのが割と大変だったので……)。

まだ二人の物語に付き合うよ!という方はぜひともなろうの方で「万能メイドと公爵様の楽しい日々」を検索してブックマークしてお待ちください。

九月には連載開始いたします。

それではまたお会いできますことを。

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