第6話 恐ろしい出会い

僕がガブリエルを起こした事は、朝のテーブルでも話題に上がった。伯爵夫人は驚きで目を見張って言った。


「本当に凄いですわ。ガブリエルがこんなに朝食のテーブルで機嫌が良いなんて、本当にいつぶりかしら。その可愛い子のおかげね?」


僕はチラッとテーブルの夫人の方を見ると、小さく切ってもらった茹でた肉の塊を小さな手で掴むと、口の中に押し込んで上を向いてモグモグと食べた。僕のおててを使った食事風景は店でも大人気で、僕は出来るだけ器用に見せる様に、指を口の中に咥えたりまでした。



伯爵まで笑みを浮かべると、僕は満足して、両手でデザートの甘いベリーを一粒掴むと、口に放り込んだ。


「まったく、見てご覧。あんなに器用に手を使って食べる動物は見たことがないな。本当に可愛い。まるであの子が私達を観察しているみたいじゃないかね?」


僕は少しドキドキして、カワウソらしさを出そうと、キョロキョロ周囲を見回して、行儀悪さをアピールした。はぁ、注目を浴びすぎるのも良くも悪くもだな。



それからガブリエルはお勉強の時間らしく、その間僕は召使いたちにブラッシングやら、良い匂いのする布で、身体やお手てを拭いてもらったりしてピカピカになった。今日の首のリボンは黄色だ。


僕は召使いたちにも愛想を振りまいた。あんまりにも皆が夢中になるので、執事が注意しにくるくらいだった。まぁ、僕は自分の待遇のためなら、誰にでも媚びを売りますよ。ハハ。



それでも、勉強の終わったガブリエルと噴水で遊ぶのは、やっぱり一番楽しかった。ガブリエルの放り込むカラフルな色の木のボールや、積み木の様なものを僕が取ってきて渡すと、ガブリエルは緑色の綺麗な瞳を輝かせて、弾ける様な可愛い笑顔を見せてくれたからだ。


僕はすっかり、ガブリエルのお兄さん気分で、この7歳くらいの少年の面倒を見てやろうと言う気持ちになっていた。ところが僕の楽しく平和な時間は、あっという間に終わりを告げた。



ゾッとする様な、けたたましい犬の鳴き声が聞こえたと思ったら、興奮した大きな犬が一頭こちらへ鬼の様な形相で走って来るのが見えたからだ。ああ、神様。僕の命もここで終わりですか?


ガブリエルの驚く様な顔と、叫び声、それと同時に鋭い指笛が聞こえて、噴水の中で凍りついた僕の目の前で犬が止まった。僕は失神寸前で、何ならお腹を上にしてポカリと浮かび上がるところだった。



走ってくる音が聞こえて、息を切らした青年が僕たちの目の前に現れた。


「兄上!お帰りだったんですか!?もう、危うく僕のジュニが、ビショップに齧られるところでした。ビショップ、この子は僕の大事なお友達なんだから、仲良くしておくれよ?」


そう言ってガブリエルが、ふわふわの大きな犬の首をヨシヨシと撫でると、犬は僕をじっと好奇心いっぱいに見つめながらも、うっとりとガブリエルに挨拶していた。



僕はそろそろと動くと、サブンと噴水に潜って、一番遠く離れた場所にぷかっと浮かび上がった。


そんな僕の一部始終を皆が見ていたみたいで、僕はビショップの吠える声や、ガブリエルと兄上と呼ばれた青年がクスクス笑うのを憮然として眺めるしかなかった。いや、僕は危機管理が良いから!ね!怖がったんじゃないよ!?





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