第26話 僕と婚約して欲しい

 いよいよこの日がきた。学園で行われた卒業式はつつがなく終了し、懸案だった記念品も卒業生全員に行き渡った。印章と万年筆がセットで入った革張りの箱はとても良い出来で、末永く使ってもらえることだろう。鹿角や皮が不足していたことは周知の事実で『流石に王族だ』と言われていたが、これに関して一番の功労者は間違いなくマリオンだね。大きな鹿角を背負って恥ずかしそうにしているマリオン……ああ言う時の彼女は、本当に可愛いと思う。


 式の後、卒業生たちは一度家や寮に戻って着替えてから王宮に来ることになっているが、それは私やフランツも同様だ。生徒会のメンバーはパーティーにも全員参加で、卒業生が来る前に会場に集合することになっている。久しぶりにドレスでも……と思っていたが、先輩方からの要望があまりにも多くて結局燕尾服を着ることに。着替え終わった頃を見計らってフランツが部屋にやってきた。


「準備は終わったか? ……やはり男装なんだな、お前は」

「先輩方たってのリクエストでね。ダンスのパートナーに困ることはなさそうだよ」

「その方がお前らしいか。そろそろ時間だ、大広間へ」

「分かった」


 生徒会メンバーは八人いて、男女それぞれ四人ずつ。もちろん私は女性として数えられている。大昼間に集まったメンバーは皆少し控えめな衣装。主役は飽くまで卒業生なので、目立たない様にと言うフランツの配慮だ。


「女性陣は入り口で受付を頼む。ここまでの案内はメイドたちがやってくれるから、適宜指示してくれ。男性陣はここで来客の整理だ。人が集中しすぎない様に、状況を見ながら各テーブルに先導してくれ」

「了解!」

「パーティーが始まったら最初に国王が挨拶する。それ以降は僕が仕切ることになるから協力を頼む」


 さあ、いよいよパーティーの開始だ。王宮の入り口に行くとほどなく馬車がやってきて、卒業生たちが降りてきた。学園の寮にいる者は単身での参加が多いが、王都やその近隣に家がある者は父兄も参加する。とにかく今日は王宮で働く者が総出で対応しないと、すぐに混乱が起きてしまうんだ。しかしそこは慣れたもので人が降りた馬車は次々移動され、入り口前は大きく混雑することはなかった。メイドたちも入れ替わり立ち替わり来賓を案内してくれて、こちら側は順調だ。一時間ほどの間馬車がひっきりなしに到着し、ほぼ全員が会場に入った様子。


「よし、あとは係の者に任せて、私たちも中に戻ろうか。打ち合わせ通り持ち場に付いて、適宜サポートを頼むよ」

「ミランダはダンスで忙しくなりそうよね。そう言えばあなたのお気に入りのメイドは?」

「会場を走り回っていたよ。彼女も仕事中だから紹介はまた今度かな。急がなくても入学してくるから、すぐに会えるけどね」

「フフフ、そうね。楽しみにしてるわ。さあ、行きましょう」

「ああ」


 大広間に戻ると、ちょうど国王と王妃様、それにグラハム王子とシャロン様、最後にパトリシアが入ってくるところだった。パトリシアと目が合うと、彼女は微笑んで軽く会釈。こういう時はしっかり王女様しているのだから、大したものだよ。今日の彼女は大人しめの衣装ながらも凛としていて、気品が漂っている。私にとっても妹の様な存在のパトリシアだが、成長した彼女の姿を見ると本当に感慨深い。


 会場内を見回してみると使用人やメイドたちが皆にドリンクを配っていて、最初の乾杯の準備が進んでいた。どこから持ってきたのか一際大きいトレイに大量のグラスを乗せて器用に動き回っているのは……やっぱりマリオンか。まったく、君はこんな時でも見ていて飽きないな。しかしそのお陰であっという間にドリンクは行き渡った様だ。


 国王様が舞台に立たれると、あれほどザワザワしていた会場が急に静まり返る。国王様が簡潔にお言葉を述べられ、


「それでは君たちの卒業を祝して、乾杯!」


と仰ると、再び会場に歓声が戻ってきた。割れんばかりの拍手が起こり、パーティーの本番だ。両陛下は退席され、グラハム王子とシャロン様、パトリシアが各テーブルを回ってくれる。フランツはあっという間に女生徒たちに取り囲まれていて、恐らく婚約者を発表するかどうかの質問攻めに遭っているいるのだろう。人の心配をしている場合ではなく、私もいつの間にか女生徒に取り囲まれていた。分かっていたことだが、私たちにとってもこれからが本番だな。


 しばし歓談の時間が続き、やがて最初の曲が流れ始める。ダンスの時間になるとフランツは上手く女生徒たちの輪から抜け出した様だが、私はホストとしてダンスを受けなければ。途中で一度休憩が入るはずだから、それまではダンスを楽しむとしようか。


 私が女生徒と踊っていると、少し離れたところではパトリシアも男子生徒からダンスを申し込まれて応えていた。彼らからすると王女様と踊れる機会など滅多にないのだから、このパーティーの一番人気はパトリシアかも知れないな。



 どれだけの人と踊ったのか、ようやく休憩時間に。一度生徒会のメンバーが集まってそれぞれの状況を報告し合っていると、メイドがドリンクを運んできてくれた。


「ドリンクをどうぞ」

「マリオン! 気が利くね。有り難う」

「皆様もどうぞ。お疲れ様です」

「ありがとう。あ! ひょっとしてあなたがミランダのお気に入りの子かしら?」

「そうさ。マリオン、ここにいるのは生徒会のメンバーでね。入学してくる君を紹介したいと思っていたところさ」

「そうなのですね! 皆様、よろしくお願いします」

「本当に可愛いわね! メイドにしておくのはもったいないぐらいだわ。でも気を付けなさい、ミランダはメイドたらしだから、ちょっと構ってもらったからって本気になっちゃダメよ」

「おいおい、酷いなあ。私にとってマリオンは特別なんだよ」

「特別なんて……私にはもったいないです」


 頬を染めて俯いてしまったマリオンを生徒会メンバーが面白がってからかっていると、別の声が近付いてくる。


「またお姉様とマリオンでベタベタして、ズルいです!」

「ハハハ、ベタベタしてるわけじゃないよ。パトリシアもお疲れ様。今日の君はとても輝いているよ」

「有り難うございます、お姉様!」


 パトリシアも今年入学するので生徒会メンバーに紹介する。王女である彼女に対して皆少し遠慮気味だったが、フランツの妹と言うことですぐに打ち解けていた。皆でしばらく談笑していたが、そう言えばフランツが会話に入ってこないな……そう思って彼の方を見ると、辛そうな様子でテーブルに寄りかかる様に立っていた。


「大丈夫か、フランツ? 顔色が悪いぞ」

「ああ……少し疲れただけだ」

「後は私たちがやるから、少し休んできたらどうだ?」

「それがよろしいですわ。お兄様は新生徒会長として、もう十分貢献されたのですから」

「いや、パーティーもあと少しだから大丈夫だ、これぐらい……」


 そう言いながら歩き出そうとして、ガクンッと力が抜けた様に跪くフランツ。額を押さえて、かなり辛そうだ。責任感が強くて無理しがちなのは君の悪いクセだぞ、フランツ!


「ほら見ろ、歩くこともままならないじゃないか!」

「すまん……」

「私は彼を休ませてくるから、すまないがあとを頼む」

「任せてよ」

「フランツを部屋に連れていくから、誰か力を貸してくれ!」

「私が!」


 マリオンが手伝ってくれてフランツを立たせると、彼女がフランツに肩を貸す……のかと思っていたが、ヒョイッとフランツを抱え上げて歩き出した。おっと、今はそれに驚いている場合じゃなかったな。私とパトリシアも付き添って大広間を出て彼の部屋へ。マリオンは彼の体をゆっくりとソファーに下ろすと、そっと彼の手を握る。薄っすらと彼女の手が光り出したかと思うと、その光はフランツの体を覆っていった。


「回復魔法だね!?」

「はい。と、言っても私の魔法はおまじない程度ですので、その場凌ぎにしかなりませんが」


 しばらく彼女がそうしていると、フランツの顔色は随分と良くなって血色が戻ってきた様に思える。やがてフランツもムクリと起き上がって、ソファーに座り直していた。


「もう大丈夫だ。また君に助けられたな、マリオン」

「先ほども申しましたがおまじない程度ですので、後でお医者様にちゃんと診てもらってくださいね」

「ああ。でも、随分楽になったよ。これならまた会場に戻れそうだ」

「無理するなよ。まだしばらくはダンスの時間だろうから、何か食べて少し休むといい。あとは私たちで何とかなるから。それとも、最後に婚約者を発表しに戻るかい? 相手はいないだろうけど」

「……」


 私の冗談にムキになって反論するかと思いきや、黙り込んでいるフランツ。側に立っていたマリオンの方をチラッと見ると、おもむろに立ち上って彼女の手を取る。


「ここ数ヶ月で君には何度も助けられた。先ほどもそうだ……有り難う、マリオン」

「いえ、大したことではありませんので」

「そして、これからも僕の支えになって欲しいと思っている。僕は多分、君の様な女性に巡り合うのを待っていたんだと思う……僕と婚約して欲しい」


 突然のプロポーズ!? 部屋にいた皆が唖然としていると、最初に我に返って慌て出したのはパトリシアだった。


「な、何を仰っているのですか、お兄様! マリオンは私の恩人なんですからね!」

「そ、そうだぞフランツ! 君はまたそんな急に!」

「ずっと考えていたことだ! 身分の違いがあることは分かっている。しかし、僕が婚約者として求めているのは彼女の様な人だと分かったんだ。それにお前たちは女性だろう? 僕と彼女が婚約しても仲良くすればいい」

「それはそうだが……」

「お兄様、急にそんなこと許しませんわ! 第一マリオンにだって心の準備と言うものがあるんだから!」


 戸惑っている様子のマリオン。部屋にいた執事やメイドの視線も彼女に集まっている。確かにこれはマリオンにとっても最高の『玉の輿』だけど、彼女は控えめな女性だから突然のフランツの告白に対して首を縦に振るとは思えない。しかし彼女の返事がどちらであったとしても、そこにいた全員が驚愕することになるだろう。


「すぐに答えてくれなくてもいい。しかし前向きに検討して欲しいと思う」

「あの……申し訳ございません、殿下。私に婚約は無理です」


 断ってくれた……いや、女同士の私が安堵するのも変な話だけど。しかしフランツも諦めない。普段ならすっと引き下がりそうなものだが、今日の彼はグイグイ攻めて食らい付こうとする。君はそこまで彼女のことが好きだったのか!?


「どうしてだ!? 僕にはそんなに男性としての魅力がないのか?」


 フランツの問いかけに対して暫くの沈黙があり、周りの者は嫌でも二人の様子に注目せざるを得ない状況。そんな中、ゆっくりとマリオンが口を開いた。


「いえ、あの……私、男ですけど?」

「「「はぁ!?」」」


 全員が声を揃えた瞬間だった。フランツの告白など比べ物にならないほど衝撃の事実に静まり返った部屋の中で、カランカランカランッと、驚きすぎたメイドがトレイを落とす音。フランツはソファーにドサッと座り込み、そして私とパトリシアは……大声で笑っていた。


「アハハハハ、そんなところまで人と違うとは思ってなかったわ!」


 パトリシアはそう言いつつ後ろからマリオンに抱き付いていた。


「ハハハハ、そうだね。今まで君には散々驚かされてきたけど、これには私も完敗さ」

「すみません……皆様、分かっておられるのかと思ってました」

「こんなに可愛いメイドが男の子なんて分かるわけないじゃない! でもいいわ。マリオンはマリオンだもの」

「そうだな。しかしそうなると、私が君の婚約者に立候補しても問題ないわけだ」

「あーっ! お姉様ズルいです! マリオンを独り占めなんてさせませんよ!」

「フフフ、冗談だよ」


 いや、ちょっと本気だったかも知れない。今まで彼女に対して感じていた胸の高鳴り。とうとう同性に対して感じる様になってしまったかと自分に呆れていたけれど、どうやら正しい反応だったらしい。


「男……マリオンが男……」

「残念だったね、フランツ。しかしビックリしすぎて疲れも吹っ飛んだじゃないか? 顔色もいいし、会場に戻ろうか」

「男……マリオンが男……」


 うわ言の様に呟いているフランツ。どうやら相当ショックだったらしいな。先ほどとは別の意味で頭を抱えている彼に、


「それとも、もう一度マリオンに抱え上げてもらって会場に戻るかい?」


そう言うと、凄い剣幕で私に食ってかかってくる。


「じょ、冗談じゃない! もう自分で戻れるさ! あー、もう! 婚約発表なんてナシだ!」

「そうそう、それでこそフランツだ。マリオンのことは残念だったが、君の好きなタイプの女性が分かって良かったじゃないか……クックックッ」

「笑うな! ほら、さっさと戻るぞ!」


 怒っているのか自棄になっているのか、足早に部屋を出ていってしまったフランツ。その後私たちも会場に戻り、そして最終的にフランツはまだ婚約しないことを告げてパーティーは幕を降ろしたのだった。グラハム王子とシャロン様はこの風習を始めてしまったことを悔いておられたし、君としても今日で一旦幕引きができたのだから良かったんじゃないか?


 マリオンが男であると言うことは部屋にいた執事とメイドに口止めはしたけれど、次の日にはメイドたちの間でしっかり広まっていた様だ。彼女たちは噂話に目がないからね。さて、こちらはまた一騒動ありそうだが……私はできるだけ彼女……いや、彼の助けになる様に寄り添っていこう。君の婚約者に立候補すると言ったのは冗談ではないよ。君が女であっても男であっても好きな気持ちには変わりないからね、マリオン。

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