第21話 お前は腹心の友だよ

 パトリシアと共に学園に行ってみると、先に王宮を出たはずのミランダとマリオンがいなかった。最初は、街でどこかに寄り道しているのだろう、くらいに考えていたが幾ら待っても彼女たちが到着することはなく、慌てて王宮に連絡する様に指示。嫌な予感がして兄上に対処をお願いしたが……それは的中していた様だ。新入生たちの研修が終わり、動揺するパトリシアを宥めつつ急いで王宮に戻ってみると、ミランダたちは無事保護されていた。


「お姉様! マリオン! 良かった!」


 学園では必死に動揺を隠して気丈に振る舞っていたパトリシアだったが、二人の姿を見るなり泣きながら抱き付く。


「すまなかったね、パトリシア。心配をかけた」

「ううん、二人が無事ならいいんです。お姉様、お顔が少し腫れていますね!? マリオンは大丈夫なの!?」

「はい、後頭部を棍棒で殴られた程度ですので」

「それは大丈夫じゃないから!!」


 この様子では、パトリシアを二人から引き離すのは難しそうだな。しかし僕も安心したよ。


「酷い目にあったな。相手は?」

「グラハム様の指示で全員確保されたよ」

「そうか」


 相手のことを聞こうとしていると扉をノックする音。入ってきたのは兄上だ。


「フランツ、ミランダ、少し話をさせて欲しい。来てくれるかい?」

「はい、兄上」


 マリオンに抱き付いているパトリシアを残して、兄上に付いていく。どうやらミランダたちを襲った相手のことが分かった様だ。


「賊どもはミランダの言った通りクエイル卿の手の者だったよ。それにしても……器用に全員の骨を折ったものだね」

「ほとんどがマリオンの手柄です。私は二人ほど倒しただけでしたので……」

「そうか。それで君とあのメイドに襲われる心当たりは?」

「賊どもの会話から考えると、狙いはパトリシアだった様です。彼女は行く直前にフランツに呼び出されてたまたま馬車に同乗しなかったので、マリオンをパトリシアと間違えたのでしょう。二人とも学園の制服姿でしたから」

「なるほど……やはり狙いは王族か」

「兄上!」


 まさか妹が狙われたなんて、そんなことが許されるはずがない! しかも図らずも身代わりとなったマリオンが襲われたとは……先日の魔物事件しかり今回の誘拐未遂しかり、もうクエイル卿は放ってはおけないと感じていた。


「これは王族に対する反逆です! このままにしておいたら次は何をしてくるか分かりません」

「そうだな。これだけ証拠が揃っているし、私としても放っておくつもりはないさ」


 兄上の話では、既にクエイル領で出兵の準備がなされているだろうとのこと。パトリシアの誘拐が成功していればそれを盾に王都に進行し、王都を乗っ取るつもりだったのだろうと……


「では、誘拐が失敗したと言うことは……」

「すぐに進軍を開始するだろうな。誰か人質が取れればそれを交渉材料にして争いを最低限に抑えるつもりだったんだろう。だが人質がいなければ力ずくで来るだろうな。先日の魔物の件も含め失敗続きだからな」


 クエイルは最近力を付けてきている領地。それだけ兵力にも自信があると言うことらしい。


「そんな!」

「心配するな。クエイル卿については以前から不穏な動きがあったから、こちらも手は打ってある。早々に解決するから、お前たちは学生の本分を全うするといい」

「……承知しました」


 流石は兄上だ。僕たちの知らないところで、きっとクエイル領にも密偵を送っているのだろう。


 兄上は『今度はこちらから奇襲をかける』と言い、すぐに行動を開始された。騎士団や兵士たちに招集がかかり、二日後には出兵。時を同じくしてクエイル領の軍も動き出したとの情報があったので、ほぼ同時だ。先日の魔物騒動の時のような不穏な空気が王都内を包みこみ、学園内でも不安を口にする者が多かった。僕だって、本当は卒業パーティーの準備などできる心境ではなかったが、兄上の『学生の本分を全うしろ』との言葉に従い、生徒たちにも安心する様に伝える。だが、心の中では戦が長引いたら……と、悪い想像をせずにはいられなかった。


 しかし結果的に両軍の衝突は起こらず、王都の軍がクエイル領に到着する前に勝敗は決したとのこと。詳細は分からないが、クエイル軍は領地を出る前に投降し、クエイル卿は兄上たちの手によって討ち取られたらしい。どうやらこちらの軍は囮で、先行していた兄上と精鋭部隊、そして周辺領からの援軍が奇襲をかけた様だ。兄上の言った通り、クエイルの問題は『早々に』解決されたことになる。


「流石、グラハム様だな」

「ああ、鮮やかとしか言いようがないよ」

「先日シャロン様と少しお話したんだけど、シャロン様も全く心配いらないと仰っていたよ。クエイル領には以前からグラハム様の腹心とも言うべき人物が潜伏していたらしい」

「腹心か……」


 そう言えば兄上には学園時代からとても親しい人物がいると聞いたことがある。シャロン様とも同窓だったその人物に会ったことはないが、兄上の話では『とても頭のキレる参謀』とのことだった。今回も彼の謀略だったのだろうか。兄上自身がとても思慮深いカリスマ性のある人物だから、そんな二人が組んだときの強さは計り知れない。


「僕の腹心はミランダ、お前だな」

「フフフ、そう言ってもらえるのは有り難いが、私はその人物の様に策を講じることはできないぞ」

「僕だって兄上の様には振る舞えないさ……これが第一王子と第二王子の差ってやつなのかもな」

「そう謙遜することはないだろう? 君だって学園の主席だし、グラハム様と同じ立場だったらきっと上手く解決したはずさ。私も及ばずながら助力は惜しまない。君の好きな様に使ってくれればいい」

「有り難う、ミランダ。やはりお前は腹心の友だよ」


 とにかく、これでようやく安心して自分の作業に打ち込めそうだ。ミランダとの友情も再確認できたことだし、卒業パーティーに向けて早速お前にも色々と仕事を頼むから、よろしくな。


「少しでも兄上に近づける様に、僕も努力しないとな」


 呟くと、ミランダはニヤッと笑った。


「なら婚約者を探したらどうだ? シャロン様の様なお方が、案外近くにもいるかも知れないぞ」

「まったく……もう、その話はよしてくれ」

「ハハハ、じゃあ、また後で」


 困っている僕を笑って、ミランダは部屋を出ていってしまった。婚約者か……大体、こんなに困っている原因の一端はお前にもあるんだからな。ミランダがもっと『女性らしい女性』だったら、僕は迷わず彼女に婚約を申し込んでいたに違いない。長らくミランダと言う少し特殊な女性と共に過ごしてきたことで、いわゆる『普通の女性』との接し方が分からなくなってしまったんだ。


 とは言え、実は最近少し気になっている女性はいる。彼女も『普通』の範疇に入るかどうかは怪しいし、メイドだし、パトリシアやミランダのお気に入りだし……ただ彼女の僕に対する接し方は周りの他の女性たちとは違っているし、彼女にマッサージしてもらった日は本当に良く眠れた。あの気遣いと優しさに触れれば、パトリシアやミランダが虜になるのも良く分かる。


──いかん、いかん。何を考えているんだ僕は!


 余計なことを考えるのは止めて、作業に集中しよう。卒業パーティーまでもう日がない。これを成功させて、そしてあの悪しき風習を終わらせる。それが僕の今やるべき『本分』だ。

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