第18話 ちょっと待って、ここ三階よ!?

「それじゃあ、よろしく頼んだよ、シャロン」

「承知致しました、殿下。準備しておきます」

「ハハハ、二人きりの時はグラハムでいいよ」

「あ、そうだったわね、つい癖で。分かったわ、グラハム。出席する旨、フランツ王子にも伝えてちょうだい」

「ああ」


 婚約者のグラハム王子が部屋にやってきて、今度の学園卒業パーティーへの出席を打診された。あなたが出席するのならもちろん出席するわ。婚約者の私が出席しない方がむしろ不自然ですから。


 ここ数年は出席していなかったけれど、今年はフランツ王子がパーティーを仕切っていることもあってグラハムと私も出席することにした。私たちも卒業生だし、何より『あの風習』を作ってしまったから、ちょっと責任も感じているのよね。フランツ王子は今年の卒業パーティー時に婚約者を発表しないとグラハムが言っていたから、ようやく風習も終わるんでしょうけど……それにしても『卒業パーティーを取り仕切った次期生徒会長が、婚約者を発表する』なんてとんでもない風習が、良くもまあ五年間も続いたものだわ。フッ……あの時は、私もグラハムも若かったわね。


 そうだわ、今日王宮に来たのは過去の恥ずかしい過ちを思い出すためじゃなくて、部屋の模様替えをしたかったんだ。私は普段フレーザー家の屋敷で生活しているけれど、王子の婚約者なので王宮内にも自室を頂いている。王族のイベント事でここに来ることも多いから、控室の様なものね。さて……一人で家具を動かすのは無理だから誰かに手を借りないと。


 廊下に出て人影を探すが、こういう時に限って誰もいない。外から窓を拭いているメイドはいるけれど、メイドに家具は持ち上げられないかな……ん? ちょっと待って、ここ三階よ!?


 慌てて窓を開けてメイドに声をかける。


「ちょっとあなた! 何してるの!?」

「何と言われましても……窓拭きですけど?」

「そんなの見れば分かるわよ!」


 問題はその方法よ! 上から降ろされたロープを体に巻いて、器用に左右に動きながら片手で窓を拭いているメイド。もう片方の手と脚で下に降りるのを調節している様だけど、最近のメイドはそんな仕事までするの!?


「危ないでしょう!?」

「いえ、大丈夫ですよ。このぐらいの高さなら、落ちても死にませんし」

「見ているこっちがハラハラするから、とにかく中に入って!」

「はい……」


 少々不満げながらロープを揺らして開いている窓の方にやってくる。腰に付けていた袋に雑巾などを押し込むと、こちらを向いて微笑むメイド。


「あの、少し下がって頂けますか?」

「え、ああ……」


 私が後ろに下がると片手で窓枠を掴み、もう片方の手をロープから放してしまった。どうするのかと思ってドキドキしながら見ていると、片手の力だけで自分の体を持ち上げ、その勢いでクルンと一回転して廊下に降り立つ。一体どういう腕力してるの!?


 メイドはペコリと頭を下げるとその場から去っていこうとしたので、思わず呼び止めた。それだけ腕力があれば家具だって動かせるかも!


「ちょっと待って! 悪いんだけど、部屋の模様替えを手伝ってもらえないかしら?」

「模様替えですか? 私でよろしければ」


 あっさり了承してくれたので一緒に部屋の中へ。部屋で着替えをする時はお付きのメイドたちに手伝ってもらうんだけど、いつも本棚や化粧台、それにテーブルとソファーが邪魔になる。なので全部を少しずつ窓側に寄せたいと思っている。


「クローゼットと鏡の前を広く空けたいの。あと、机は窓際の明るい所に置きたいんだけど……手伝ってもらえるかしら」

「それだと本棚は逆の壁際の方が良さそうですね。お任せください」


 あの執務机は重いから流石に一人では無理よね……そう思いながら私も彼女と一緒に動き出すと、先に執務机に手をかけたメイドがいとも簡単に机を持ちあげて窓際へ運んでいく。


「……」

「この辺でよろしいでしょうか?」

「えっ!? ああ、うん、有り難う」

「では、この本棚も……」


 空の木箱でも運ぶ様に本棚を持ちあげて反対側の壁際へ。その後、ソファーやテーブルもあっけなく移動されて、三十分もしない内に部屋の様子が完全に変わってしまっていた。もちろん、私が『こうあって欲しい』と思っていた部屋へ。


「有り難う、とても助かったわ」

「いえ、お役に立てたなら幸いです。では、私はこれで失礼致します」

「あなた、名前は?」

「マリオンと申します」

「そう。私はシャロン。シャロン・フレーザーよ。グラハム王子の婚約者と言えば分かるかしら?」

「グラハム様の!? 初めまして、シャロン様。以後、お見知りおきください」

「フフフ、あなたみたいな面白い子、簡単には忘れられないわ。また何かあったら手伝ってちょうだい、マリオン」

「もちろんです! では」



 後日このことをグラハムに話すと、彼はクスクスと笑っていた。どうやら彼女は最近王宮内で有名らしく、先日の狩猟大会でパトリシア様を救ったメイドと言うのは彼女のことだったらしい。


「パトリシアがいたくお気に入りでね。パトリシアと共に学園に入学するそうだよ」

「そうなのね。窓の外にぶら下がっているのを見た時は、本当にビックリしたんだから」

「私はまだ直接会ったことはないんだが、ユニークな子らしいね。ミランダの話では、住み込みでドミニクの家の面倒を見ているのも彼女らしい」

「あの家に住んでるなんて、本当に変わってるわね。でも、それならドミニクとも気が合いそうじゃない。彼もそろそろ婚約ぐらいしてもいい歳だし、薦めてあげれば?」

「さあ、それはどうだろうね」


 意味深な含み笑い。まだ何か隠しているわね、グラハム。まあいいわ、もうじきドミニクもここに戻ってくるらしいし、帰ってきたら私から薦めてみるから。力の強さはちょっと異常だったけど、彼女だったらいいお嫁さんになるんじゃないかしら?

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