第23話

「カイト!カイトじゃないか!」

「叔父上!このたびは王島竜騎士昇格おめでとうございます」

「おおう、ありがとう。わざわざ、それだけ、じゃないよな?」

「ええ、昨日来たのです。ダイヤ島の炎の竜が捕まった話と、その…」

「うん?」

「嫁を貰わないかと言われまして」

「おお、それは良かったな。誰なんだ?」

「こちらの貴族の方で、リカ様と。昨夜会食いたしまして」

「で、どうだった?」

「なかなか良い人だったので、進めてもらおうかと」

「良かったなぁ」

「おめでとうございます!」

 竜騎士の皆が口々に祝福を述べる。

「で、結婚と同時に私が島主となることに」

「びっくり!」

 皆が言葉をそろえる。

「兄貴は引退か」

「まだ当分先なのですが、一応区切りとしてですね。父上も来ていますよ?お会いしますか?今、教会の方へ行かれています」

 ルークの心臓がどきんとなった。

「あ、ああ」

 落ち着け、俺。

「すみません、ちょっと挨拶してきます」

 いっといでーと竜騎士のみなに送り出された。

 カイトの後ろから歩いていたが、段々早くなる。

「叔父上?ちょっと待って」

「あ、ルーク?」

 レオン団長が声をかけたが、足早に行ってしまった。



 少し前の時間。

 シシィは教皇に会いに来ていた。

 庭に呼び出される。

 かなりのお怒りだ。

「まったく…わしの大切な小鳥になんてことをしてくれたかの?」

「は…」

「ばれとるぞ、全部な」

「は、不徳の致すところでございます」

「泣いとったぞ、夢なのか現実なのかわからぬと」

「…」

 くるりと教皇はシシィに向いた。

「ずいぶんと残酷な事をしてくれたもんじゃ。あれでは、諦めるにも諦められん。無理やりにだったら嫌いになればよい。だが、忘れるにも何じゃあ、夢みたいとは」

 持っていた杖で、思いっきりシシィの左義足を叩く。

 思わず、シシィは膝をついた。

「っ…」

「好きならば、辛い現実と向き合えるものだ。夢の中に放り込んでやって、ぼやかすとは何ごとぞ!」

「…」

「自分だけ辛い現実におればよいのか?それだけの覚悟があるなら、なぜビオラも一緒の現実に連れ出さなかった!」

「は…」

「あれはずっと夢にとらわれている!おぬしが置き去りにしたからだ!」

「!!」

 夢の中へ置き去り…

「かわいそうに出るに出られん。この半年、周りの者が必死に現実に引き戻そうと努力しておる。その度にあれは、体が拒否しておる」

「体が拒否?」

「夜眠れなくなったり、茶が飲めなくなったりじゃ」

「!!」

『お茶会のたびに戻すのよ』

『月明かりが怖いのです』

 膝の上で、握りこぶしを作った。

「挙句の果てには陛下に付け込まれて。政治に利用されないようにしておったのに。見事に策略にはまりおって!弱点にされておるではないか!ばか者!」

 ビシッと杖がシシィの首にあたった。


「昔のわしなら、ここでおまえの首を切り落としているところじゃ」


 杖の当たる痛みよりも、シシィの身体からすぅーっと血が引いていくのがわかった。


 本気だ。

 このお年寄りは本気で俺を殺そうとしている。

 戦う人間の持つ特有の殺気だ。


 教皇様は昔騎士団所属か?


「愚か者め」


 ピリピリした空気にまたもや嵐を呼ぶ男がやってくる。

 昨日ビオラが花を摘んでいた庭だった。

 息を切らせてルークは庭に駆けこむ。

 教皇とシシィが話している最中だった。

 姿を見た瞬間、ルークの全身の血が沸騰した。

「き、きさま…」

「…ルーク」

「おお、ルーク」

 その瞬間、レオン団長に羽交い絞めにあった。

「待て、待て、うおっ?」

 レオンは見事に投げ飛ばされる。

 物凄い速さで、シシィの顔面を殴った。

「つっ」

 地面にしりもちをついたシシィの今度は逆の顔を殴る。

「あいつがどんな思いで生きているかなんて、あんたにわからないだろう!」

 もう一発殴る。

「勝手に手を出して踏みにじって!ふざけんな!」

 もう一発殴ろうとした手をシシィは握った。

「ではどうすればよかったんだ!そのまま妻に迎えても良かったのか?俺は二人で一緒に島を治めていきたかったんだ!」

「はあ?仕事をさせたいだけじゃないか!」

「ああ、その後、ビオラのお願いだと言われて王島からたくさんの人間がきたよ!仕事をしにな!おかげで島内のことは筒抜けだ!」

「あいつが悪いというのか!」

「そうは言っておらん!」

「それは島主夫人だ!愛じゃない!仕事をさせたいだけだ!」

 胸倉を掴んでいたが、ルークは捨てるように離した。

 ゆっくりとシシィは立ち上がる。

 手で口元を拭う。血だらけだ。

「複雑な立場がある2人だ。簡単にはいかん」

「だからといって、手を出していいのかよ!深い傷をつけやがって!」

「王妃様にも言われた。今、教皇様にもな」

「ああ、そうだろうさ。みんなビオラの事を心配してんだ。あんたのせいで、ビオラは夜、深く眠れなくなった。意識がなくなることに怯えている。月明かりもそうだ。異常に怯える」

「!!」

「お茶も他人が入れたものは一切口にしない。口にしても戻す。わかるか?また何か入っているかと思っているからだ」

「っ…」

「あんたが、屋敷全体がどんなことをしたのか、わからないだろうな!」


 俺は王島に行っていていなかった。

 いつもの寝る前のお茶。

 その夜も、お茶を飲まない選択肢はなかった。

 必ず飲むと知っていて、薬を盛った。

 あいつらか!執事、侍女のマーガレット!

 カイトは握りこぶしをつくった。


「俺が王島勤めになって、やっとあいつは眠ることができている。俺には記憶を消す魔法は使えない!だから、怯えるあいつを抱きしめるしかできないんだ!」

 ルークは怒りの涙を流していた。

「茶会のたび、具合が悪くなるあいつを心配して、王妃護衛が薬師に聞きにきている。王妃の茶を戻すなんて反逆行為だ!薬師がとりなしてもらうように言っている。屋敷詰めのダチョウもトトもどうしていいかわからないと困惑している!わかるか?みんなみんな、ビオラが心配だからだ!」

 自分の名前が呼ばれたと思って、ビオラは扉をそっと開けた。

 教皇様に出るなと言われている。

 何でだろうと思っていたのだ。

 シシィ様!それにルーク?

 9カ月ぶりに見るシシィだった。

 出ようとした時、後ろから、扉をしめられた。

「司祭さま!」

「今行かれたら、ルーク様のお怒りは永遠に続きます。もう少しお待ちください」

「でも」

「あなたはどちらを止めるおつもりか」

「!!」

 確かにいまはルークが殴っていた。

 ルークを止めるの?それともシシィ様を?



「原因はあんたの身勝手な行動からだ。たとえあいつがあんたの事を好きだったとしても手を出すべきじゃなかったんだ」

「では、譲れ」

「はあ?」

「きちんと責任を取る。ビオラを妻にする。それで解決するだろう」

「何言ってんだ!」

 胸倉を掴む。

「これから陛下に正式にお願いにあがる。俺はマーレ島島主だ」

「なっ」

「残念だな、弟よ!王島の竜騎士と言えど島主の婚姻に文句は言えまい!」

「こっのっ!」


 この勝ち誇った顔が嫌いだった。

 いつでも俺の先を行くあんたが。


「大嫌いだっ」

「偶然だな、俺もお前が嫌いだ!」

 そう言ってシシィがルークを殴った。


 堂々とビオラを好きだと言えて、周りに祝福されて。

 大空を竜に乗って駆けていく自由なお前に。

「腹が立つ!」


 二人は、その後も腹に顔にと殴り合いを続けた。

 教皇もレオン団長もカイトもあっけに取られていた。

「きょ、教皇様…」

「しばらく殴らせとけぃ。これ」

 側にいた司祭に薬だけ用意するように伝えた。


 はあはあ言いながら、二人は庭に寝転がっていた。

 血だらけである。

「さすがは竜騎士だな。力が強い。少しは手加減しろよ」

「何言ってんだよ、手加減するケンカなんて聞いたことがねえよ」

「ははは、そうだな」

 笑って寝転がってみる空は青かった。

「お前の飛んでる空は青いな」

「ああ。マーレ島の海も青いけどな」

 ルークはふと思い出した。

「ああ、せっかくだから風を感じたいと言ったんだ」

「ビオラが?」

「ああ。辛いボタニカル島から王島に移る時に、馬車に乗れって言われたのに。まだ9才のときだぜ?」

「ビオラらしい」

 シシィは笑った。

 久しぶりに兄貴が本当に笑ったところを見た。

「それ以来の付き合いだ。俺はイカレた奴って笑われながら。会うのは本当に一年に一度か二度だったけど。会うたび成長して、中身に伴って女性らしくなっていって」

 もう手放せないくらいの宝物になった。

 むくっと起き上がった。

「だからビオラは譲れない。たとえ兄貴でも」


 お前は子供の頃からの成長途中のビオラを好きなのか。

 俺は、すでに大人のビオラを好きなのだよ。

 あのすべてを諦めている女を救ってやりたいんだ。


「陛下にお願いしても無理だったろうな。あいつは人の邪魔をするのが大好きな奴だ」

「陛下をあいつって…」

「それに俺は島主じゃなくなる。カイトから聞かなかったのか?」

 少し笑って、体を起こした。

「あ、そういや聞いたわ」

「ひでえな、それでも思いっ切り殴ったか」

「あーすっきりした」

 先に立ち上がったルークが、足の悪いシシィを気づかって手を伸ばす。

「いてて」

「ビオラに手を出したあんたが悪い」

「わかったよ」

 ぱんぱんと、草をはたいているシシィにルークはそっと耳打ちした。

『もうあんたなんて跡形もないくらいに書き換えてるぜ』

 そうか、とふっと笑った。


 やはり俺だけが辛い現実に取り残されるんだな。


「…」

「お出にならないのですか?」

「ええ。このまま」

「…」

 大した女性だ。

 年相応の16才の女性なら、取り乱して二人の間に割って入るだろうに。

 行かない方が丸く収まると感じているんだな。

 さすがだな。


「何やら騒動が起こっていると連絡がありましたが?」

「おお、宰相殿。なあに大したことないわい」

 おそらく怒号が聞こえたので、城の誰かが連絡したのだろう。

 モーガンが出てきた。

「そんなに血だらけで大したことないというのもおかしいのでは?」

「いえ、宰相様、いつもの父上と叔父上の交流戦です!」

「…と申しますと?」

 あっははは!と教皇様が笑いながら言った。

「兄弟喧嘩じゃあ!」

 カイト殿、上手く言うたもんだの?と教皇様が小声で話す。

 どうにも気まずい血だらけ兄弟は、体を草まみれにしながら、顔を少し赤くして立っていた。

「確かにただの兄弟げんかでした。それは私も見ていたので保証します、モーガン様。こいつはきつく叱っておきますので」

 レオン団長がルークを指して助け船を出す。


 ビオラはシシィの血だらけの顔を見て、出ていこうかと思ったが、やめた。

 お互い言いたいこともあるようだし、最後は本当に兄弟げんかだった。

 私が口出しするところではない。

 それに会ったとして何を話すの?

 夢にするんじゃなかったの?

 シシィ様!

 どうして私たちは出会ってしまったのかしら…!

「…」

 握りこぶしを両手に作って扉を叩くかと思われたが、そのまま離してしまった。

 上を向き、何かを飲み込んで黙ったまま、扉の側を離れるビオラを見て、司祭は大したものだとますます思った。

 本当はシシィ殿に会いたいだろうに。

 あの腕に飛び込んで行きたいだろうに。

 恋路だけはうまくいかないものだな。



「では戻ります。叔父上」

「おう、気をつけてな」

「執事とマーガレットは私が殴っておきます」

「なぐっ、やめておけ。女性は殴っちゃだめだ」

「あのマーガレットですよ?私の手が痛みそうですけどね!」

「新しい島主は、邸内の人間を殴ると言われたら困るだろう?」

「まあ、そうですけど」

「でも、カイト」

 言葉を切った。

「ありがとうな」


 叔父上のこんな優しい顔を初めて見た。

 あの時の父上の顔に似ている。

 お祭りの話をしたテラスで朝食を取った時の。


 二人ともビオラを本当に愛しているんだ。


「どうした、カイト」

「いいえ、叔父上。ビオラによろしくお伝えください」

「カイト?」

「行きましょう、父上」

「じゃあな、ルーク」

「ああ」

 カイトは、世の中にはどうしようもないことがあるんだと、初めて実感した。

 泣きながら、教会の敷地を歩いて行く。

 涙が止まらなかった。


 大切な3人なのに、3人とも同時に幸せになることができないなんて。


 カイト自身にもできることは何もない。

 自分の無力さにも悲しかった。



「おお、ちゃんと中におったな。よしよし」

 教会の中へ戻った教皇は、たたずむビオラを見て微笑んだ。

「まあ、あいつら同士はすっきりしたじゃろ。お前さんはゆっくり心を治せ」

「教皇様…」

「うん?」

「私は強くなりたいのです」

 泣きながら、あまり眠っていない顔できちんと教皇の顔を見た。

 その表情を見て、うんうんとうなずいた。

「無理に忘れようとしなくてもよい。だがな、立ち止まったままでもいかん。少しでも前に足を踏み出せば、進んだ道のどこかで救いはあるだろう」

「はい」

「良い男どもと出会えてよかったの」

「…はい!」

 教皇はしっかりとビオラを抱きしめた。

 それは娘を思いやる父親のようであった。



「あーあごがガクガクする」

「あったりまえだ。あれだけ本気の殴り合いをしやがって。ひやひやしたぞ」

 レオンがルークの頭にゲンコツを落とす。

 教会の庭から、竜舎に二人は戻りながら話す。

「…ビオラの不眠症の理由がわかったよ」

「団長…みんなには、その…」

「大丈夫だ、炎の竜の惨劇を見たからで突き通す。俺も一瞬、殺意を抱いた」

 ビオラを娘や妹のようにみているレオンは笑った。

「ビオラが眠れないほど怯えているのは、どこかで忘れたくないからなんですよ」

「…そうか」

「兄貴は良い男ですからね。男でも惚れるくらいの」

「まあな、海上島のシシィったら有名だからな。男気があって、島を平和に収めていて、統率力もあって」

 その相手が渦巻人の中身が大人の女か。できすぎなお話だな。

 レオンは、立ち止まってわはははっと笑った。

「そりゃ、好きになるわ!どちらも!」

「何ですか、急にー!」

「考えてもみろ、ビオラの中身は35才の大人の女性だぞ?俺やシシィ殿と5、6才しか違わない。ましてや渦巻人で物事をよく知っている。そりゃあ、シシィ殿は興味を持って、好きになるわな」

「うっ…」

「加えてあの、ビオラの人を立てる性格だ。男があんな女にとことん尽くされてみろ。骨抜きにされるわ。そして、シシィ殿も男気のある奴だ。全力であんな男にぶつかってこられてみろ。女はひとたまりもないな」

「…」

「お互い好きになるべくして出会ったという感じか。好きになるなっていう方がおかしいだろ」

「俺の方が邪魔ってことですか…?」

「邪魔じゃないさ。お前じゃ役不足だってことさ」

「どういう事っすか!」

 血だらけボロボロのルークは顔を真っ赤にして抗議した。

 こういう子供っぽいところが、ビオラは好きなのか、物足りないのか。

 ぽんと背中を叩いた。

「まあ、がんばれ」

「何ですか、その適当な慰めは!」


 おーどうした、その顔ー?と仲間に聞かれて、兄弟喧嘩してきたと答えるルーク。

 わはは!子供かよ!と突っ込まれていた。

 そんな彼をレオン団長はほほえましく眺めていた。

 大丈夫さ、身分も立場もお兄さんの方が上だが、側にいられる気楽な立場はお前の方が有利だ。

 好きだけだったら、とっくに、ビオラはシシィの腕に飛び込んでいただろう。

 それをしなかったのは。

 色々なしがらみを考えてだ。

 恐らく、一緒になっていたら海上島は。

「陛下やバカ貴族どもに潰されるな」

 それを考えて、残らなかったか。

 つけいる大義名分を与えないように。

 生産業の経済活性化ために竜騎士大会を開き、ダイヤ島の後始末のためにサルビアを浄化した。

 どこまで。

 どこまで他人のために生きているんだ。

 自分の幸せを少しは考えろ。

「ばかやろうが」


 眠れなくなるほど夢の中の会えない男に恋焦がれて。


「兄ちゃんはなにもできないな」

 はあ、とため息をついた。

「…!」

 瞬間、レオンは剣を振るった。

 手ごたえを感じる。

「団長!?」

 急に剣を振るい走り出した団長を竜騎士達は驚いて、数名が後を追いかけた。

「むんっ!」

 潜んでいた怪しい人影を見つけたレオンは、力を込めて剣を投げた。

 鈍い音と共に、人の背中に刺さる。

 服装は普通の省庁の役人の制服だ。

「どこの制服でしたっけ、これは」

「いや、確認しても無駄だろう。偽物だろうからな」

「一応確認してきます。おい」

 2人の騎士が総務省に向かった。

 全ての省庁をまとめている部署で、総長官は、モーガンだ。

「持ち物は、何も…ああ、短剣を持っていますね。それと、これは」

「何だ?」

 死んだ男の服から出てきたのは、サルビアの涙だった。

「!!」

「封印したはずのサルビアの涙がなぜ、こいつが持っているんでしょう?」

「さあな。そして、あそこで何を探っていたのか、わからん」

 レオンは、剣をふいてから鞘にしまった。



 ルークは出る寸前の、ペガサス馬車に走ってきた。

「どうした?」

「何かあったのですか?」

 シシィとカイトは馬車の扉をあけた。

「はあ、良かった間に合って」

 乗り込まんとするくらいの勢いで、窓から上半身だけを馬車に突っ込んだ。

「たった今、賊が竜舎に忍び込んで誅殺されたんだ」

「!!」

「その男は偽の総務省の役人の格好をしていた。懐に炎の竜の涙石を持っていたんだ」

「あの魔石みたいだと言っていたやつですね。どうしてそんな」

「わからん。くれぐれも気をつけて帰ってくれ。本当なら護衛したいんだが、残党狩りをするらしいから、ちょっと無理だ」

「大丈夫だ、ルーク。私は2つの属性を使える魔力持ちだ。お前の方こそ気をつけろよ。竜舎にくるとは何かあるのかもしれん」

「ああ、気を付ける。またな」

 待て、とシシィは笑って一言ルークに声をかけた。

 不思議な顔をしていたが、言えばわかるとシシィは話した。

 ルークは従者に行ってくれ!と声をかける。

 軽く手を上げて、見送った。

「本当に、何者でしょうね、父上」

 シシィは、先だっての3人の気配を思い出していた。

 いや、俺ですら姿を見れなかった。

 あの3人が簡単に殺られるとは思えない。

 では、他の人間か?

 そんなに影のような人間が多数のさばっているのか!

「やっぱり王島は気に入らない所だ」

 吐き捨てるようにシシィは言う。

 そんなところに、ビオラを置いてきてしまっているのか。

「…」

 父上。

 本当は連れて帰りたいですよね。

 先だっての竜騎士試合の時に、わざわざ貴族席まで来てくれた。

 聖女のドレスが綺麗だと言うと、真っ赤になって照れていた。

 無邪気に笑うビオラの笑顔を思い出していた。

 どうか、何事もなく無事でいてくださいね。


 ルークは、マーシャやシシィから聞いていた女性護衛騎士を訪ねていた。

「シルバー様、ビオラに気を使っていただき、ありがとうございました」

 シルバーは剣の点検をしていた。

 敬礼をした後、後ろ手にきちっと立っているルークを見て笑っている。

「兄貴をボコボコにしたらしいな」

「もうばれていましたか」

「モーガン殿にな。すっきりしたか?」

「はい。自分はかなりすっきりしました」

 まだ、口元が赤く腫れているルークだった。

「その兄からの伝言です」

「なんだ?」

「死ぬまでは無理でした、とお伝えくださいと言われております」

 ぶっ!とシルバーは笑った。

『命をかけてしらを切れ』

 昨日言ったばかりの言葉だ。

「そ、そなたの兄は面白いな」

「はあ。何の意味かわかりませんが。お伝えすればわかると」

「ふふふ。そうか、そうだな。お前にボコられた時点で無理というものだ」

「?」

「私も彼女とのお茶会が楽しかったのだ。また飲めるといいのだが」

「時間がかかるかもしれませんが、いつか大丈夫な日が来ると思います」

「そうか。楽しみにしている」

 パチンと剣をしまった。



 シシィとルークの兄弟喧嘩の夜、ビオラは久しぶりに一人でぐっすりと眠ることができた。

 だが、眠っている最中に夢を見る。


『ここは』

『夢です』

『あなたは?』

『開祖神ノアです』

 思わずひざまずいたまま、頭を下げる。

『いつもあなた様の聖なる呪文に助けられています。ありがとうございます』

『こちらこそ、ありがとう。私のわがままにこたえてくれて』

『わがまま?』

『生まれ変わりのことよ』

『?』

『その体のビオラートは死にたがっていたわ。それに目を付けた私の呼びかけにあなたの魂が答えた』

『全然そんなつもりはなかったのですが』

『きっと前世でやり残したことがあったのね』

『まあ、仕事も恋も中途半端でしたから』

『この世界でぜひとも達成してほしい』

『今…悩んでおります』

『シシィとの事ですね』

『!!』

『あなた達は魂同士が呼び合っているわ。きっと離れられない』

『ですが、一緒にはなれません』

『そうね。今は無理でしょう』

『いつかは一緒になれるのでしょうか』

『あなたの望みですか』

『あまりにも諦めることが多すぎて、望んではいけない気がしています』

『すみれ。いいえ、ビオラ』

『はい』

『望みは口に出さないと成就しませんよ』

『!!』

『叶えたいなら、口にしなさい。私が導くわ』

『ありがとうございます』

『そして、あなたにお願いがあってきました』

『それは魔王と関係していますか』

『ええ。これ以上は言えない。魔王に気づかれる』

『では一つだけ。準備とはなんでしょう?』

『準備?』

『ああ、女神さまはご存じではないのか』

 ビオラは簡単に説明をした。

『取りつかれたのはその一度のみ。準備が何を示しているのかさっぱりわからなくてどうしていいのかわかりません』

『私にもわかりません。ですが』

『ですが?』

『島が落ちているのは魔王のせいです』

『!!』

『渦巻人が現れたから落ちているのではないの。魔王が私に会いたがっている』

『女神さまに?島を魔王島に引き寄せているということですか』

『ええ、そのとおりです。ビオラお願いがあります』

『なんでしょう』

『魔王を討ち果たして欲しいのです』

『それは!』

『そして、私のいるところと魔王を結ぶ道を繋いでほしいのです』

『女神様はどちらにいらっしゃるのですか』

『隠れています。再び殺されないように』

『殺されたのですか?』

『ええ。』


 そこで夢は絶たれた。

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