バスティ・デーヴァ-歩く物的証拠、黒浜廉史の日常-

安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売!

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K→R

 ピピッと、耳に突っ込んだインカムに着電があった。


【ハァイ、ダーリン】


 聞こえてくるのはもちろん、聞き慣れた……そして現在大絶賛行方不明中である相棒の声だ。


 状況にそぐわぬチャラけた声に、俺は常よりも低い声で問いかける。


「どこで油売ってやがる、クソ野郎」

【いやぁん、言葉使いきったなぁい】

「どこで油をお売りになってやがりますか、クソ野郎様」


 言い直しても結局変わんないじゃ〜ん、という調子のいい声に答える代わりに、俺はまたいでいた単車のアクセルを回した。ブォンッという重い排気音は恐らく、インカムの向こう側まで届いたはずだ。


「押さえたか?」


 さらに低く問いかける。


 これだけの音を聞かせれば、あいつならば的確に状況を読んでくると踏んでの、極限まで余計な言葉が削がれた問いだった。その信頼に応えるかのように、インカムの向こう側から変わらず軽やかな言葉が返ってくる。


【むしろ逆に押さえられてる】


 だがそれは、俺が予想していた返答ではなかった。


「はぁ?」

【ね、お迎えに来てよ、ダーリン】


 思わずドスの利いた声が漏れた瞬間、茶化すように紡がれる言葉の向こうでカチリ微かな金属音が響く。日常的には聞かないはずなのに、聞いた覚えがある音。……拳銃の撃鉄が上がる音だ。


「場所は?」


 とはいえ、こういう状況もありうるという予想はできていた。表面上は一応、平静を保てているはずだ。


 それでも、物心ついた時から隣にいた相棒であり、幼馴染であるあいつの命の危機に、心の底にはジワリと焦燥がにじんでいく。


【言えると思う? この状況】


 一方、命の危機にさらされているはずである当人は、こっちの内心をどこまで把握できているのか、相変わらずふざけるような口調を崩さない。


「俺を呼ぶために通信繋がされたんじゃねぇのかよ」

【いんや? どちらかと言やこれは、見せしめだねぇ】


 どこまでもふざけた口調で楽しそうに言い切った相棒は、物騒な言葉に反してケラケラと笑った。恐らくこめかみに拳銃を突きつけられているだろうに、だ。


 そこまで余裕を見せつけられると、何だかこの状況を心配するだけ損なような気がしてくる。


「……もう一度訊くぞ、レン」


 俺は愛車のシートに改めて腰を据え直すと、もう一度アクセルをふかした。重い排気音とメーターの針は俺の手首の動きに律儀に追従してくる。暖機は十分効いていた。


 その事実と、溜め息ひとつで、意識を切り替える。


 幼馴染の命の危機に焦燥を募らせる自分から、錬対れんたい捜査官として狩るべき標的マトを目前にした自分へと。


?」

【そりゃもうバッチリ】


 その切り替えを、相棒は短い言葉だけで覚ったのだろう。


 答える声は相変わらず飄々としている。ただ、その声の裏に今は、絶対の自信が見えた。


 同時に相棒は、ほんの少しだけ、俺にすがるような甘えを声の奥底ににじませる。


【だからさ、迎えに来てよ、シラ。俺はこんなトコからさっさと帰って、シラの手作りパスタを心ゆくまで堪能したいってわけ】

「アホ。今日の夕飯ユウメシ当番はお前だっつの」


 その甘えを、俺はスパッと切り捨ててやった。ハッキリと言葉にして言える状況であったら『こっちに黙ってここまで現場をかき乱したお前が、今更弱気見せてんじゃねぇよ』と辛辣な言葉が飛んだことだろう。


【何でこの場面でほだされてくんねぇのかな、お前はぁ〜!】

「何年腐れ縁やってると思ってんだ。今更絆されるもクソもねぇだろ」


 今回もそんな俺の内心を正確に汲み取ったのか、相棒は途端にむくれるような雰囲気でわめき出す。


 その瞬間、ピピッともう一度着信音が鳴った。単車のメーターの隣に後付されたホルダーを見遣れば、セットされた端末には地図が表示されている。


 その地図上に今、点滅する赤い点が表示されていた。この通信の発信元……敵勢力に捕らえられた相棒の現在位置を示す点だ。


 俺はこれ以上無駄話をする必要性がなくなったことを示すために、再度アクセルをふかす。長く、高く、獣の咆哮のように単車が音を轟かせた瞬間、インカムの向こうで相方が吐息だけで笑った。


【ガラわっる】

「言ってろクソ野郎」


 短く答えた瞬間、俺は流れるように単車をスタートさせていた。一気に加速するバイクの排気音がインカムの向こう側にまで聞こえてしまったのか、相棒を拘束しているクズどもが動揺する気配がこちらにまで伝わってくる。


「十分で着く」

【五分で来て】

「パスタので上がりは」

【七分!】


 楽しそうな声を残して通信は途絶えた。俺はリズミカルにギヤを上げていくと、躊躇ためらいなくスロットルを回す。


 淡く闇が広がり始めた世界を、単車は切り裂くように進んでいた。道を行く一般人達が、暴走バイクに目を丸くしているのが分かる。


 ──これが俺達の『日常』っての、笑えるよな。


 俺は胸中で現状を皮肉りながら、左の爪先を跳ね上げて、さらにギヤを一段上げた。

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