革命司令部

「……呆気ないほどだ。まさかこれほど我々に同調する部隊が多いとは」

「少将閣下の人徳、そして我らの同志の力が為した成果でしょう。州軍司令部を占拠した同志とも連絡が取れました。革命軍我々がロシェミエールを掌握するのも、時間の問題です」

「私の人徳は関係ない。これは市民の怒りの力だ。私はその向きを少しばかり変えただけだよ」

「ご謙遜を」


 反乱を起こした第11師団の野戦司令部において、師団長のルナン少将は参謀らと共に反乱の指揮を執っていた。ロシェミエールにおける州軍反乱の首謀者であった彼は高級将校から下士官兵まで幅広い層で州軍内部での取り込みを行ってきたが、それでも反乱が起きるその時までは彼が掌握している部隊は自らの麾下にある第11師団、そして第22師団第66・87連隊の将兵のみであり、州軍全体の割合で言えば3割にも満たない兵力であった。


 しかし反乱が始まった直後から州軍司令部の指揮統制から離脱しルナンらが率いる反乱軍へと合流する将兵は後を絶たず、反乱開始から2日が経った現在では7個師団から構成されるロシェミエール州軍の殆どが彼の指揮下にある状態となっていた。


 州軍司令官のパルデス中将を筆頭に少なくない数の高級将校は反乱への参加を拒否し、自らの部隊を反乱軍と戦わせようとしたが、彼らの指揮下の中堅将校らや下士官兵が勝手に指揮を離脱し逆に司令部を制圧。高級将校を殺傷し部隊を乗っ取るといった事件も頻発した。


「パルデス中将は反乱への参加を拒んだそうですが、警備隊によって殺害されたそうです。司令部を占拠した同志は少将に州軍全軍の指揮権を付与したいと申し出てきました」

「承知した。全軍に次のように布告したまえ。『州軍司令官の死亡によって州軍の指揮権は第11師団長に移譲された、以降州軍の指揮を第11師団司令部が引き継ぐ。第11師団はその権限を以てロシェミエール州全土に戒厳令を布告し、国家反逆者であるデロル・ガブリエル・ド・フローリアおよび彼に与する反革命分子の逮捕を行う』と」

「了解いたしました。すぐに命令を作成させます」


 反乱軍の一人芝居によって『戒厳司令官』となったルナンからの命令を受け取った参謀は、すぐに部下へ命じて命令書をしたためさせる。その様子を見ながら、ルナンは傍に控える自らの副官に語りかけた。


「セルヴェ大尉。少しいいかな」

「は、少将閣下。いかがなさいましたか」

「第79連隊の師団付要員を呼んでもらえるかね。あぁ、第52連隊の人間もいたら頼みたい」

「はい。すぐに手配します」


 副官はルナンの指示を聞くとすぐに師団付要員が控えている建物へと向かった。それを見届けてから、ルナンは机に置かれた作戦地図を眺めながら一人思索に耽る。


(さて、侯爵一家は侯爵邸に留まるかどうか……)


 もはや州内に存在する武装勢力の殆どを確保した彼にとって、反乱の成功は疑いようもないことであり、その関心は別のことに移っていた。侯爵一家についてである。


 ルナンは反乱が起こるまでは、侯爵家に対して――そして王国の貴族階級に対して従順であるように振舞っていた。しかし、その内心は強い憎悪と怒りで煮えたぎっており、機会さえあれば王国そのものをひっくり返してやりたいと考えていた。


 彼の両親は貴族に対する不敬罪という名目で処刑され、そして姉は人買いによって攫われ――ロシェミエールのある貴族によって凄惨な仕打ちを受け寒空の下でその命を落とした。軍に所属しながら革命運動に身を投じたのも、姉の死がきっかけであった。


 そして軍で栄達し、大貴族の高級将校付武官なども経験した彼は、いつしか貴族という生き物の考え方が手に取るようにわかるようになっていた。


(恐らく、土壇場になって奴らは逃げ出そうとするはずだ)


 フローリア侯爵デロルは表面上『良き領主』であるという評判であったが、ルナンはその評判を一切信じていなかった。貴族というのは、詰まるところ全ての行動の目的が『保身』という二文字に収束する生き物なのだ。


 彼が知る唯一の例外は、デロルの前の侯爵家の当主であり、『銀狼侯』の渾名で知られたカトラス侯だけであったが、彼は実の息子であるデロルに謀殺された。平民出身のルナンを取り立ててくれたカトラスに対して彼は恩義を感じており、死去した際は反乱を起こそうかと本気で思い悩んだほどであった。


 今のところ侯爵やその家族が逃げ出したという報告は聞かないが、反乱軍がメンヒル市街を完全に制圧し、侯爵邸に迫るに至って彼らは逃げ出すであろうとルナンは確信していた。


「少将閣下、第52連隊のフィネル中尉と第79連隊のベルト―中尉をお連れしました」

「第52連隊師団付のシモン・フィネル中尉であります」

「同じく第79連隊師団付のアンドレ・ベルトー中尉であります」

 

 そんなことを考えていると、副官が目的の人物を連れて戻ってきていた。ルナンは目線を上げ、若い2人の連絡将校と向き合う。


「ご苦労。まずは連隊の状況について報告してもらいたい」


 ルナンがそう言うと、2人は僅かに目配せをする。程なくして、フィネル中尉が前に出て話し始めた。


「それでは第52連隊より報告いたします。本連隊は現在メンヒル市内に入り、南部地区において我々に同調しなかった州軍部隊の掃討を実施しております。南部地区のおよそ6割が我が連隊の制圧下にあり、同地区の完全制圧は本日中に完了する予定です」

「続いて第79連隊より報告させていただきます。本連隊は現在メンヒル郊外に存在する港湾施設を制圧し、同施設周辺の警備および哨戒に当たっております」

「ふむ……」


 報告を聞きながら、ルナンは考える。この調子でいけば、明日にもメンヒルを含めたロシェミエール州は完全に反乱軍の支配下に入るだろう。しかし、全域を掌握したとて侯爵家を捕らえなければ意味がない。早いうちから警戒線を張り、必ず捕えなければならないのだ。


 その点において、特に警備哨戒任務にあたっており、現状戦闘に関わっていない第79連隊は警戒線の早期構築において適役と言えるだろう。また侯爵邸はメンヒルから少し南へ下ったところにあるため、その近くに展開している第52連隊もすぐに警戒線を展開することが出来る。


「第79連隊は準備ができ次第すぐに港湾施設の警備には1個大隊を回し、連隊主力はフローリア侯爵邸を中心とする半径1km圏内での警戒線構築に着手せよ。捜索目標はフローリア侯爵家当主デロル・ガブリエル・ド・フローリアおよびその家族である。第52連隊も南部地区の掃討が終わり次第必要最小限の治安維持部隊を置いた上で第79連隊に合流し、警戒線に展開せよ」


「了解いたしました。すぐに連隊本部へと命令を伝達いたします」

「うむ、よろしく頼んだ。下がってよいぞ。セルヴェ大尉、護衛をつける。フィネル中尉とベルトー中尉をそれぞれの連隊に送ってやれ」


 ルナンは2人に指示を伝えると、彼らを副官に預けた。

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