大企業の超真面目秘書が有名ゲーマーになる話【祝10000pv】【1日おき投稿】

きぬま

第1話 広報部のゲーム実況者

「ハリーのげぇ~むチャンネルへようこそ!今日やってくゲームは昨日リリースされたばかりのNewモリオブラザーズ3!イヤ~こりゃあ楽しみですなぁ!」


長間川望(ながまかわのぞみ)は自身が勤務している会社の広報部に所属している服部圭(はっとりけい)のゲーム実況チャンネル、通称:『ハリーのげぇ~むチャンネル』を自宅の4Kテレビで視聴していた。


「今回のパートで3面の中ボスぐらいまではクリアしたいところですね~」


普通に会話したことのある人が何故こうやってテレビの画面に映ってるだけでこんなにも別人に見えてしまうのだろうか。


「うぎゃー!ぎゃっ?!今のあぶなかっ..ぎゃぁぁー!!」


服部はゲーム内の敵の攻撃を間一髪で避けたが別の敵が出した攻撃にあたり見事撃沈した。彼の断末魔は公共の場で聞いたら誰もが彼を異常者だと思わせるような代物だ。


あっ、多分これだ。長間川は何か腑に落ちたような気がした。


「今作難しすぎでしょ~、ホントにこれ対象年齢6歳以上なのぉ~?12歳の間違いでしょ!ゼッタイ!」


彼はそう言いながらも着々とゲームを進めている。


「あっ!そういえば、このニューモリスリー(Newモリオブラザーズ3の略)に旧作のオマージュ要素があるって聞いたから探してみるか!」


「どの旧作だろ..」


思わず一人で呟いてしまった。というのも旧作は私も何年も前に弟のモノを借りてやったことがあるからだ。いかんせん上達はしなかったけど..


「あっ!これだ!」


画面の服部が何かを発見したらしい。


「ここのステージの中間地点にいるノゴノゴが..えっとぉ~、やべぇ~思い出せない!でも既視感あるんだよなぁ~..」


「初代モリオブラザーズ、4-2面の三番目に出てくるノゴノゴとテクスチャが一緒」


服部より先に答えることができたのがうれしかったのか長間川は少し笑みを浮かべた。彼女はゲーム自体は上達しなかったもののゲームの内容は完璧と言っていいほど記憶していた。


「ハイ!ということで、何とか3面まではいけましたけれども3-2が一向にクリアできる気がしないので今回はここまで!良ければ高評価とチャンネル登録も忘れずに!サヨナラ!」


もう終わってしまった。動画自体の尺は30分だったが体感では10分程度のように感じた。それほどこの動画に没頭していたのだろうか?服部のリアクションは見てて面白いものだが今回はどちらかというとゲーム自体にのめり込んでいた気がする。服部の操作する『モリオ』が攻撃をくらった際には少なからず自身も全身が熱くなるような感覚に見舞われていたのだから。


長間川はそんなことを思いながら動画を視聴する前に淹れておいたコーヒー入りのマグカップ手に取り一口飲んだ。


「..冷めてる」


冷めてしまったコーヒーはあまりおいしくないと捨てたりするときもある。が今日は体が火照っている。冷却するにはもってこいではないか。そう思い、彼女は冷めているコーヒーを飲みほした。


◇◇◇


「おはようございます。社長。」


ビジネススーツにハイヒールにメガネ、そして片手にはその日の予定がこと細かく記してある書類とタブレット端末が一台、まさに『秘書』という言葉を体現したかのような姿のこの女性は紛れもなく長間川である。


彼女は社長と思われる男性に朝礼をした後に『本日の予定』なるものを説明し始めた。


「本日は午前10時から株主総会がございます。総会を11時30分に終了次第、二か月後に開催されるイベントの会場下見のために京都へ参ります。最寄り駅までの移動手段はタクシーとなっております。こちらで新幹線のチケットは既に手配済みなので株主総会がやや延長になったとしても問題はないと思われます。本日の主な予定は以上です。また、東京に帰ってくる時間帯としては18時を予定していますが何かご不便はございますでしょうか?」


「ありがとう、長間川くん。ところで、東京に帰ってくるのは18時と言ったが私はそのまま帰宅してもいいかい?」


「はい、問題ありません。」


「よかった、助かるよ。娘の誕生日が近くてね、プレゼントを買わないといけんのだよ。ゲーミングパソコンだったかな?最近は女の子でもそういうの欲しがるんだね」


社長はそう言いながら私に自分のノートパソコンの画面を見せてくれた。

どうやらゲーミングPC専門のウェブサイトを閲覧していたらしい。

そこには数万円のモノから高いものは100万円を超えるモノまで出品されていた。


「私はこういうのには疎いからね~、とりあえず50万円ほどのやつでいいかと思ってるんだけど長間川くんはどう思う?」


私に聞かれてもなぁ..。

しかし、ここで応えれないようじゃ秘書の名が廃ってしまう。


「私も詳しくは存じ上げませんが、パソコンの『ベンチマーク』はご確認いたしましたでしょうか?」


『ベンチマーク』とはシステムの在り方や規範として設けられる基準のようなものである。この言葉は様々な場所で使われることがあるがここではPCのスペックのことを指している。


「う~ん、わからないなぁ..長間川くん良ければでいいんだけど、パソコン探すの手伝ってくれない?」


でたよ..社長の悪癖。

社長の口から出る『手伝ってくれない?』は私の経験上『代わりにやっといてくれよ』に置き換えることができる。でも..


「かしこまりました。」


彼女の仕事は社長をサポートすることである。たとえ私情とは言えど、それを全うすることで完璧な秘書というのがようやく務まるのだ。彼女の辞書に『断わる』という文字はない。


◇◇◇


時刻は午後7時、12月ということもあり外は既に暗くなり街路樹にはLEDライトが装飾されて毎秒事に色が変化していた。


本日の仕事をすべて終えた長間川は会社のエントランスの人と警備員にあいさつをして外へ出た。外へ出るとすぐに冷たく乾いた風が頬にあたるのを感じた。


「冬だなぁ..」


「ですねぇ~」


独り言で言ったつもりが誰かに聞かれてしまったようだったのでとっさに振り返るとあの男がいた。


「今日は定時帰りじゃないんですか?服部さん」


「馬鹿にしないでくださいよ!僕もやるときはしっかりやるんですよ!

こう見えても有言実行人間ですよ僕!」


「自分が宣言していた3面の中ボスまでやらなかったのに?」


そう言われた瞬間、服部は言葉に詰まった。


「あれは..今作のモリブラ(モリオブラザーズの略)は前作のモノとは比にならないくらいの難易度なんです!あれは絶対制作陣営の悪戯ですよ!

掲示板を見ても僕はまだ進んでる方なんです!

それに僕は3面に到達するまでに2回しか死んでませんからね!

しかもそのうちの一つは、初見殺しのギミックでしたし!」


服部が必死に弁明している姿を見て長間川は少し笑ってしまった。


「わかりましたよ。フフっ..少し言いすぎましたね。」


「長間川さんも実際にプレーしてみればあれがどれほどの難易度か身に染みてわかりますよ」


風が先ほどより強く吹いているのが感じられた。


「ここで立ち話するのもあれですし、どこか飲みに行きますか?おごりますよ」


長間川は服部をなだめるようにして言った。


「そんな..女性におごらせるなんて僕もそこまで酷じゃないですよ!」


「今のご時世に『女性だから』『男性だから』という考えはは性に合いませんよ。

ハリーさん。」


「わ、分かりましたから!外にいるのにその名前で呼ばないでくださいよ!」


二人は会社から離れて会話を交えながら飲み屋街へと向かった。



















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