第26話 2人目の魔人
「タッチダウンだ」
右肘を抑えて跪いたWO-9が静かに呟く。
ゴオッ!
気圧が変化し、猛烈な勢いで周囲の空気が魔人の巨体に向かって流れ込む。
WO-9の口元に安どの笑みが浮かんでいたのを魔人は見ることができなかった。
既にその頭部は数百メートル先に蹴り飛ばされている。
「ブラスト・キーック!」
<いや、だから後から技名を叫ぶのはおかしいし、風の音で何にも聞こえないよ?>
<馬鹿だな、スバル。技を出す前にわざわざ相手に知らせる奴がどこにいるってんだ?>
超音速の飛び蹴りを敢行したWO-2が空中で制動を掛けて戻って来た。
「コイツぁ念のためだ」
そう言いながら、まだ棒立ちになっている魔人の肩の中央、首がもげた傷口にレイガンを突き付けて3度引き金を引いた。残っていた魔核が燃え尽き、2メートルに達する巨体は灰のように崩れながら地面に倒れた。
「クォーターバックに気を取られてランニングバックをフリーにしちまったな」
WO-2は地面に降り立ち、レイガンを腰に納めた。
「待たせたな、スバル。フリーウェイが混んでたもんでな」
「キミのジョークが懐かしくなるとは思わなかったよ」
WO-2はWO-9に手を貸して立ち上がらせた。
「しかし、随分とやられたもんだな? ボロボロじゃないか?」
「ああ。魔力って奴がこんなに面倒だとは知らなかったよ。レイガンが通らなかったんだ」
「それで『カミカゼ・アタック』かい? お前サンらしいぜ」
やれやれだと、WO-2は両手を広げた。
「こいつと同じような奴がもう1匹出て来たと聞いたんでね。余裕が無かったんだ」
WO-9の策は「決死の囮作戦」であった。白兵戦を挑むと見せかけて、魔人の注意を自分に引きつけ最後の瞬間WO-2に敵の隙を突かせたのだ。
止めを刺そうと攻撃に魔力を集中した魔人は、防御を忘れていた。
そこに付け込んだWO-2が超音速で突っ込んだというわけであった。
しかし、勝利の代償としてWO-9は少なからぬ負傷を負った。
ODの過剰使用に伴うサイバネティック器官の損傷に加えて、火球を被弾したダメージが存在した。
特に右ひじの損傷は甚大で右腕はほぼ使い物にならない。ひじをへし折られた状態であった。
「まいったよ。クロールで泳いだら右に曲がっちゃいそうだ」
WO-9は下手なジョークで紛らわそうとしたが、メンテナンス設備のない異世界では故障をそのまま抱えて行くことになる。深刻な問題であった。
「へっ! そん時はおれが手をつないで泳いでやるさ。そうすりゃバランスが取れるだろうぜ……うっ!」
「どうした、ブラスト?」
WO-2は頭を抱えて身を捩った。
「ううっ……」
きりきりと刺すような痛みがブラストの頭を襲った。
「大丈夫かい?」
心配そうにのぞき込むWO-9であったが、ナノマシン入りの回復剤は既に使ってしまって予備はない。
側にいてもできることは無かった。
「くっ、ああ。大丈夫だ。
「魔核の拒絶反応か?」
WO-2の方は体の内部、それも唯一生身の脳細胞に問題が発生していた。
「ふん。この世界の勇者稼業ってやつは思ったよりタフだぜ」
「お互いロングランは難しそうだね。短期決戦に持って行くしかないな」
自分たちの体のことであるが、2人はどこか他人事のように話していた。
惜しがるような命など、とうに2人には無い。
大事なのは「使命」を果たせるかどうかだけであった。
「さて、お前サンの様子だとバッタごっこも辛そうだな」
「うん。足首をやられちゃったから、バッタ・モードでも真っ直ぐ跳べないよ」
WO-9は両手を広げたかったが、左手しか動かせなかった。
「仕方がねえ。ゾッとしねえが、男同士で
WO-2はWO-9の後ろに回り、脇に手を入れて
「頭は大丈夫かい、ブラスト?」
「お前、ものの言い方を考えろ! そういうところだぞ、スバル?」
WO-2としては這うようなスピードで空を飛んでいた。もう1人の魔人を倒すまでは、自分が倒れるわけにはいかない。
<ブラスト、スバル。悪いニュースよ。今度の魔人は今倒した奴よりもさらにエネルギー反応が大きいわ>
<そいつは楽しみだ。ようやく俺たちの全力って奴を見せてやれそうだぜ、スバル?>
<楽しみ過ぎて今晩は眠れそうもないよ、ブラスト>
改造手術以来、1秒たりとも眠ったことのないWO-9であった。
<ナノマシンが回収できれば、WO-2、あなたの脳細胞は修復可能なのよ。とにかく魔人を倒したら王城に戻りなさい>
<へいへい。言う通りにするぜ。スバルのボディは何とかならないのか?>
WO-2の口調が真剣なものに変わった。
<それもあなた次第ね、ブラスト。アナタの手を加工機として修理パーツを造り出せば、WO-9のメンテナンスが可能になるわ>
<気の長い話だが、『介護ロボット』になるよりはマシか?
<引退後のボケ防止には細かい作業が良いらしいよ、ブラスト>
お互いに弱った姿を見せたくない2人の戦士は、見え透いた虚勢を張り通した。
人間として生きることができなかった2人である。死に方くらいは自分で選びたかった。
<さて、当機は間もなく着陸するぜ。シートベルトをお締めください、だ>
<そう言えば旅客機にももう乗れないんだね>
<けっ、どっちにしろ金属探知機で引っかかるだろうが>
2人は魔人を示すエネルギー反応の手前に着陸した。
<じゃあ、相棒、俺は空から行くぜ>
<ああ、鳥に気を付けてね>
<ロジャー・ザット。犬の糞を踏まないようにな>
WO-9を地上に残し、WO-2は再び空へ戻った。
「さて、精々囮役をしっかり努めようか」
右足首、左わき腹、右肩、右ひじに被弾したWO-9は満身創痍と言って良い有様であった。
ひいき目に見ても運動性能は正常時の6割といったところであろう。
先程の魔人を上回る強さと思われる相手に対してこの状態では、有効なダメージを与えられるとは思えない。
少しでも注意を自分に引き付けて、WO-2の攻撃がしやすいようにお膳立てするのが自分の役回りだと考えた。
それでも良い。戦いとはチームで行うものであって、個人の強さを誇るためのものではないのだから。
それにしても動けないことには囮は務まらない。WO-9はサイバネティック・ボディーの損傷状態について素早くチェックを行った。
(右ひじと右肩。攻撃力は50%ダウンか。移動スピードにはほとんど影響ない。問題はわき腹と右足首だ。脇腹でマイナス10%、右足首でマイナス30%の性能ダウンだな)
これを悟らせずに魔人の注意を引き付けたい。どうしたら良いか?
(ステップを使おう。左足で跳び、左足で方向を変える。右足はさりげなく補助に回すんだ)
レイガンは決め手にならない。魔人に対して、嫌がらせ程度の影響しかなかった。
(皮膚を焼くくらいで精いっぱいだ。けん制に使うものとして割り切ろう。頼っちゃだめだ)
無理を承知でODを使い切る。高速機動の連続使用で目くらましをするのだ。
既に関節は軋みを上げ、膝や股関節が異常に発熱している。
(だが、それも後5分だ。5分で決着が着く)
<ブラスト、こっちはスタンバイOKだ。キミさえ良ければ作戦開始だ>
<ロジャー。こっちもOKだ。ブサイクな黒マッチョを片付けちまおうぜ>
<OK。オン・スリー! 3-2-1、ゴー、ゴー、ゴー!>
WO-9は遮蔽物となっていた丘の頂上を超え、反対側の斜面を駆け下りた。
黒い魔人は、横顔を見せて通り過ぎようとするところであった。
<こいつ、警戒心はないのか?>
WO-9は動きの悪い右手にレイガンを構えつつ、丘を駆け下りて魔人の右横から一直線に接近する。
方向転換には左足を使い、スピンの動きを入れて魔人の目をごまかす。右足は直線方向にしか動かせない。
魔人が顔だけを右に向け、右手を持ち上げる。
(何か来る?)
WO-9は左足で急制動を掛けつつ、右手のレイガンを発射した。紫色のレーザーは魔人の左こめかみをかすって、逸れて行く。
魔人の右手に大出力のエネルギーが集まった。
(来る!)
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