第18話 わが名は大精霊アンジェリカ
「ミレイユ様、ランドーでございます。勇者2名を同道いたしました」
「お入りなさい」
「はっ。失礼いたします」
堅苦しい挨拶と共にランドーは部屋のドアを開け、王女が休む部屋へとサイボーグ2人を導いた。
「姫様、お体は?」
「大事ない。快癒には時間が掛かるが、既に命の危険は去りました。勇者殿のお陰です」
「それはまことで? 胸を深く刺したと聞きましたが」
寝台に身を起こしたミレイユ王女は顔色こそ白かったが、瀕死の重傷者には見えなかった。
「既に傷口は塞がりました。まだ薄皮程度ですが。肉が再生するのに2、3日は掛かるが、経過は順調だそうです」
「一体どなたのお診立てで?」
「うーん、説明が難しい。まあ、そこに座ってください」
ミレイユはランドーを椅子に座らせると、口調を変えた。
「ワタシはアンジェリカ。王女様の治療に当たっているものだ」
聞き馴れたミレイユの声であるはずなのに、言葉の抑揚に何とも言えぬ違和感がある。
ランドーは背筋に寒気を感じた。
「姫様、一体どうされましたか?」
「ごめんなさいね。今は姫様の口をお借りしている。ワタシの名前はアンジェリカ」
「こ、これは一体……」
激しく動揺するランドーは、ミレイユの乱心を疑っていた。
「ごほん! あー、これはあれだ。俺たちが治療に用いた『精霊』の声だ」
「『精霊』ですと?」
<ブラスト! 大丈夫か?>
<任せておけって、スバル。こういうのは納得性の問題なんだから>
「その通り。我らが到着した時、姫は心臓を短剣で貫いて死の寸前であった。どんな薬でも姫を救うことはできなかったろう。そこで我らは姫の体内に精霊を宿らせた」
「何と?」
「精霊の力によって、姫の体の内部から傷付いた心臓や肺を修復し、一命を取り留めたというわけだ。そうだな、精霊アンジェリカ様?」
「勇者の言う通りです。ワタシは
「ランドー様、姫様の回復具合はこのメリーアンがしっかりこの目で見届けております」
「メリーアン……」
「お言葉通り既に傷口はふさがっております。まさに精霊のみがなせる奇跡の御業です」
「でしょー? 我ら2名を召喚した時の女神……えーと、あのー」
「イルミナ様でしょ?」
「そう、それ! イルミナ様の思し召しにより、大精霊アンジェリカが降臨したわけですよ!」
<ブラスト~。口から出まかせ感がすごいよ。大丈夫なの、これ?>
<大丈夫でしょ! 現に、めっちゃウケてるし>
<どうでも良いけど、魔物の方は倒して来たのね? そうじゃないと、ワタシが姫を助けた意味が無いんだから>
「大精霊アンジェリカ様。戦士ブラスト、この国を脅かす魔物を退治してまいりました>
「おお! それは重畳。よくぞこの国を救ってくれた。礼を申すぞ」
「あり難きお言葉。お役に立てて大変結構です」
『ブラスト、大変結構って言うのはおかしいんじゃない?』
『じゃあ、何て言うんだよ? 敬語なんて発明したのは誰だ?』
「ところで、大精霊様はいつまで姫様の体内にいらっしゃるのでしょうか?」
「あー、うん。それがちょっとややこしくての」
「どういうことですか?」
ランドーは首を傾げた。
「2、3日すれば傷は治るのであるが、我をこの者の体内から解き放つには特別な儀式が必要なのじゃ」
「儀式とはどのような物で?」
「それは、その、勇者にしか出来ぬことである」
「勇者様が?」
ランドーはWO-2とWO-9の2人を見比べた。
<アンジェリカ、これってどういう展開?>
<オレ達はどういう顔をしてればいいんだよ?>
<わかってるって顔をしておいてちょうだい。話はこっちで進めるから>
「ところが勇者たちは世界渡りの秘儀を為したばかりで、魔力を使い果たしておる。魔力を回復するのにどれだけこの地で時間が掛かるのか、今はまだ予測できんのじゃ」
<本当は何が問題なの?>
<いや、血液からナノマシンを分離しなくちゃいけないんだけど、そのための装置が無いじゃない!>
<そうか注射器は注入用の使い切り品しか持って来ていないから、体から吸い出すのは無理なんだね?>
<大量に出血してもらえば出て来られるけれど、そういうわけにはいかないでしょう?>
WO-9がミレイユ王女に使用したのは非常用の無針注射器であった。内容物は強心剤と鎮痛剤であったが、特殊な成分として「ナノマシン」が封入されていた。ナノマシンとは超微細サイズの機械であり、細胞内に入り込み治癒や回復の機能を発揮する医療機器である。
今回彼らが持参した注射器はアンジェリカが用意した物であり、アンジェリカのソフトウェアが搭載されていた。すなわち世界を乗っ取ったAIの分身とも言える存在であった。
王女の命を救うためとはいえ、今回ミレイユに注射されたナノマシンは王女の中に第2人格を形成する形で体内に同居しているのであった。
<まさか、現地のお姫様にいきなり注射しちゃうとはねえ>
<俺たちの体は丈夫だが、脳は「生身」だからな。脳をやられそうなピンチのためにアンジェリカが用意した奥の手だっていうのによ>
<だって、心臓を短剣で刺していたんだよ。目の前で。何とかしなくちゃって思うでしょ?>
WO-9は当然のことだと言い張った。
「勇者殿、お疲れのこととは存ずるが一刻も早くミレイユ王女を元のお体に戻していただきたい。お頼み申す!」
「善処します。我々も大精霊に自由の身でいてもらった方がありがたいので」
「そう……でしょうな。くれぐれもよろしく」
ランドーは武骨な忠臣らしく、真っ直ぐな目でスバルたちに訴えかけた。
<おっさんの気持ちはわかるよ。いくら大精霊とはいえ、姫様に変な物が憑りついていたら除霊したいだろうぜ>
<変な物って何ですか? こっちの方こそ良い迷惑なんですから。いきなり行動の自由を奪われるとは思わなかったわ>
<それにしても王女の体から出て来る手段は、本当にないのかい?>
ブラストの言葉に不満を漏らすアンジェリカに、スバルは解決策がないものかと尋ねてみた。
<無い物は作るしかしょうがないわね。注射器で血液を一旦体外に抜いてもらえれば、ナノマシンを分離することは可能よ>
<ふーん。一度に200㏄とか血を抜き出して、そこからナノマシンを取り出し、また体内に血を戻すってわけか……。面倒くさい話だぜ>
<止せよ、ブラスト、そういう言い方は。200㏄ずつ処理するとなると、何回くらいかかるのかな?>
<一応体内でナノマシンを出来るだけ集めておくことはできるわ。10回も入れ替えてもらえば何とか>
所要時間が1回10分だとして、100分間つまり1時間40分てところか。そんなに大きな負担ではないだろう。
問題は注射器を作る方だ。
<この世界の鍛冶技術では無理ね。図面データと製造法を送るから、キミたちが作るしかないわ>
<何だって? おいおい、俺たちは戦士だぜ?>
<大丈夫、人間より優れた身体機能と制御機構を備えているから>
<ブラスト、他に方法が無いんだったら自分たちでやるしかないよ>
スバルは申し訳なさそうに脳波通信を送った。
<やれやれだぜ。異世界くんだりまで来て職人の真似事をするとはな>
<これもヒーローのお仕事だと思ってくれ>
<次に転移するときは、新聞記者かカメラマンの仕事を探してくれよな>
WO-2は天を仰いだ。
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