27
「彼女には添い遂げたい相手がいたし、僕には
世の中的には、不倫してる同士の夫婦だったけど、僕達的には一途に恋を貫いてたんだ」
「…そんな話、信じられないけど」
戸惑う澄香に、
「僕もよく凌げたなとか、互いのパートナーが許したよなと思うよ。でも本当なんだ。弥生さんも、向こうのパートナーもね、僕らの同盟を信じてくれたんだ。
それで数年後、互いの健闘を祈り離婚した。彼女は荷物を纏めて家を出て、僕は弥生さんと一緒になるつもりだったんだけど…、上手くいかなかった。会長は、初めから分かってたのかもしれない。だから、後妻に愛人を迎え入れるなんてって断固拒否されて。僕が甘かったんだ。でも澄香が生まれて、僕は諦めたくなくて。この家の敷地は僕の名義だったから、この家を建ててね。弥生さんと君を呼んで、僕もここに来て、たまに家族三人で過ごせたらと思ってた。…あまり来れなかったけどね。会長に認めて貰えたら、いつでも一緒に居られると思ってたから。
最後に会長は認めてくれたんだけど…」
それを、澄香が拒んだのだ。あの豪邸に、母に連れられて行った日が、怖くて帰ろうと母に縋った日が、その認められた日だったのだろうと。
澄香は気付き、何も言えず顔を俯けた。そんな澄香の気持ちを察してか、政孝は「違うよ」と澄香に言った。
「そういう環境に僕がしてしまったから。ちゃんと説明もすれば良かったんだ、僕は、君が大切だって。子供だからって思わずに、格好つけないで、全部話せば良かったんだ」
「ごめん」と、頭を下げた政孝に、澄香は緩く首を振った。その姿に、政孝はそっと表情を緩める。唇を僅かに噛みしめ、一度天井を見つめ、それからベランダの向こうに目を向けた。
「…僕ね、夢があったんだ。覚えてる?あの遊園地に行った帰りにね、いつか遊園地の中で暮らしたいなって、澄香が言ったんだよ」
「…俺が?」
「そう…はは、そりゃ覚えてないよな。あれは、澄香が三つだったかな…。
そんな小さな子供の言う事って思うかもしれないけど、それが僕にとっての夢になったんだ。
会社を引き継いだら、今度こそ弥生さんと一緒になって、遊園地を作ろうって。図書館や映画館とかもあって。その中にこっそり家があって、勿論、君もいて。…なんて、弥生さんと君が良いって言ってくれなきゃだけど」
「…その夢が、あそこ?」
戸惑いつつ尋ねれば、政孝は困った様子で肩を竦めた。
「まだ、一歩かな。家は作れなかったしね。何より、その夢を叶えるには、僕はまず父親にならないといけない」
政孝は澄香を愛しそうに見つめ、その表情が次第に泣きそうに歪んでいく。
「ずっとごめんな。僕は、澄香が元気ならそれで良いと思ってた。だから、会いに行かないようにしてた、でも、もっと早く会いに行けば良かったって後悔してる。嫌われたらとか考えて、その勇気がなくて。情けないよな、
「……」
「恋人が誰で、それが真実でも誤報でも、僕は構わなかった。それより、これが澄香かって、こんなに大きくなったのかって。今まで、見たらきっと会いたくなるから、写真とかは見ないようにしててね、弥生さん達からは澄香の話だけを聞いていたんだ。だから、驚いて心配になって、実紗君まで行かせてしまった…すまない」
再び頭を下げた政孝に、澄香は呆然としながら首を振った。思いもしない話だった。
自分は、政孝にとって邪魔でも何でも無かったという事だろうか。
それを、信じても良いのだろうか。
澄香は、はっとして拳を握った。
自分は、信じたいと、思っているのだろうか。
「どうだ?元気にやってるか?体質で辛い事はないか?」
政孝は、澄香の葛藤も知らず、心配そうに尋ねてくる。その瞳には澄香が映っていて、邪な色なんて一つもなくて。考え始めたら、政孝を信じたい自分と、信じられない自分とのせめぎ合いに混乱する。
「えっと、俺…」
混乱が緊張に変わり、頭からぴょこっと耳が飛び出した。飛び出た勢いで帽子を押し上げてしまったので、澄香は慌てて耳を隠そうと頭を押さえた。
「待ちなさい、大丈夫だよ」
大きな手が、帽子をそっと取る。そして、愛情深く澄香の頭を撫でた。
「久しぶりに見たが…可愛いな、僕の子だ」
その言葉が、澄香の心を一瞬で包み込んでしまった。十年以上の月日を越えて、朧気な記憶が脳裏を掠める。この手に頭を撫でられて、目の前に嬉しそうに笑う男の人がいる。
それは間違いなく、政孝で。
澄香は、胸が熱くなって、顔も熱くなって、それでもその手を払えずに俯いた。
零れそうなものが怖くて、澄香はそれを塞き止めようと口を開いた。
「な、何だよそれ!今更父親面なんかすんなよ!今まで散々放っておいて、そんな、俺は、お荷物だと思ってたのに、そんな…」
溢れ出した涙は、どうしてだろう。拭っても拭っても、ぽろぽろと零れていく。悲しいと、苦しいと叫んでいた気持ちが、たった一言で包まれて、嘘みたいにほどけてしまって。
そんな自分が信じられなくて、そんな筈ないだろといくら自分に言い聞かせても、心は聞く耳を失ったみたいに、ただ。
「…うん、ごめん、ごめんな、本当に悪かった」
抱き寄せられる腕が温かくて、澄香は涙を止める事が出来なかった。
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