23
遊園地は、先程の家から歩いていける距離にある。
入場ゲートは、絵本を開いたような造りになっており、カラフルなおとぎの国への入口のようだ。
受付で名刺を見せて事情を話すと、
一日遊べるパスポートを手に園内へ入ってしまえば、
園内は平日にも関わらず多くの人で溢れていた。
友人同士や家族連れ、カップルや団体客と、老若男女問わず様々な人が、思い思いに楽しんでいる。
自分達はどんな風に見えているだろうと、澄香はこっそり蛍斗を見上げ、思わず目が合ってしまうと、恥ずかしくなって俯いたが、蛍斗はそれでも楽しそうで、この距離感が澄香には心地よかった。
この遊園地は、人気の絵本の世界がテーマとなっている為、可愛らしいおとぎの世界感がまず目に飛び込んでくるが、可愛いだけじゃなく、ダークな世界観の物やSFの世界等、様々なエリアで分かれていた。
しかしこの遊園地、人気はあるようだが、纏まっているようでどこか纏まってないな、というのが澄香の感想だった。
新しいアトラクションの中、所々に歴史を感じさせる古いアトラクションが存在する。色が少し剥げているメリーゴーランドや、見向きもされないミラーハウス、跨がって良いのか不安になる顔をしている動物の乗り物等々。人が立ち寄る気配も無いのに、何故あんな古びたアトラクションがあるのか不思議だった。
「……」
金持ちの考えている事は分からないなと、周防の経営方針に理解を示せずにいると、不意に、何故か懐かしい気持ちが過った気がして、澄香は落ち着かない気持ちになった。
「…澄香さん?」
不意に足を止めた澄香を、蛍斗が不思議そうに振り返る。
「…え?」
「どうかしました?」
そう心配そうに顔を覗き込まれ、澄香は取り繕うように笑顔を浮かべた。
「なんでもないよ」
「…本当に?どっか具合悪くないですか?」
大丈夫と言っても、蛍斗は不安そうな表情を浮かべている。心配してくれるのは嬉しいが、今はこれ以上、思い出しかけた何かに触れたくなかった。それが、周防にまつわる事のような気がして、自分で触れるのも怖かったからだ。
だが、蛍斗は澄香の「大丈夫」を信用していないようで、疑り深く見つめてくる。どうしようかと悩んで視線を動かしていると、近くのフードコートがある広場の一角に、ピアノを見つけた。カラフルなペイントが施されたグランドピアノだ。
「ピアノだ、蛍斗!」
「は?」
「ちょっと行ってみよう!」
「え、ちょっと、」
そう蛍斗の手を引いて向かえば、そのピアノはストリートピアノのように誰でも弾けるピアノのようで、澄香はここぞとばかりに蛍斗の背中を押して椅子に座らせた。
「いや、俺弾くとは何とも、」
「いいじゃん、聞かせてよ」
そう、ニコニコと期待を込めて言えば、蛍斗は仕方なさそうな顔を浮かべながらもピアノを弾いてくれた。その素人ではない音色に、次第に周囲には人が集まってきて、皆楽しそうに蛍斗の奏でる音楽に身を委ねている。それを見つけたこの遊園地のパフォーマーが、蛍斗の音楽に合わせてダンスを踊り、即興のパフォーマンスのコラボに拍手が沸き起こった。
その姿を見て、蛍斗は表に出るべき人なんだなと、澄香は改めて実感した。
蛍斗は人を楽しませて、喜びを与えられる人だ。仁に対して卑屈になることなんて何もない。
生き生きとピアノを奏でる蛍斗が誇らしかった。だけど同時に、自分には遠く及ばないと思ってしまった。
「………」
楽しそうな人々、はしゃぐ子供の笑い声、その輪の中に居る蛍斗。
ふと思い出す、周防家のリビングで注がれる視線は、澄香の異質さを浮き彫りにする。
普通である彼らの輪の中に、異質な自分の居場所はあるのだろうか。
澄香は急に不安になり、帽子の端を掴むと、人目を避けるようにその場から立ち去った。
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