21
高台にあるそこは見晴らしが良く、海と街を一望出来る、まるで成功者の家にこそ相応しい立地であり、佇まいに思う。
その白い壁の豪邸も、黒い立派な外門の前では小さく見える。あの豪邸に着くまで、徒歩ではどれくらい時間がかかるだろう。蛍斗はハリウッドスターが暮らす豪邸の庭を思い浮かべ、この家にもプールがついてたりするのだろうかと想像した。
車に乗ったまま、大きな黒い門が開く様を見て、澄香は不安そうに運転席に身を乗り出した。
「…俺、やっぱりここには」
「何言ってるんだよ、ここに敵はいないよ」
「…ずっと見張ってる奴が何言ってんだよ」
「やり方は下手でも、見守りたかったんだよ」
不服そうな澄香を乗せたまま、車は門をくぐっていく。
豪邸の玄関までは、緩やかなカーブを描きながら整備された道が続く。左右にはちょっとした森のような木々が見える。これは、敷地を囲う塀越しにも見えていたので、塀に沿って木々が植えられているのだろう。木々のアーチを抜けると開けた前庭が見えてきた。中央には石像で造られた女神のオブジェがあり、それを花壇が囲っている。色とりどりの愛らしい花が生き生きと咲き、車はその周りを走っていく。家の前にも花壇があり、白い壁の立派な家と、整備された庭、咲き誇る花の構図は本当に外国にでも来たような気分になった。敷地は家の向こう側にも続いているようなので、蛍斗が想像したプールは、もしかしたらここからは見えないだけで、本当にあるのかもしれない。
そういえば、使用人宅もあると言っていた。どれだけ広い敷地を持っているんだと、蛍斗は呆気に取られていた。
車が玄関前で止まると、澄香は視線を俯けた。それから落ち着かない様子で帽子の端に触れる、不安の表れがその表情を見ずとも伝わってきて、蛍斗は澄香の手を握った。澄香が驚いて顔を上げると、蛍斗は心配そうな表情を消し、真っ直ぐに澄香を見つめた。
「俺もいますから」
だから、大丈夫。そう言うように、蛍斗は強く手を握る。伝わる気持ちが、澄香の背中をそっと支えていく。
一人で立っていられると思ったのに。
駄目だな、こんなに心強い。
澄香は俯き唇をきゅっと結んだ。溢れそうな恐怖が、不安が、少しずつ少しずつ胸の奥へと収まっていく。完全に消える事はないけれど、蛍斗の存在が澄香の勇気となっているのは確かだ。
澄香は繋がる手を見つめ、その手を握り返した。
「…うん」
しっかりと顔を上げた澄香を見て、蛍斗もほっとしたように頬を緩めた。
「さて、行きますか」
実紗は明るく言い放ち、澄香の座る後部座席のドアを開けた。
澄香は蛍斗の手を繋いだまま、
広い応接室に通されたが、座り心地が良すぎるソファーは逆に落ち着かなかった。
高い天井、立派な骨董品、白い枠の出窓、磨き抜かれたテーブル、高そうな紅茶のカップ。どれもこれも澄香には馴染みの無い物で、触れてはいけないと言われてきた物だ。
昔、まだ小さな頃、澄香がこの部屋に通された時の、大人達が何ともいえない表情でこちらを見ていた様が頭を過る。何故こんな所に居ないといけないのか、早く帰ろうと母の手を引いた事も。何かしらの用があって、母は澄香を連れてこの家を訪ねた筈だが、澄香が帰りたいと言うと、母は「ごめんね」と言って、一緒にこの家を後にした。
あの後、学校帰りの実紗に会い、澄香はほっとして、そのまま三人で帰ったのを覚えている。
あの日、この家に何の用があったのだろう。
ぼんやりそんな事を考えていると、実紗が申し訳なさそうな顔で応接室に戻ってきた。
「ごめん。社長、遅くなるみたいなんだ。夜遅くなるかもって」
その言葉を聞き、澄香は張り詰めていた息を吐き出した。知らず内に、こんなにも緊張していたのかと、自分でも驚いていた。
「じゃあ、今日は帰って、」
「せっかくだからあっちで待ってる?」
「え?」
「懐かしの我が家へ」
ほっとして、さっさと帰ろうと立ち上がった澄香は、実紗の言葉にきょとんとした。
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