第4話:食糧危機

 異世界であろうとも、基本的な常識は二ホンとなんら変わらない。


 朝に起きて仕事をし始め、昼に休んでまた働き、夜には家に戻って寝る。


 文化や風習の違いと、チートや魔物等のファンタジー的存在を除けば大きな違いはないのだ。


 時間はお昼どき。


 人々が仕事に勤しんだり、昼食を取ったりしている中、俺とふゆりんは店番をしていた……のだが……。


「客、来ないですねー……」


「おー」


「働き始めてからどのくらい経ったか分かりますか? 二週間ですよ? 二週間。それなのに全く客が来ないじゃないですか。ようやく来たと思ったら、罵声を浴びせてくるだけですし」


「うぇー」


「収益ゼロですよ? 収益ゼロ」


「わー」


「……って聞いてるんですか!?」


 あーだるい。


 とてもだるい。


 どのくらいかというと、なに言っているか分からない老人に、話しかけられてしまった時くらいだるい。


 だるすぎて体が横になって動けないわ、これ。


 そう、俺はカウンターの上で寝転がっていた。


「ムカつくんでこうしてやりますよ」


 おい、なにをする気だ。


 あっ、頭に重いなにかが……これは……ローションか。


 ヌメヌメした液体が、頭を伝って耳、そして鼻と口に入ってきた!


 殺す気か‼


「ボボボボボ‼」


「返事しないのはそっちですよ……というかなんでこれでも動かないの?」


 この程度で動いているなら、とっくの昔に動いていますよ。


 なめんな‼


 あー、呼吸ができなくて、意識が遠のいてきたー……。


 さようなら人生……俺も転生か転移しよう……。


 願わくば、ぐうたらしているだけで生活できる世界に……。


「なにをしている?」


 呼吸できるようになった!


 見上げてみると、ルナティが料理が入った皿を片手に持ち、もう片方の手でローションを掬っている。


 どうやらルナティがローションを払ってくれたらしい。


「駄目だろふゆりん。一緒に住み始めてから何回も言っているだろう。ガンナーは面倒臭がり屋なんだ」


 いい加減なれろと、ふゆりんをたしなめるルナティ。


 俺の店『ガンナのチート販売店』は、店兼家になっていて、カウンターの奥は住居スペースになっている。昼食が完成して持ってきたら、この現場に目撃した……というところだろうか。


「だからって会話成立しないのはやばいですよ。わたしと会話するのが面倒ってことじゃないですか!」


「うるせー。ぐうたら寝て生活できるなら最高じゃねぇか……」


「うわー……この男、ただのクズ……」


 こっちはそんなん言われ慣れてるんじゃゴラァ。


 内心めちゃくちゃ傷ついてるけどね?


 今すぐ誰かに慰められたいけどね?


「そう責めてあげるな。ガンナーが可哀想だろう」


 そうだそうだ言ってやれ。


 俺は寝ているだけで生活できる未来を実現する為に生きているんだぞ。


「でもコイツわたしをはめようとしてきたんで……というか、ルナティはなんでそんなにガンナーに甘いし優しいんですか? コイツと違って聞いてる感じモラルあるのに、止めるどころか賛成するじゃないですか」


「私は決めているんだ。どんなことになろうとガンナーの傍にいるって。私にはそれ以外生きる道がない」


「うぉ……そ、そうですか……愛が重い……」


 ふゆりんを無視し、ルナティは俺の前にしゃがむ。そしてスプーンで料理を掬って差し出してきた。


「ほら、ガンナー、飯だ。口を開けろ。あーん」


「あー」


 口を開けると料理を放り込まれる。


 うん、美味い。


 ローション混入して、喉でつっかえてるけど美味い。


 ルナティの作った飯は何故か絶対上手くなる。前にそこら辺に生えていた謎のキノコや、腐った野菜を使って料理してもらったが、ちゃんと美味しかった。まあそのあと腹壊したけど。


 ふゆりんも料理を一口。


 すると嬉しそうな表情になり、うっとりした目で料理を見た。


「美味しい……本当に料理が上手ですよねルナティは。羨ましいです」


「ふゆりんは料理できるのか?」


「スイーツはよく作っていましたね。ただ普通のご飯ものは全然で。今度教えてくだ――」


――バンッ‼


 ふゆりんの手元から、大きな音が鳴った。


「まーたチートが暴発した……何回目ですかこれ」


 発動したのはクラッカーチート。


「なんでチートが勝手に発動するんですか……」


「それが不良品チートクオリティ……」


 種類によるけど、不良品チートの多くは暴発機能が備わっている。本人の意思関係なく、勝手に発動してしまうのだ。


 おい! 

 

 顔にクラッカーのよくわかんねぇテープみたいな中身が落ちてきたじゃないか‼


 それに煙くせぇぞ‼


「不良品すぎるでしょ。チート名乗んなチートと」


 うるせぇ。


 お前らの世界で考えられてるチートがレベチすぎるんじゃ。


 なにがスマートフォンや、賢者や、鑑定じゃ。


 そんなやばいチートが往々とあってたまるか!


 こっちの世界のことも少しは考えんかい‼


「ガンナー、あーん」


「あー」


 ルナティが俺の口に料理を入れてくれる。


 うん、美味い。

 

 けどローションだけじゃなくて、クラッカー中身のテープも混入してない?


 しかも喉に詰まって飲み込めないし。


「……『ウォーター』」


 死にかけているのか自分ですら疑いたくなるガラガラの声で言うと、目の前に水が生成される。その水を飲んで喉に詰まった料理を流した。


 ブハッ。


 よかったー。クラッカーの中身とローションを喉に詰まらせて死ぬかと思ったわ。


「いいなー。わたしも魔法を使いたいです」


「お前たち転移者はチート使えるだろうが」


 俺たちこっちの世界で生まれた現地人はチートを使えない。チートは転移者だけの特権。


 それに比べて魔法は現地人しか使えない。と言っても水を作り出して飲んだり、火をつけて料理に使うこと程度しか普通の人間は使えないが。


 隣の芝生は青く見える、というやつだ。


 なにかを思い出したのか、ルナティはスプーンを引っ込める。どうしたのと目で訴えると、彼女は躊躇しながら言った。


「……ガンナー、店の貯蓄が無くなったぞ」


 瞬間、全身に衝撃が走る。


「ま……じ……?」


 やばい。


 とてもやばい。


 人生で一番やばい事態かもしれないくらいやばい。


「貯蓄? なんの貯蓄ですか?」


 ぼけーっとした顔で料理を貪りながら言うふゆりん。


 そうか、お前は知らないのか。このやばさが。


「食材だ」


「あー。別に買いに行けばいいだけじゃないですか」


 そんな簡単なら焦る訳ねぇだろうが。


 俺は体を起こし、ふゆりんと向き合った。。


「ふゆりん」


「あ、はい。なんですかガンナー」


「うちはもう金がないんだ」


「ん――? お金……?」


「客が来ない、利益が上がらない、でも出費で金は減っていく、さっきまで店の中にあったのが最後の食料たち、それが無くなった。ドゥーユーアンダスタンド?」


「……はっ、はっ!? え? どうするんですかじゃあ‼ 飢えて死んじゃうじゃん‼」


「そうだよ!? だからやばいって話なの‼」


 このままじゃみんな仲良く餓死♡ 


 になっちゃうんだよぉぉぉぉぉぉ‼


「えっ、えっ、じゃあ誰かからお金を借りましょう‼ 取りあえずそれでしのげ――」


「すまん☆ うちって転移者はめてばかりで信用ないんだっ☆」


「……」


 黙り込むふゆりん。


 すまんな。うちは転移者の中からブラックリストに入れられるくらい転移者をはめちゃってるから。


「そ、それなら、ぼったくりじゃなくて安価で大量にチートを売ればいいんじゃないですか!?」


「無理無理。こんなゴミチート、安くても買う奴いないから」


「じ、じゃあ! 不良品じゃなくてまともなチートを売ればいいんじゃないですか!?」


「すまない……、家庭の事情で不良品チート以外俺は扱えないんだ……」


「……すね蹴ってもいいですか?」


 駄目に決まってるだろ‼


 暴力反対‼


「ほんとに真面目な事情があるのっ‼ 不良品チート以外扱えないのっ‼」


「……なんでこんな店で働いているんだ? わたし」


 お前から働きたいって言ったんだろうが‼ 


 ふゆりんは考え込んだのち、なにかを思いついたのか声を荒げて言う。


「……わ、分かりました‼ じゃあ店の評判をあげましょう‼」


 どういうこと?


 地の底まで落ちた評判をあげてどうするんだ?


「店の評判回復させれば客が店に来てくれるでしょ? そうすればチートを売って利益が出る。それで食品買ったりわたしに給料渡したりで、みんなウィンウィンじゃないですか‼」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る