6:初代様には、野望がある!



 あの日から、少しずつだが初代様から命令される事の種類が増えた。



「おいっ!犬!あの岩肌から、セレーヌの花を取って来い!今すぐにだ!」

「はい!」



「おい!犬!ここのモンスター一掃して、バグベアの肉集めとけ!」

「はい!」



「おい!犬!ちょっと聖王都に戻ってアイテム買って来い!一晩だけここで待っててやる!間に合わなかったら置いて行く!」

「はい!」



「おい!犬!メシ!」

「はい!」



犬!犬!犬!犬!犬!

はい!はい!はい!はい!はい!


最早、それは高速餅つきのようなテンポの良さだった。正直、初代様の振ってくる雑多なクエストの数々は、そこそこ難易度が高かった。でも、俺は必死に食らいついた。



崖の下のセレーヌの花はSランクの貴重なアイテムだ。もちろん取って来るのは至難の業。一歩間違えば、俺は崖底に真っ逆さまに落ちて死んでいただろう。



一掃しろと言われたダンジョンには数百体を超えるモンスターが居た。久々の戦闘で、周囲をモンスターに囲まれた時は死を覚悟した。ただ“ヒール”が使えたお陰で、どうにか助かった。



 聖王都へは馬車で半日も掛かるのに、一晩で帰って来いとは最早鬼畜以外の何者でもない。でも、パシリは俺の十八番だ。休む事なく走ったら、どうにか間に合った。多分俺は、メロスより走ったと思う。



「お前、やるじゃねぇか」

「はぁっ、はぁっ……はいっ」


無理難題を出してくる初代様に、ただ、俺は粛々とその命令をこなした。頭を空っぽにして、言われた事だけに邁進する日々はなかなか充実していた。


それに、ちょっとだけ嬉しいのが、こうして褒めて貰えるようになった事だ


「あー、やっぱテメェの作るメシが一番うめぇわ」

「はい。ありがとうございます」

「こないだの宿屋の飯。ありゃ酷かったな」

「ふふ、そうですね」


 先日、たまたま泊まった宿屋で初代様の食べられないモノばかりが食事に出された。まぁ、どちらかと言えば一般的な食事内容だったので、それを全く食べられない初代様の偏食の方が問題アリなのだが、それは言わない。

 言うワケがない。


「おかわり」

「はい」


 初代様との二人旅にも、やっと慣れてきた。初代様とは目を見て話せるし、喋ってもドモらなくなった。


しかもそれは俺だけではない。


「今日の見張りはオメェだからな」

「はい」


 初代様も、俺に慣れてきてくれているようだ。あの晩から、まだ寝付きが悪い事もあるようだが、初代様は概ね夜に眠れるようになっていた。

 たまに眠れない時は、あの時のように「つまらない話をしろ」と言われる事もある。


「おい、犬。お前は昔から変わんねーのな」

「はい、生まれた時から陰キャで」

「インキャって何だ」

「俺みたいなヤツの事です」

「あぁ、よぉく分かった」


あぁ、楽だ。楽で、楽しい。そういえば、ラクって、楽しいって書くよな。ほんと、漢字って良く出来てる。


うん、俺は初代様との旅を。元の時代の皆と旅していた時より、楽しく感じてしまっていた。




 そんなある日の事だ。俺と初代様の二人パーティに、とんでもないメンバーが加わった。



「勇者様。助けてくださって、本当にありがとうございます」

「いえ。姫が無事で、本当に良かった」

「……」

「あの、勇者様。そちらの方は……?」

「あー、彼は……」


俺の“ツレ”です。



 ただ、どんなに慣れても、初代様は未だに俺の事を“仲間”とは呼ばなかった。



        〇


 えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!

 二人だったパーティに、一軍女子が加わってしまった。


「勇者様。私、本当に怖くて」

「もう大丈夫ですよ。ドラゴンは俺が倒しました」

「でもっ……私、無事に国に帰れるのかしら」

「必ず、俺が無事に貴方を城まで送り届けます。安心してください」


 目の前で繰り広げられる顔面強度マックスな二人の会話に、圧倒されっぱなしだった。


初代様がドラゴンから助けた彼女は、この国のお姫様だった。初代様が、魔王を倒した暁に娶ってヤりまくってやると豪語していた張本人である。


「良かった……私。私、ドラゴンに攫われてから……ずっと不安で」

「きっと魔王の差し金でしょう。大丈夫、姫を送り届けたら、俺が魔王を倒します。既に、魔王を倒す準備は整っているのです」

「まぁ、その腰にかけてあるのが……まさか」

「光の聖剣。エクスカリバーです」

「良かった……!この国は、救われるのですね」

「ええ、もう少しの辛抱ですよ」

「はい!」


 初代様に優しく微笑まれ、お姫様はその可愛らしい顔を真っ赤に染め上げた。可愛い。可愛すぎる。でも、見るのは遠くからでいい。一軍女子は、俺にとって一番苦手な種類の人種だ。


「勇者様……素敵なお方」

「俺も、こんなに美しい人に会ったのは初めてです」


 画面が強い!濃ゆい!圧倒される!息ができない!

 そして、この二人こそが、歴代【ソードクエスト】の全ての始まりだ。ソードクエストの主人公達は、最新作の俺を含め、皆この二人の子孫であり、勇者の血筋は脈々と受け継がれてきたのである。


「姫、宿に向かいましょう。今日はゆっくり休んでください」

「はい」


 この日から、俺達の二人だけだった旅路に“お姫様”が一時加入した。そして、地獄は始まったのである。



        〇



「姫?もう歩けませんか?」

「すみません。歩き慣れていなくて。馬車は、」

「ここは馬車が通りません。歩くしかありません」

「そうですか。では、今日はもう宿で休みませんか」

「……そうですね」



 一向に聖王都に到着しない。

 こないだの俺なんて、一晩で駆け抜けて到着したというのに、かれこれ一週間かけても、王都には到着しない。する気配もない。


 旅なんてしたことのない姫を連れているのだ。仕方ないと言えば仕方がない。しかし、その遅々として進まない旅路に、初代様は表には出さないが苛立っているようだった。


 まぁ、遅いだけならまだいい。

 初代様にとって、姫が居る事による最も大きな弊害が他にもあったのだ。それが、食事の時間である。


「勇者様、好き嫌いをしてはなりませんよ?魔王を倒すのであれば、しっかり食べてください」

「はは、」


 姫が、異様に初代様の“いらぬ”世話を焼く事だ。特に食事。

偏食家な初代様にとって、一般的な宿屋で出される食事は、ほぼ食べられない。なので、これまでの俺達の旅は、野宿が多かった。野宿で不便はなかったし、そうした方が自由も利く。食事も好きなモノを作れる。


 しかし、姫が居る状態で野宿なんて出来よう筈もない。


「さぁ、お口を開けてください」

「……アハハ」


 あぁぁぁぁ!

初代様が笑っているのに、笑ってない。内心ブチ切れている!

お姫様は、完全に初代様に惚れていた。それに、将来夫になる人物である事を、なんとなく見越しているのだろう。


ともかく、ともかく世話を焼く。お姫様は、今や完全に勘違いした押しかけ女房と化していた。


「あ、あ、あの!初代様!旅の事でお話があります!外に」

「今は食事中ですよ。それに、貴方のような下位の者が、気安く勇者様に話しかけてはなりません。弁えなさい」

「……はい」


 少しでも助け舟をと、俺も色々試みたのだ。けれど、駄目だった。姫は、根っからのお姫様だったのである。

最初に初代様が俺を“ツレ”と紹介してから、俺は完全にお姫様から下に見られている。これだから一軍女子は怖い。



 初代様もストレスフルなのだろうが、俺だって同じだった。慣れない一軍女子との旅は、もう全然楽しくない。二人だった時が、どれほど気楽だったのか思い知らされた。


 一人増えただけでコレとは。人間関係は、コレだから侮れない。


「……はぁ」


 早く、城に帰ってくれないかなぁ。お姫様。



        〇


 結局、初代様は無理やり食事を摂り、お姫様の居ない所で“吐く”というのを毎晩繰り返していた。初代様の偏食は、好き嫌いとして片付けるには、いささか強すぎる。無理やり食べさせても、体が受け付けないのだ。


なので、俺は夜中に隠れて食事を作り、初代様の部屋に持って行く。それが、俺の最近の日課となっていた。


「……きちぃ」


 俺の作ったスープを片手にベッドの上で項垂れる初代様に、俺はなんとも同情するしかなかった。


「はやく、アイツを城に連れていかねぇと」

「そうですね。俺も……」


 そこまで言いかけて、俺がお姫様の悪口を言うのは“弁えていない”と口をつぐんだ。姫がパーティに入って、何度「身分を弁えろ」と言われた事か。元を辿ると俺は貴方の子孫なのに、とモヤモヤする気持ちが無いとは言い切れない。


 ただ、俺は強い者には逆らわないと決めている。だから、お姫様にも絶対服従。文句は言えない。


「俺も、なんだよ」

「いえ、何でもありません」

「言えよ」

「でも、弁えないと……」


 そう、俺が視線を落とした時だった。


「お前が弁えねぇといけない相手は誰だ。アイツか、俺か」

「初代様です」

「即答できんなら、さっさと言え。返事」

「はい、俺もお姫様が居るのは……ちょっとその」

「言えって」

「嫌です」

「だよな。きちぃ。面倒くせぇ」


 初代様から差し出された食器を受け取る。中身は空だ。初代様は、俺の作ったモノは残さない。空の容器を見て、俺は毎晩刺客に襲われながらも野宿をしていた頃を、酷く懐かしく思ってしまった。


「初代様と二人が良かった」

「……キメェ事言ってんじゃねぇよ」


 とっさに漏れた本音に、初代様の嫌そうな声が、少しの間の後に続く。確かにこれは初代様からすればキモかったかもしれない。


「すみません」

「まぁ、でも」

「はい」

「……今よりは、あん時の方が良かったかもな」


 初代様の言葉に俺はとっさに顔を上げた。すると、そこには頭を抱える初代様が居た。相当参っている。ただ、髪の隙間から覗く耳は、少し赤い。


 完全にコレは参ってる。これは早くあのお姫様を城まで送り届けないと、初代様が闇落ちするかもしれない。ていうか、待てよ。


「初代様。お姫様と結婚したいって言ってなかったですか」

「……まぁ、王になるにはソレしかねぇからな」

「絶対に王様にならないとダメですか?」

「ダメだな。俺はテメェと違って何でも自分の思い通りにしてぇんだよ。自分の事も、そして他人の事も。今こんなに我慢してんだ。国一つじゃ足りねぇよ」


 吐き捨てるように口にする初代様の姿に、俺は脳裏に過った考えを見過ごす事は出来なかった。


もしかして、初代様の闇落ちの原因ってあのお姫様との結婚生活なのでは……?


「あのお姫様で大丈夫なんですか?結婚生活は」

「なんでテメェが俺の結婚生活を心配してんだよ」

「あ、いや……その」

「そんなに俺がアイツと結婚すんのが嫌なのか?あ?」

「嫌というか……」


 闇落ちして、魔王になられると非常に困るので。なんて言える訳もなく、俺は深く俯く事しか出来なかった。


「答えろ。嫌なんだろ?なぁ、おい」

「はい、イヤです」


 どこか嬉しそうな声で追撃してくる初代様に、反射的に頷いてしまった。


いや、しかし。初代様には姫と結婚して、多くの子供を作って貰わなければならない。そうしないと、“俺”が生まれなくなってしまうのだから。


「ま、お前がどんだけ嫌がろうが、俺には関係ねぇけどな」

「はい」


 良かった。よもや、わざわざ時代を遡って自分の存在を消滅させる所だった。


「弁えない事をいいました。すみません」

「まぁ、特別に許してやるよ」

「……でも性格の不一致ってキツくないですか?初代様、意外と気とか遣いそうだし。心配なんですけど」

「っは!余計な心配だな。王になれば俺が一番だ!ヤるだけヤって、子供をしこたまこさえたら、不満は他で発散すりゃあいいんだよ!なにせ、俺は王様なんだからな!」

「そ、それがいい!是非、そうしてください!」


 相変わらずのクズっぷりだが、このメンタルならばあのお姫様との結婚生活も大丈夫そうだ。闇落ちの原因は結婚生活ではないようで安心した。

 だって、イヤ過ぎだろ。シリーズ最新作にして史上最強の敵が、結婚生活に嫌気が差して闇落ちした元勇者なんて。


 せちがらすぎる。


「お前、変なトコ心配しやがんのな」

「はい、俺にとっては初代様が最も大切なので」

「……そうかよ」


 初代様の声が弱弱しい。本当に疲れ切っているのだろう。どうにかしてあげたい。でも、陰キャの俺は一軍女子には到底太刀打ちできない。


「ま、俺が王様になったら、テメェは俺の犬として引き続き飼ってやるよ。おい、嬉しいだろ?」

「えっ?」


 突然元気を取り戻した初代様が、ニヤと悪い顔で笑いかけてくる。

思わずドキリとする俺。最近、昼間にはお姫様が居るせいで、初代様の嘘の笑顔しか見て無かった。久しぶりだ。俺は、初代様の笑顔なら、知らない人に見せる綺麗な笑顔より、コッチのクズみたいな笑顔の方が好きだ。


「えっと」

「……おい、嬉しくねぇのかよ。返事」

「はい」

「嬉しいのか、嬉しくねぇのか。どっちなんだ」

「嬉しいです」

「なら、最初からそう言え。良かったな。お前、俺が捨てたら引きこもんだろ?寂しくて」

「はい」


 驚いた。初代様は、俺のした昔話を覚えていたようだ。あんなつまらない話、すぐに忘れられると思っていたのに。


「ありがとうございます。初代様」

「おう。感謝しろ。あとお替わり持って来い。どうせ、明日も食えねぇんだからよ」

「はい」


 俺は鞄の中にコッソリと隠して持って来たスープの入った容器から、お替りを注いだ。



--------初代勇者の魔王討伐時代まで行って、お前が勇者の闇落ちの原因を探せ!そして!未来を……“今”を変えてくれ!



 召喚士の言葉が、脳裏を過る。

 初代様が無事に魔王を倒し、闇落ちしないのを見届けたら、俺は元の世界に戻らなければならない。


本当は、初代様に飼ってもらいたい。そして、一生何も考えずに初代様の命令だけを聞いて生きていきたい。他人の敷いたレールの上を、何も考えずに走って人生を終えたい。


でも、それは出来ない。

陰キャで、引きこもりな俺も、仲間と世界を見捨てる事は、さすがに出来ないのだ。



「うめぇー」



 初代様の美味いという言葉に、俺は俯いて笑った。



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