#07 決戦
「ごめん、おまたせ!」
僕は岡崎にタックルを仕掛け、夏音の手を引いて走る。
「ゆ、優斗ぉ……」
夏音は泣きそうな瞳で僕を見つめる。
「ど、どうして……?」
「はぁ……はぁ……ケホッ! は、はな……しはあ、あと……だよ……」
……ちなみにだけど僕は真正の運動オンチだ。
十数メートルしか走っていないのに体力がもうゼロに近い。
「……いやごめん、遅いんだけど」
当然だけど走る速さも遅い。
僕はほぼ全力なのに夏音は小走り程度だ。
……普段から筋トレしよう。
「ごめん、だよね」
僕は諦めて小走りに切り替え、校門の方に向かう。
――――――――――――――――――――――――――
「い、一体こんなところまで来てどうするの!?」
とりあえず校門前まで着いたのだが、当然っちゃ当然だけど夏音はここまで来た意味がわかっていないようだ。
「よし、落ち着いて僕の話を聞いて……今から夏音は僕の家に全力で向かってほしい」
そう言って僕は家の鍵を夏音に手渡す。
僕はこのまま付いて行けば必ず足手まといになる。
なら僕が岡崎の足止めをすればいい。
「確かに私の家だと追って来るかもしれないしね……ちょっと待って、これを『渡す』って事は優斗は……優斗はどうするのさ!」
夏音は鍵を受け取らずに必死に引き留めるように僕の体操着を掴む。
いつもそうだ、夏音はこうゆう時だけ勘が鋭い。
……やっぱりそうなるよね。
「大丈夫、5分くらい時間稼げば誰かが来てくれるって。だからこれを離して早く行ってよ……お願い」
「でも……でもッ!!」
夏音の体操着を掴む手が一層強くなり、顔を下に向ける。
「頼むって……もう時間が無いんだよ!」
急に大声を出した事に驚いたのか決心したのかはわからないが夏音は体操着から手を離す。
「……無事じゃなかったらアイス奢りね」
そして、僕の手から鍵を受け取る。
「うん、アイスくらいなら奢ってあげるさ」
数秒間の間お互いに声を出さなかったが、同時に口を開く。
「「じゃあ、またあとでね」」
僕は決心したような表情で、夏音は涙を浮かべながら微笑んだ。
――――――――――――――――――――――――――
「よし、これで準備は全部整った……後は岡崎を待つだけかな」
僕は夏音が見えなくなるのを確認した後、校門前でウロウロしていた。
とりあえず、物宮先生が来るまで僕が耐えられば……。
けどスタンガンなんて食らったことないし、痛みに耐性があるわけでもない。
下手したら一発でKOなんてのも可能性はゼロじゃない。
正直かなり怖い。
死ぬかもしれない。
夏音とまともに会話も出来なくなってしまうかもしれない。
けど……!
「あいつがそうなるよりは僕がなった方が数倍マシだ」
と自然と口にしてしまい、顔が熱くなる。
「まぁでも……結局なるようになるしかない……よね」
僕はこうゆう後先考えない行動は好きじゃないのだけど……まぁたまにはいいかも。
けどどうしてこうしたかったのか自分でもよく判らなかったりする。
そう思いながらガラガラと門を閉めていると、遠くから人影が見える。
「……流石に来るよね」
その人影は間違いなく岡崎だった。
遠目からでも右手に何か持っているのが確認できる。
十中八九スタンガンだろう。
彼は僕の2メートル先くらいで足を止める。
「随分と遅かったね?」
「まぁ八重桜のスタミナと足じゃそんな遠くまで行けないと思ったしな……んでそこを通してくれない? 俺は篠原さんの家に行かなきゃいけないんだ」
岡崎のスタンガンを握る手がギリッと鳴る。
次のセリフで来る……。
「余計なお世話だ……残念だけどここは通すわけにはいかないよ」
「……なら無理やりにでも!」
案の定スタンガンを突き出して来る……けど僕はそれを待っていた。
よし、多分行ける……。
僕は力は無いけど知識ならあるんだ!
岡崎の突き出した右手をギリギリで避け、その手首を左手で掴む。
「なっ!? おまッ……!」
「僕の全力を食らえーーーッ!」
僕は左手を後ろへ引っ張り、勢いを利用して右手で殴りつける。
それを食らった岡崎は当然だが後ろへ倒れる。
「いってぇ……」
その隙を逃さず僕は岡崎の両腕を抑えて馬乗りになる。
「ふぅ……これで先生が来るまでこのままだよ」
「クソッ!離せよ!」
当然だけど岡崎は暴れ出す。
しばらくはこれで耐えていたのだが1分くらいした後だろうか、
あっヤバ……!
抑えていた腕を手放してしまったのだ。
すかさず岡崎はスタンガンを僕の左腕に当てる。
「へへ、形勢逆転か?……そこを退け」
「………………」
僕は恐怖と焦りで声が出なくなってしまう。
「あくまでも退くつまりは無いんだな……? なら、仕方ないよな?」
岡崎がゆっくりとボタンに手をかけていくのが視界に映る。
身体が動かない、動かないといけないのに……
クッソ……絶対これヤバイ奴だって!
「そこを退けっつってんだよ!!」
岡崎はスタンガンを起動させる。
その瞬間僕の腕の上でバチバチと甲高い音が響き渡る。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
その痛みに耐えるには叫ぶしか無かった。
……いや、既に自然と叫んでいた。
マズい……視界が、眩んで……。
そう思った瞬間、電流が止み、スタンガンが離される。
「―――ッ!?」
僕の腕はスタンガンが当てられたところだけ火傷をしたように真っ赤になっていた。
「おぉ、これ思ったより威力あるな……それじゃもう一回……」
岡崎が僕の腕の別の場所へスタンガンを移動させる。
あぁ……もう、ダメかもしれない……。
僕はそう諦めかけた瞬間、聞き覚えの……いや聞き馴染みある声が聞こえる。
「そ……でだ…お……き!」
はは……物宮先生、やっと来たか……
物宮先生が視界に入った瞬間、疲れと痛みで僕は意識を失った。
――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……お邪魔しまーす……」
私は彼に言われるがまま優斗の家に来ていた……けど、相変わらず誰もいない静かな家だ。
「本人もいないことだし早速ガサ入れ……する気も起きないなぁ」
私はリビングに移動してソファーに座るが、身体が安心したのか力が一気に抜ける。
優斗……大丈夫かな……。
あれだけ寝たというのに眠気が襲ってくる。
私はうつらうつらしながら優斗を待つことにした。
それからどれほどの時間がたったのだろうか。
急に家の電話が鳴り始める。
「ひぁっ! びっくりした……こ、これあたしが出てもいいのかな……?」
私は受話器の前に立ち、電話に出ようか出まいか迷ってしまう。
まぁでも優斗かもしれないし、一応出ないと……。
そう決心して私は受話器を手に取る。
「も、もしもひ……やえじゃく――」
『おじょうちゃんのパンツ、なにいろぉ?』
私は受話器を元の場所に叩きつけた。
けど、あの声……間違いなく優斗のものだ。
無事だった……無事だったんだ!
私は自然と笑みがこぼれる。
するともう一度電話が鳴り始める。
さっきと同じ番号だ。
「はぁ、アイツったら……」
そう独り言を言いながら受話器を手に取る。
「もしもし篠原ですけど!」
『あははは! ごめんって! とりあえず僕は無事だ――ってちょ先生!?』
電話の向こうでガサガサ聞こえる。
『スマン、物宮だ。こいつが嘘を吐くモンだから変わらせてもらった』
「先生……どうゆう、意味ですか?」
先生は言ってしまうか迷っているのか数秒の間が空く。
『……八重桜の怪我はかなり酷くてな…左腕が包帯で固定されてかつ、氷で冷やしている状態だ』
『ちょ……せん…い……やめ……ッ!』
やっぱり…優斗はかなり無理をしたんだ……
『とりあえずこのまま保健室で外泊するのは学校側としては少々まずいからとりあえず帰らせるけど大丈夫だよな?』
私はその問いに対して「はい」としか答えられない。
『……篠原も八重桜も今日は特に疲れたと思う……二人共明日学校に来なくても公欠扱いにしてやるからそこは自由にしてくれ。まぁ八重桜はどっちにしろ来そうなモンだが』
「あはは……確かに彼真面目ですもんね……」
『ま、とにかくだ。ピザでも頼んでおいてやるから美味い物でも食って今日はゆっくりするといい……じゃ、切るぞ』
私は「失礼します」と一言残して受話器を元の場所に戻した。
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