第50話 旅行記
「これで全部か?」
馬車の荷台に野菜の詰まった木箱を乗せた息子に父親は言った。
「全部だよ、しかしここ最近は魔物に作物を荒らされなくなったな」
手拭いで汗を拭きながら息子は畑を見回した。
「そりゃ、今はエルフ様が来てる年だからな」
その父の言葉に、息子は首を傾げ「エルフ様?」と言葉を漏らす。
「お前は見たことなかったか、まあ、前に来たのが俺が子供のころだったからな」
息子が父親の隣に座ると、父親は馬に鞭を打った。
「誰も近寄らない丘があるだろ? ほら、村の奥の」
「何もないただの広い丘だろ?みんな知ってるよ、父さんにも母さんにも子供のころから近寄るなって言われてるからね」
「なんで近寄るなって言われてるか考えたことはないか?」
「まあ、なくはないけど、決まりみたいなことで特に考えたことは…」
「あそこは普段結界で誰も入れなくなってるんだ、でも今なら開いているはずだ」
「その、エルフ様?が居るから?」
「ああ、そうだ、ほら見てみろ」
丘の道を進むと、丘の頂上に地面に刺さっている十字架が見えた。
「十字架?」
「あれは、墓らしい」
「墓?誰の?」
「あそこにいるエルフ様だ」
父親の指さす十字架の墓をよく見ると、十字架の横に小さな青い影が見えた。
「あれが、エルフ様?」
息子がそう言うと、青い影は立ち上がり二人に手を振った。
二人は一瞬心臓がドクンと跳ね上がったがすぐに手を振り返した。
すると青い影はまた墓のそばに座り動かなくなった。
息子は森で狩りをしている時、熊に出会ったと気のような感覚になり、冷や汗を流していた。
「と、父さん…」
「言わなくてもわかるだろ、あれがエルフ様だ、あの墓はあのエルフの師匠だかなんだかの墓らしい。それは大層立派なな魔術師様だったそうな」
「へ、へぇ」
「じゃあ、帰ろう」
父親は再び馬に鞭を打った。
帰り道ですっかり黙ってしまった息子に父親は「あそこでエルフ様は何をしているのかわかるか」と聞いた。
「師匠の墓参りじゃないの?」
「それもそうだが、エルフ様は数十年おきにここに来るだろ?その数十年での旅の話をしに来ているらしい」
「へえ、旅の話か…」
息子はその話を聞いて少し元気が出たようだった。
「そうだな、エルフの旅行記!気になるならあそこに行って聞かせてくださいってお願いしてみたらどうだ?」
父親は笑いながらそう言うと、息子は父親の肩を叩いて「無理だよ!」と言い、一緒に笑った。
*
月と星が優しく地面を照らす夜、見晴らしのいい丘の上に十字架の墓と、そばには水色髪の小さなエルフが座っていた。
彼女は楽しそうに旅の土産話を亡き師に語り終わると、また旅へと向かうのだった。
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