2話目 運命を分けたクローバーの物語《森へ》
はるか昔。徳の高い魔術師マーリンが宮廷魔術師だった頃、国はとても平和なところだった。王は「どうかこの国を平和へと導いてくれ」とマーリンを頼り、またマーリンも、その期待を裏切ることなく騎士たちを統率し、民を思い、国中に目を配り続けていた。
不穏な影など見えるはずもなかった。王国の誰もがマーリンを敬い、時に恐れていたからだ。人々はいつも一日が始まると大きく窓を開け、朝日にきらめく野や丘を眺めながら、平和な日々を遅れることを心から喜んだ。
だが、一方で不満をつのらせる人々もいた。騎士たちだ。彼らの中には、自慢の剣を振るう機会も、馬を走らせる機会もなく、ただ悶々と日々を過ごすものが少なくなかった。かといって、平和が乱れてほしいわけではない。ただ、己の騎士としての力を試したかったのだ。そのため、マーリンの所には「どうか腕試しをさせてくれ」とやってくる騎士たちが後を絶たず、これにはマーリンも頭を悩ませていた。
そんなある日のこと。城に、マーリンの号令で国中の騎士たちが集められた。騎士たちは「これぞまさしく腕試しへの招待に違いないぞ」と大急ぎで馬を走らせ、城に駆けつけた。広場には、きらめく甲冑に身を包んだ騎士たちがひしめき合っていた。
やがて、マーリンが現れた。いかにも魔術師といった白いローブ、たっぷりとした髭と大きな杖。その姿からは、深く静かな威厳が感じられた。
「よく来てくれた、騎士たちよ!」
マーリンは両腕を大きく広げると、目の前に集まった騎士たちに向けて話しはじめた。
「これまで長きにわたり、そなたたちは腕試しがしたいと申し出てきた。今日ここに集まってもらったのは、その願いを聞き届けるためだ」
その言葉に、騎士たちのなかからざわめきが起こった。長い間、飾りでしかなかった剣や槍を振るうことができるのかと思うと、体のそこから興奮が吹き出してくるようだった。騎士たちのなかで期待がみるみる膨らんでいく。全員、息をのんでマーリンの次のひとことに神経を集中させた。
「今日から七日目の朝、魔法のクローバーが生えるという」
綿ぼこりの落ちる音も聞き取れそうな静寂のなか、マーリンは騎士たちを見渡しながら告げた。
その言葉に、騎士たちは狐につままれたような顔になった。何人かがひそひそ声で話しだした。皆、マーリンの言う魔法のクローバーがなんのことだか、さっぱり分からなかったのだ。
「落ち着け。まだ続きがある」マーリンは騎士たちを制した。
「魔法のクローバーは、四つ葉のクローバーの形をしておるが、ただのクローバーではない。手にした者に幸運をもたらしてくれるという、奇跡のクローバーなのだ。愛、仕事、富、すべての面で、限りなき幸福をもたらしてくれるであろう」
騎士たちは、マーリンの話に色めき立った。誰もが、その魔法のクローバーを手にしたくてたまらなかった。何人かの騎士たちが大声で歓喜の叫びをあげ始めたので、マーリンはそれをしずめねばならなかった。
「まだ話は終わっておらぬ」彼はそう言うと、騎士たちが静かになるのを待ってから先を続けた。
「魔法のクローバーは、ここから十二の丘を越えた『混沌の森』に生えるという。ただし、森のどこに生えるかまでは分からぬ。そなたたちに、その魔法のクローバーを探しに行ってもらいたい。誰か、力を示したい者はおらぬか?」
騎士たちの口から深いため息が漏れた。もうすでに諦めたかのように、地面に目を落としている騎士までいる。それも無理はない。『混沌の森』は、王国じゅうの街を合わせたよりも広いのだ。そんな広い森からたった一本のクローバーを探すなど、どう考えても無理だ。それならばまだ、藁の中の針を探すほうが、何百倍、いや、何千倍も簡単だろう。
見れば、もう何人かは広場を後にしはじめている。そして、一人が出ていってしまうと、それに続くように残った騎士たちもぞろぞろとその場を去っていってしまった。
マーリンは、眉をひそめて小さく首を振りながら、広場を見わたした。残ったのは、二人だけだった。
「そなたたちは残るのか?」マーリンが尋ねた。
黒いマントの騎士、サー・ノットは、一歩前に進み出た。
「確かに難しい試練です。混沌の森の広さならば存じております。しかし、誰かの手を借りることもできるでしょう。必ずや、魔法のクローバーを見つけてごらんにいれます」
もう一人の騎士、白いマントのサー・シドは、マーリンに見つめられても黙ったままだった。そして、しばらく言葉を探してから、こう言った。
「私も森へと参り、魔法のクローバーを手に入れてみせましょう」
二人の騎士はマーリンに別れを告げると、それぞれ黒い馬と白い馬にまたがり、城を後にした。一路、混沌の森をめざして。
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