第36話 見るも無惨なメイド喫茶
「……池袋にもメイド喫茶ってあったんだね……」
透花に連れられてやって来たその場所を前に、俺は諦めにも似た嘆息を漏らす。
うん、まぁ、そんな気はしてた。
お洒落女子が集う、オシャレカフェとかは絶対行かないだろうなとは思ってた。
いい加減、俺もこっちの透花に慣れてきたからね。
「さ、入ろー」
透花に背中を押されるまま店内に足を踏み入れると、俺はその異空間に圧倒されてしまう。
「なんか目がチカチカするんだけど!」
パステルカラーを前面に押し出した店内には、あらゆるところに星やらハートやらが散りばめられていた。
外観は何の変哲もないビルだったのに、このフロアだけ異空間が過ぎる。
「まぁ、可愛らしいお嬢様方。お帰りなさいませ。お席はこちらとなります」
女子大生くらいだろうか、黒髪ツインテールのメイドさんに案内され席に着く。
メイドさんは、最初こそ透花の美貌に驚愕したようだったが、そこはさすがプロ。瞬時に笑顔に戻り接客をこなしてくれた。
見た感じ、店内は満席のようだった。
透花も予約したと言ってたし、どうやらかなりの人気店らしい。
そして、そんな店の中をスカート短めフリフリメイド服に身を包んだメイドさんたちが、笑顔を絶やさず給仕に励んでいた。
「はーい、萌え萌えきゅん~」
「お帰りなさいませ、ご主人様。お召し物をお預かりいたします」
「お兄ちゃんまた来てくれたの? 嬉しい! ずっと寂しかったの~」
「また来たんですか? 前回散々イジメられたのに、懲りずにまた来るなんて……ほんと兄さんはド変態ですね……」
…………何というカオス。
「えへへ、ずっと来てみたかったんだよね、このお店。どうティアちゃん?」
「どうって…………サービスが多彩でいいお店ですね……」
「さっすがティアちゃん、分かってる~」
……何が? お言葉ですが、何もかも分かっていませんよ、お嬢様?
「このメイド喫茶はね、入店前にキャラ設定からシチュエーションまで自由に決められて、自分の好みに合ったプレイ――じゃなくて給仕を受けられるの!」
「今、プレイって言ったよね! 絶対言ったよね!?」
つーかそこまで細かく指定できたら、それはもうメイド喫茶の範疇超えてるだろ!
「ではここで、前もってお店に伝えてある、わたしとティアちゃんの設定とシチュエーションを発表しちゃうぞ♪」
「は、はぁ……用意がいいデスネ」
「わたしとティアちゃんは〝借金のかたに身売りされた
「は、はぁ……」
「毎日毎日、辛い労働の日々。でも、ふたりは何とか耐え忍ぶことができました。なぜなら、ふたりは姉妹でありながら禁断の蜜月関係だったのです!」
「ちょっと待てーーーーーっ!」
「寒くて凍えそうな夜。たった一枚の毛布をふたりで分け合いながら、身体を寄せ合い、絡ませ合い、次第に熱く重なり合っていく乙女の吐息っ!」
「ブレーーーキッ! 透花、お願いだからブレーキ踏んでぇぇぇ!」
見てる! みんな見てるから!
ただでさえメイド喫茶に透花みたいな百万年に一人の美少女が来てるだけで、ちょっとした営業妨害だってのにぃぃぃ!
「という訳で、さあティアちゃん。レッツお着替えタイムです。では皆さんお願いします」
「へ? お着替え? って、ちょ、何? なにーーーー!?」
メイドさんに両脇がっちり固められて奥に連れて行かれる俺。後に続く透花。
「さ、ティアちゃん。一緒に可憐で不憫な強制労働の時間なんだぞ」
「ま、まさかお着替えって……ちょ、ダレカタスケテーーーー」
店のメイドたちの手によって否応も無くメイド服に着替えさせられる俺。
そして、メイドに変身した俺を待っていたのは、お揃いのメイド服に身を包んだ透花。
「うhっひゃあぁっ……か、可愛い、可愛すぎる。ハァハァ、ティ、ティアちゃん……。さ、さあ、奥の部屋にソファベッドがあるから、今すぐそこで脱ぎ脱ぎしましょうね!」
「五秒で脱がすんかい! じゃあ、何のために着せたんだよ!?」
「そんなの脱がすために決まってるじゃない!」
今日一番のイイ顔で、グッと拳を握りしめる透花。
「身も蓋もない! 絶対駄目、断固拒否する!」
「えー、ちょっとくらいイイじゃない~」
「ちょっとで済ませる気ないだろ! ベッド付きの個室に連れ込もうとしてるくせに!」
「ホント、ホントだから! 第二……ううん第一関節までで我慢するから!」
「生々しいの止めてぇ!」
エッチなことが絶対に駄目とは言わないけどさ。さすがにここではちょっとマズいだろ。
だって、このままホイホイついて行ったら、店中のメイドさんやお客さんに『今頃あのふたり奥の部屋で……ふふふ、お盛んですこと……』って笑われるんだよ?
「そんなの絶対無理だから。事が済んだ後、どんな顔で戻ってくればいいんだよ!?」
「敬礼しながら『恥ずかしながら帰って参りました』とか言えばいいんじゃない?」
「嫌だよ! あとネタが古すぎるよ、透花!」
「じゃあ、せめて、写真! 写真撮らせて! ね、ねっ!」
「う……まぁ、それくらいなら?」
透花の猛烈な勢いに押し切られる。
だが、個室に連れ込まれるよりは随分とマシだろう。
俺の返事を聞くや否や、透花はどこから持ち出したのかごついカメラを構え、ふひっふへへと締まりの無い顔で笑うのだった。
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