「あー、斉藤君。ちょっと頼まれてくれないかな。」


「うげっ。ちょっと忙しくて…田嶋ちゃんとかに頼んでもらえます?」


「うげって言う奴が忙しいわけあるか。」




上司が呆れているが無視だ、無視。


これ以上面倒事もらって溜まるかってんだ。




俺はそそくさと打ち合わせに出る準備をする。


遠くで田嶋ちゃんが呼ばれる声がして、




ごめん、田嶋ちゃん!


俺は心で可愛い新人に謝ったが、彼女に睨まれた。許してもらえなかったらしい。




「じゃあ、すみません。新規さんのとこ行ってきますんで。」




できるだけ小声で、そばにいた人にだけ聞こえるようにして、俺は会社を出た。










東京、新宿。




久々に日本の町並みに涙が出そうになる。


ここは本当に平和な街だ。




大通りを歩いて10分ほど。


雑居ビルの3階が今日の依頼先だ。




埃まみれの階段をのぼり、息を切らしながら看板もないチャイムを鳴らす。




ガチャ。




「あ、すみません。本日ご相談に参りました、「World World」の斉藤ルタンと申します。大藪さんはいらっしゃいますでしょうか。」




ちょっとしか扉があかず、向こうの人もわからないがとにかく笑顔。営業の基本。




「……ああ、どうぞ。」




きぃ、と扉が開き中へ案内される。


玄関には3、4足ほどの靴が散乱している。


正直に言えばちょっと入りたくない雰囲気があるが仕方ない。




「失礼します。」








先程の男性の後ろをついて、奥の部屋に入る。




と。




「あああああああああああああああ~~~~~~~~~~っっっっ!!!!!まだなの!!!!!!!そのなんとかって会社は!!!!!!!!!」


「せ、先生っ、もうすぐきますって!」




阿鼻叫喚のご様子。


間違えたかな。




「あ、えっと、キラクル☆ピカリン先生でしょうか。」




奥の机で叫ぶ女性に声をかけると、すごい勢いでこっちに来た。




「はいっ、そうです!もしかしてわいわい株式会社さん?!」


「World Worldです。」


「ああああ、待ってました。こちらへどうぞっ、はい、ほら早く!!」




こっちは初対面だぞ。


失礼な人だな。




そうして案内され、ソファに座る。




「改めまして、斉藤です。」


「これはこれは。頂戴します。」




彼女はマンガ家をしているキラクル☆ピカリン先生。


大人気のエロ漫画作家だ。


どうして彼女が異世界エージェントに相談を持ち掛けたのか、アシスタントか雑用かと考えていたが…




「斉藤さん。私、ドスケベボディの癒し系人外とか、紹介してもらえませんか。触手系なら最高なんですけど。」


「……は、スケベ……?」




予想外の単語が出て、アホ面を晒してしまった。


何を言ってるんだこの人は。




「はい。ドスケベボディ。巨乳・巨尻・くびれを備えてて、つやつやもしくはぬるぬるの肌で、美人系が好みですね。ああ、あと料理上手だといいですね。」


「あの、確認ですが、なんのために…」


「ああ。」




聞かなきゃよかったよ、面倒くさいんだもん。




「私専用の応援係です。要するに、ヒモですね。」




ああ、もう。


こんなことなら上司の方が楽だったかもな。




「ええと、まず。どんな条件の人材が欲しいかはわかりました。労働内容を、もう少しうかがえますか。」


「はい。朝起きてから寝るまで、私のそばにいて、応援して欲しいです。歯磨きとか、原稿とか。あとは肩たたきやマッサージでしょ…あっ、あとぱふぱふしたり!」




目がキラキラしている。


俺は今人材派遣をしているんだよな。違う無料相談所と勘違いしてないか、この人。




「あー、じゃあ、次に人材への報酬や条件をお願いできますか。」


「お金は好きなだけ使って構いません。条件としては、毎日私が提示するコスプレをして欲しいですね。これとか。」




視界を自主規制した。




「ありがとうございます。端的に言いますと、無理です。」


「なんでですかああっ。」




泣いている。こっちが泣きたいよ。




「まず、大前提として、頂いている労働内容と転生希望者の需要がカスリもしていません。募集したところで無駄足ですね。あとは、転生者は多少なりとも代償を払います。今まで、出稼ぎにでるような人は聞いたことも見たこともありません。自由時間が少ないのも良くないですね。転生労働基準法に違反します。原則8時間まででお願いします。ああ、あと終身雇用ができる内容でお願いします。これじゃああなたがいなくなれば転生者が路頭に迷ってしまうじゃないですか。」


「う、うええぇぇ……」




ぐすぐす聞こえるが、無視だ無視。




「最後に、こんな人材なら近くの相談所に行って――――でも紹介してもらったらどうですか。」




キラクル☆ピカリン先が大粒の涙をぽろぽろこぼす。


あ…


トドメを差したかも。




「う、うぅ…なんでも、相談に乗ってくれるってサイトにありましたあ。そんな、そんな言わなくてもいいじゃないですか…」


「いや、でもこちらも仕事で…」


「こんなことなら上を出してくださいよっ、あなたじゃ話になりませんっ。」


「お、落ち着いて。落ち着いてください。あくまで現時点でのお話です。ここから条件を削ったり足したりで作っていきましょう、ね。」


「私は…私は…」




「ドスケベボディの癒し系人外じゃないと嫌なんです!!!!!!」




そういって、追い出されてしまった。


たまにいるんだ、こういうクライアント。




人外を紹介してもらえるって軽率な考えで相談に来てはめちゃくちゃな要求をする。


うちはあくまで人材派遣会社、日本で言えば、○ウンワークとか、ビ〇リーチとか、〇クルートとかみたいな感じだ。




だから、そもそも人を雇うことができないなら門前払いをしなくてはいけない。


今回みたいに私利私欲のためじゃあどうにもならない。


必ず、不幸な人がでるからな。


なのにお偉いさんが頭固くて、誰でもウェルカムな方がいいよね~なんていうからこんなことになる。




「はあ、帰ったら怒られるんだろうな。」




それでも一応新規のご相談だから、人材がいないかだけは確認しなきゃ。


俺はモバイルを取り出して上司にメールを送る。


ドスケベボディの癒し系触手モンスターに心当たりはありませんか…っと。




秒で帰ってきた。




『風俗なら他をあたってくれ。』




―――――――――――そりゃそうだよなあ。

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