第6話 ドラマ黄昏時に落ちる星3 オーディション2


 一か月後 オーディション会場


 オーディション会場に着くとそこには関係者がすでに集まっていた。


‟うわ、すっごい人”


 小西事務所からは五人の若手俳優が書類選考を通過して今日のオーディションに来ていた。そこに玲と玲の先輩に当たる雪永奏一郎もいた。グループで一番若い瑠衣人が驚嘆の声を上げる。


‟こんなにいるんですね。こんな大掛かりなオーディション初めて”


 玲もキョロキョロと周りを見回す。


‟ちょっと!あそこにいるの南条みつきじゃないか?!”


 誰かの声に、振り向くとひときわ目立つ二人が注目を浴びていた。カップル、と言ってもいいほど近い距離で会話をしている。一人は南条みつき。今回のドラマの主役に決定している。中性的で上品な美しさで日本だけでなく海外でもモデルとして活躍している。隣にいるのは佐伯鋼。芸能人ではないが芸能人以上に話題を集める男だ。大きな会社の後継者というだけでなく本人も個人的に会社を立ち上げているビジネスマンだ。芸能人顔負けの精悍な顔と恵まれた体格を持ちいろんな有名人と親密に付き合っていることでも常に注目されている。最近は南条みつきとの仲があやしいと噂されているが本人たちは親同士に親交があるため長い付き合いだから、と濁しているという噂は玲でも知っている。


‟おい、佐伯鋼もいるぜ。なんかすごいよな。あそこだけオーラが違う”


‟あの二人、やっぱり怪しい雰囲気だよな。すげー距離近いし”


 玲は南条みつきを見たとたんその美しさにくぎ付けになった。確かにそこだけ空気が違って見える。

 少し明るい栗色の髪が窓から入ってくる光に輝いて見える。シンプルなシャツにパンツという飾り気のない恰好をしているのにあふれ出るオーラが違っていた。周りが自分の名前を口にしている声が聞こえたのかチラッとこちらを見た。

 ドクンっと心臓が鳴った。美しい容姿にこんなにも心が揺さぶられるものなのか。

 一瞬みつきと目が合ったような気がした。

 だが、

‟やべ!どうしよ。目があっちゃったよ”


‟俺、心臓バクバクいってる”


 あちこちで声がした。


 あ、南条みつきがこっちを見たと思ったのは自分だけじゃないんだ。


 自分だけが特別な気がしたことに、恥ずかしくなる。


 じつは南条みつきを会うのはこれが初めてではない今年の初めにあるTV局に奏一郎の荷物持ちで行った時に会っている。その時声をかけられたのだ。人違いだったのだが。その後も何度か顔を見たことがある。その美しい容貌を見るたびに胸を締め付けられるような気持になるので一時自分は南条みつきに恋愛感情でも抱いてしまったんじゃないかと真剣に悩んでしまったりした。しかし周りの反応を見ると彼に一目ぼれしてしまう人間は例え同姓であろうと珍しくないようなので自分も憧れを抱くその一人なんだろうと深く考えないようにしていたのだ。


 彼が俺を覚えてるわけがないのに。全く俺は救いようがないな。


 玲は自分に呆れた。




 みつきはフイっと視線を戻しそこにいる面子との会話に戻る。


‟いやあ、随分集まったね”


 監督の渡利紘一が感心したように顎を撫でる。


‟まさかここにいる全員と一対一で対面するのか?”


 隣にいる大口スポンサーの佐伯剛が呆れたように言う。


 ‟言ったろ?もう誰かはわかってるって”


 ペットボトルの水を口にしながらみつきが言う。


‟へえ?この前は随分自信なさそうだったがな”


 佐伯が肩眉を上げて揶揄するとみつきはむっとして何かを言い返そうとするのを制して


‟で、どこだ?”


 と、問うとみつきはため息をついた。


‟あそこにいるよ”


 みつきは軽く顎をしゃくって方向を示すが佐伯が肩眉を上げていたように眉をしかめる。


‟それらしいのは見当たらないぞ”


‟昔とは違うんだよ。ま、僕は初めて会った時すぐ分かったけどあんたには無理かもね”


 みつきはふん、と鼻を鳴らす。


‟何?”


 佐伯が何かを言い返そうとするのを渡利が止める。


‟ちょっとちょっと仲良くしてよ。君たちは注目されてるんだからね。和やかに”


 みつきはペットボトルで一方向を刺しながらもう一度チラッと視線を向ける。そこに目的の人間がいた。


 会えば、わかる。


 だけど、全くの別人のようだった。佐伯がわからないのも無理はない。顔の造作がどうのという問題ではない。どこにいても目が引き付けられてしまうような明るい太陽の様なオーラは影を潜め、本人が意識しているのかいないのか周りにすっかり埋没している。


 僕でさえ自信がなくなるよね、まったく。あれがレイシャーンだなんて。


 彼を見つけたのは十か月ほど前。CM撮影に行った場所で本当に偶然視界に入ってきたのだ。一目でわかった。心臓が大きくはねた。


『あの!』


 とっさに声をかけてしまった。

 彼の視線が自分を捉える。顔かたちは違うがどこかに面影がある。その瞳だ。感情が膨れ上がって泣きそうになる。

 期待するな、と自分の中で声がする。この瞬間は前にも経験している。期待して、そしていつも裏切られた。

 彼は大きく目を見開いたが、その後うろたえるように


『えっと…何か?』


 と、返してきた。やはり、と心がずんと重くなる。それを顔に出さないように努めて笑顔を作って


『突然すみません、失礼しました。知り合いに似ていたもので。あの、名前を伺ってもいいですか?僕は南条みつきと言います』


『いえ、大丈夫です。か、葛城玲と言います』


 しどろもどろと返事が返ってきた。


『葛城玲…』


 口の中では繰り返したその時


『おい玲!なにやってんだ』


 という横柄な声が響いた。


『奏さん!』


 慌てたように彼がそっちを見る。


『もうとっくに用は済んだんだ。帰るぞ』


『すみません、今行きます』


 ぺこりと頭を下げて‟奏さん“の方へ走って行ってしまった。目で追うと大きなカバンを抱えて追いかけて行った彼の肩に腕を回して横柄男が何か話していた。それを見て無性に気分が悪くなったのを覚えている。

 その後葛城玲を調べると小池芸能事務所に所属している俳優だという事がわかった。ドートリアニシュ神官長の生まれ変わりである渡利とは既に出会っていたのですぐ彼に連絡を取った。その後も何度か偶然を装って玲に近づいてみたが初めて会った時の印象は変わらなかった。

 奏さんこと雪永奏一郎とよく一緒にいる。そしてまるで使いっぱしりのような扱いを受けていること、なぜかおどおどとして彼の言いなりになっていることなどが見て取れた。あの、輝くような笑顔はなりを潜め、相手の顔色をうかがうようなへらへらとした笑顔を常に浮かべている。


 イライラする。レイシャーンはあんなんじゃなかった。その後の世界で出会った彼も多少の性格の違いはあれ、ここまでひどくはなかった。あんなレイシャーンを見ていたくなかった。だからいつもならもっと積極的に接触を図って距離を縮めていくのに今回はにもする気にならず、とりあえず全て渡利さんが立てた計画で自分に与えられた役割をこなすのみになっていたのだ。

 それでも、イラつくのは分かっていて、その姿を見れば目で追わずにはいられない、みつきはそんな自分を持て余していた。


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