第13話 アリスファド・テスラの本

 オクタヴィアンは客間のイスに座ると、ヴラド公の置いていった本『病気と薬草の関係』を何の気なしに開いた。


 アリスファド・テスラという人物によって書かれたこの本は、タイトル通り、病気にたいしての薬草の効能が書かれてあるようである。

 しかし身体に入れたら毒になるような植物や動物の部位、また黒魔術に使われる薬草などにも言及しているのが、最初の項目を見ているだけで伺えた。


 オクタヴィアンはその内容に胡散臭さと興味とが混ざり合った感情でその項目を見ていた。

 そんな中、オクタヴィアンの眼を釘づけにする項目が現れた。

 


   ◯男性の脱毛症について

 


「こ、これだああああああああああああああああああああああっっ!」


 オクタヴィアンは眼をランランと輝かせ、本を両手にキッチリ持ち直すと、机にしがみつく様に本を読み始めた。

 


 人間の、特に男性の頭頂部は、年齢と共に毛髪が抜け落ちる傾向にあり、古代よりその抜け毛を阻止しようとした先人の治療法や予防法を試してみた。

 なお、被験者は参加者をつのり、重度の脱毛症の男性を選んだ。


 実験その一、動物の脂。

 エジプトに伝わっている治療法。ライオン、カバ、ワニ、猫、蛇、ヤギの脂肪を混ぜた軟膏を塗るとよいらしい。しかしライオン、カバ、ワニなどは近くに生息しておらず、猫、蛇、ヤギの脂を併せて軟膏を作った。

 被験者は三十六歳男性。頭頂部から脱毛症がかなり進んでほぼ毛はない。

 その頭頂部に毎日早朝と、就寝前に軟膏を一ヶ月塗り続けてもらった。

 しかし効果は見当たらず。生毛が生えてくる様子も伺えず。


 実験二、ギリシャの医師、ヒポクラテスの育毛剤。

 ハトの糞、アヘン、セイヨウワサビ、スパイスを調合した育毛剤を再現した。

 被験者は四十三歳男性。頭頂部から脱毛症がかなり進んで毛はほぼない。

 その頭頂部に育毛剤を毎日早朝と、就寝前に一ヶ月塗り続けてもらった。

 しかし効果は見当たらず。生毛もなし。


 実験三、バイキングの伝承。

 ガンやカモのフンを練った育毛剤。頭に刷り込むといいらしい。

 被験者二十八歳男性。頭頂部に脱毛は確認できたものの、周りにはまだ毛が残っている。

 その頭頂部に育毛剤を毎日早朝と、就寝前に一ヶ月塗り続けてもらった。

 しかし効果は見られず。それどころか脱毛が進んだ。



 これを読み進むにつれて、オクタヴィアンはどんどん気が滅入ってしまった。

 そしてこの章の結びはこうだった。

 


 ……以上、いろいろな療法が存在しているものの、確実に脱毛症を治療する薬や薬草は今のところ見つかっていない。非常に残念である。

 しかし、インドに伝わるヨガという物が、どうやら効果があるらしい。そのヨガというものは瞑想の一種のようであるが、詳細はよく分からなかった。そのヨガというものが、今後伝わる事を願うばかりである。

 最終手段として魔術を使って悪魔を召喚して髪の毛を生やしてもらう方法もあるが、この場合、悪魔と自身の何かとを交換という取り引きで行われる可能性が高いので危険と言わざるを得ない。

 よって人類の進歩により、脱毛症の薬が開発される事を願う。



「…………」


 オクタヴィアンは絶句した。

 

 やっぱりハゲを治す薬なんてないって話なのかあ~! テスラさん! そりゃないよおおおおおおお~~~~~! インドのヨガって書いてあったけど、そんなの分かんないし、そもそもインドって場所よく分かんないけどアジアだがら、オスマントルコの向こうだよねえ? 絶対行けない場所じゃん! もうボクの将来は終わった~~~~!


 そんな時、客間のイスで一人頭を抱えているオクタヴィアンの元に、愛娘のヨアナがやってきた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 ヨアナの後ろにはローラもいる。


「あ、ヨアナ、ローラ。このアリスファド・テスラって人の本にハゲを治す方法があるかもってヴラド公が持ってきてくれたんだけど、全くそんなのなかったんだよ~~~~」


 オクタヴィアンはそう言うとヨアナに抱きついた。ヨアナは困った顔をしたがすぐに、


「アリスファド・テスラ~?」


と、その名前を復唱した。


「そ。アリスファド・テスラって人が書いた薬とかの本らしいんだけど、この本だとハゲを治すのは難しいらしいんだよ~」


 オクタヴィアンはヨアナをさらに抱きついた。


「アリスファド・テスラ……」


 ヨアナはまたその名前を言った。


「どうした? ヨアナ?」


「ねえ、パパ? 昨日の人……アリスファド・テスラ……」


「ん? 何?」


 ヨアナが上手く昨日の事を伝えられないのを、オクタヴィアンはじっくりと待とうとした。そこにローラが入ってきた。


「ヨアナ様。それは気のせいじゃないですか?」


 その一言にオクタヴィアンは引っかかった。


「ローラ。昨日のって何だっけ?」


 この質問にローラは一瞬困った顔をしたが、気を取り直して話し始めた。


「オクタヴィアン様。昨日みんなとご飯を食べた後、ジプシーの私達に聞いてきたじゃないですか。その~……治せるような人はいないか? って」


「それーーーーー! アリスファド・テスラ!」


 ヨアナは元気に叫んだ。


 オクタヴィアンも昨日の事を思い出した。

 そう言えばそんな話をしていたぞ。その時出た名前がアリスファド・テスラだったかどうかはあまり記憶にないけど、ヨアナが覚えているんならそうかも知れない。


「そか~……その人がこの人なんだね」


 オクタヴィアンはヨアナに本を見せながらそう言った。


「うんうん」


 ヨアナは頭をコクリコクリとうなづいた。


 しかしそれにしてはこの本は古くないか?

 だって昨日の話だと、今生きてる人の話だったよなあ……


 そう思いながらオクタヴィアンは本の裏側を開いた。するとそこに奥付らしき物が書いてあった。

 


   一三六四年六月 ハンガリーの自宅にて  アリスファド・テスラ

 


「一三六四年だって、この本。ヨアナ、この本、百年も前の本だから、この人もう生きてないよきっと」


 そうオクタヴィアンはヨアナに話した。しかし、


「ええ? でもその人だったよ。ホントだよ」


 そうヨアナは譲らない。オクタヴィアンとローラはハハハと笑いながら「きっと記憶違いだよ」とヨアナをなだめた。

 しかしヨアナは納得のいかない顔をしていた。

 その顔を見てローラは笑っている。

 オクタヴィアンはローラが元に戻った事に気がついて、ホッとした。


 その時、オクタヴィアンは(そうだ!)と思った。


「ボクもう少しここで本を読むから二人は部屋に戻って勉強でもしてるといいよ。あ、ローラ、さっきエリザベタがここに用意したワインが台所にあると思うから、持ってきてくれるかなあ?」

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