第4話 公室評議会

「では私はパーティー会場へ行きますので」


 冷たい口調のエリザベタは一人宮廷の大広間へ向かっていった。

 

 オクタヴィアンはエリザベタを見送ると、公室評議会の行われる宮廷内の礼拝堂へ向かった。


 礼拝堂と言っても簡易的な場所なので、たいして広くもなく、人が座れる四人掛けの椅子も十席くらいしかない。

 天井も高くなく、ステンドグラスが張り巡らされている訳でもなく、ただの白い壁と、小さな窓があるくらいである。


 オクタヴィアンはその礼拝堂へ入ると、あまりの人の少なさに驚いた。


 自分を入れても評議員が五人しかいないのだ。

 その中にはエリザベタの父、オクタヴィアンにとっては義父のモゴシュもいた。


 そしてその五人がバラバラに長椅子に座り、中央の祭壇の前にはひざまづいたヴラドが、この日の為に宮廷に来たクルテヤ・デ・アルジェシュの大司教によって王位に着く儀式をしている真っ最中だった。


 オクタヴィアンは少し気まずい気持ちになりながら入口近くの長椅子に腰掛けた。


(え? 今までの人達……。殺されちゃったからか?)


 オクタヴィアンはヴラド公が以前行った地主貴族の集団処刑を思い出した。


 そもそもワラキア公国という国は、地主貴族と呼ばれる私兵団も持っているような実力者達が国の実権を握っており、国の頂点のはずの公には国政に口を出させないように公室評議会を開き、そこで国を自分達のいいように操っていた。


 そうした地主貴族達のやり方のおかげで、国の格差は広がり、貧困層は広がり、国としての力は衰えていく一方だった。


 そんな国政なので、歴代の公も国政に乗り出したいと動き始めたりすると、地主貴族達はあっさり公を引きずり降ろしたり、暗殺をした。


 そうした公の中に、ヴラド公の父がいた。そしてヴラド公の父と兄は、その地主帰属達の反感を買い、暗殺されたのだった。


 それを若きヴラドは当然分かっていた。

 

 ヴラドは十数年前に自分が公に就くと、さっそく地主貴族達を祝賀会という名目で宮廷に招き入れた。

 そして食事の最中に父と兄の殺人罪、そして私欲による国に対しての反逆罪として全員逮捕し、その後、串刺しの刑に処した。


 そして更に全員を串刺しのまま街に晒し者にしたのだ。


 この出来事をきっかけにワラキア国でヴラド公に逆らう者は出てこなくなり、また犯罪者も同じように串刺しにして晒し者にしたので、治安が一気によくなったのだった。

 

 この時、まだ地元貴族としては下の地位にいたオクタヴィアンの父、コンスタンティンは、その祝賀会に招かれる事はなく、そのおかげで助かったと言える。


 なぜならコンスタンティンも、しっかり私欲によるオスマントルコの商人と取引をしていたからである。


 しかしこの出来事があってから、コンスタンティンはヴラド公が好きではなかったが常にヴラド公の味方をする事で交友関係を築いていき、地主貴族としての地位を高めていった。


 ヴラド公もコンスタンティンに目論みは分かっており、心の中では(タヌキ)と思いながらも私兵団を借りたり、ハンガリーなどとの貿易を勧めてくれたりした。


 こうした過去があったので、オクタヴィアンもヴラド公を恐れていた。自分の屋敷に何度も顔を出していたヴラド公の事はよく覚えている。


 そのヴラド公は父と話していても、何を見ていても笑顔のようで目が笑ってはいなかった。

 常に何かを警戒していたのかもしれない。

 しかし若きオクタヴィアンにはヴラド公は恐怖の対象でしかなかった。

 

 そんなヴラドが目の前にいる。

 

 オクタヴィアンは過去の出来事を一気に駆け巡り(恐ろしっっ)と思った。

 

「汝はこのワラキアの公として国を治める覚悟はおありか?」


「もちろん」


 大司教の言葉にひざまずいているヴラドが返事をしている。

 オクタヴィアンはよく分からなかったが、その儀式を見ながらヴラドの背中を見て、以前よりも心なしか小さくなった気がした。


 あれだけの恐怖政治をしていたヴラド公。


 前回の統治時代は必ず周りに親衛隊を従えてどんな所も歩いていた。

 その威圧感も相まって、まだ十代だったオクタヴィアンには異様な悪魔のような邪悪な存在、そしてその邪悪なオーラがとんでもなくこの男を大きく見せたのだ。


「……しかしヴラド。汝は東方正教会からカトリックへ改宗したと聞いている。まことか?」


「同じ神を崇めているのに何か問題があるのか? それにイスラム教に改宗したラドゥも公として認めたのだろ?」


「……うむ、分かった。よかろう。汝を公として認める」


 オクタヴィアンは少し驚いた。


 ヴラドは宗教を変えた!


 それは東方正教会の国であるワラキア国の人民の支持を全く得なくなるのではないか?


 以前のヴラド公の弟で、オスマントルコに下り、イスラム教に改宗したラドゥ公の場合はオスマントルコの後押しと、ヴラドをよく思っていなかった地元貴族達(父のコンスタンティンもそうだった)の後押しもあり、またラドゥ本人の柔らかい人柄が受けて国内の支持はかなり良かった。


 ただワラキア国にイスラム教が少しずつ入ってきたり、ワラキア国内の貧富の差がやたら出てきたりと、マイナスな面も出てきたが。


 しかし今回のヴラド公は以前の恐怖政治のイメージと、地元貴族の後押しもないのに同じキリスト教とはいえ、仲の悪いカトリックになったと知ったら、誰もついてこないのではないか?


 オクタヴィアンは不意にそう思った。

 

 でもまあいいけど。ボクこの人嫌いだし。

 あれ? ひょっとしてこの人数の少なさは、ヴラドを公にする事に反対な評議員がそこそこいて、単純に来ていないだけなのでは?

 じゃあ来なきゃよかったかも~……

 

 オクタヴィアンはそんな事を思いながら、儀式が終わり立ち上がるヴラド公を眺めていた。


 ヴラド公は一度大きく両手を上げて背伸びをしてた後、この場にいる全員の顔を見渡した。

 そして立ち会った五人の評議員にあいさつをし始めた。


「久しぶりだな。今日はありがとう」


 ヴラド公はそんな声を一人一人にかけている。


 遅れてやってきた上に、亡くなった父の代理でやってきたオクタヴィアンは、少しやましい気持ちで声をかけられるのを待った。


 そしてオクタヴィアンの番になった。


「君は……。そうか、オロロックのご子息の……。そういえば父君が最近亡くなったと聞いたよ。誠に残念だ。今日は彼の代理で来てくれたのだな。ありがとう。しかし……君、そんな頭だったか?」


 十二年振りに会ったヴラド公は、いきなりオクタヴィアンの頭をいじってきた。

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