第33話 意外な影
碧の太刀を受け止め弾き、孤里はにんまりと嗤った。たたらを踏む碧の喉へ向け、剣の切っ先を向けて、勝利を確信する。
「このままお前を足止めすれば、我が主は目的を達成する。精々、足掻けば良い」
「お前らを倒して先へ行く!」
碧は多勢に無勢であることを承知の上で、一直線に敵の中へと飛び込む。そして一斉に襲い掛かって来た武器を見切り、ある者の手の甲を石突で殴りつけ、ある者の鳩尾に同じ石突を叩き込む。更にぐらついた敵の後ろ方飛び掛かって来た男の斧の柄を、太刀を振ることで斬り飛ばした。
「ぐあっ」
「かはっ」
「き、さまぁっ」
キリキリと音をたてて弓につがえられた矢が放たれた瞬間、碧の太刀が矢を叩き落す。そして、碧は弓矢の使い手を蹴り飛ばした。
「……まだ、やるか?」
碧が立ち止まり、孤里に尋ねる。碧の周りには、呻きまた気絶した男たちが倒れ伏していた。一人などは手の骨を折られ、悲鳴を噛み殺してのたうっている。
「……何と、いうことだ」
それだけを呟くと、孤里は何も言えずに数歩後ずさる。十人以上いたはずの彼の部下は、今や一人も立っていない。あの大振りの斧を振りかざしていた巨漢でさえ、碧の足下で伸びているではないか。
「まさか、たった一人に全員がやられるとは思わなかった。あの御方の望みを叶えるのが、我らの使命であり願い。……それを、お前はどこまでも阻もうというのだな」
「お前たちが何を至高の存在と考えようが、俺には関係ない」
はっきりとそう告げ、碧はふっと息を吐き出した。緊張を解くことは到底出来ないが、この先を思うと気合を入れ直さねばなるまい。傷はまだ疼き、幾つかは開いているようだ。
背に冷汗が伝うが、それでも碧は揺るぎない瞳で孤里を睨みつけた。
「関係はないが、秘翠をそれに巻き込むというのならば話は別だ。……お前の主の居場所を教えろ。そこにいるんだろ、秘翠が」
「残念だが、教えることなど出来ないな」
「負け惜しみを」
吐き捨てる碧に、孤里は何故か不思議そうな顔をした。それから、何か思いあたったらしくクスクスと笑い声を出す。その孤里の笑みが不気味で、碧の顔が引きつる。
「何が、可笑しい?」
「ふふ、可笑しいに決まっているだろう? お前は我が手勢がこれだけで済むと本気で思っているのか。片腹痛い」
「悪いが、ここで油を売ってる暇はないんだ。通らせてもら……」
「無視する? そんな都合の良いことがあると思うのか?」
孤里が指を鳴らすと、洞窟の奥から多くの声が聞こえて来た。同時に巻き起こる砂煙は、碧にとって不利な状況が続くことを告げるサイレンと同じだ。
「まだ隠していやがったか」
舌打ちをした碧は、太刀を握る手に力を籠める。しかしその途端、腕に鈍い痛みが走った。
思わず太刀を摂り落としかけた碧だが、孤里がそれを見逃すはずがない。彼の「かかれ」という号令と共に三十名もの屈強な男たちが唸り声を上げた、まさにその時。
「何だ!?」
敵の一人が叫び、その恐怖心は周りへと伝染していく。彼らの周りには黒い霧のようなものが立ち込め、視界を奪っていた。
「何が起こっている?」
碧は孤里たちから離れ、状況を観察していた。碧を除き、その場にいる者たちが自由に動けないよう、幻の霧が撹乱しているようだ。その出どころは何処かと見回した碧は、不意に背中をドンッと押された。
「――っ!?」
「ここは任せて、先に行け」
「お前は、こんな所で立ち止まっている暇はないのだろう?」
「……ああ」
誰か、と誰何せずともわかる。碧は黒い霧の中にいるであろう思わぬ助力者に軽く頭を下げると、脇目も振らずに駆け出した。背後からは激しい戦闘音が聞こえて来るが、彼らほどの戦士ならば、難なく敵を倒し尽くすことだろう。
(まさか、鵺と茨に助けられる日が来るなんてな)
どういう風の吹き回しだろうか。碧は見当もつかないと内心嘆息しつつ、浪が助力をさせたのだろうと見当を付けた。
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