春夏秋冬カノジョ

松川スズム

第一話 ふたりぼっちの恋人

 高校一年生になって一週間が経った頃。

 同じくぼっちだった同級生の女子から屋上に呼び出され、人生初の告白というものを受けた。


「お、彼方おちかた、と、智輝ともきくん! ず、ずっと前から好きでした! よよ、よければ、わわ、私と、つ、付き合ってください!」


 彼女は顔を真っ赤にし、言葉を何度も噛みながらも、必死に想いを伝えてくる。

 こいつの名前は安曇あづみ四季子しきこ

 俺と同じクラスの冴えない女子だ。

 まあ、冴えないのは俺も同じなんだが。

 

 告白自体はもちろん嬉しい。

 だけど、疑問点はいくつかある。


「……告白してくれてありがとな。すっげぇ嬉しいよ。でも、こんな俺のどこを好きになったんだ? よければ、教えてくれないか?」

「ひ、ひ……」

「ひ?」

「ひ、一目惚れしました!」

「一目惚れぇ!?」


 おいおい、マジか。

 一目惚れで告白って本当にあるんだな。


 ……いや、納得するな、俺。

 俺が女子から一目惚れされるほどのイケメンじゃないことくらい、百も承知だ。

 やっぱり、どうも胡散臭いな。


「安曇、でいいんだよな?」

「う、うん。し、下の名前で呼んでもいいよ?」

「い、いや、遠慮しとくよ」

「そう……」

「そんなことはどうでもいい。なあ、安曇。お前もしかして、誰かに弱みでも握られてるんじゃないのか?」

「……どういうこと?」

「そのままの意味だ。誰かに弱みを握られて、逆らえずにこんなことをしてるんだろ? それか罰ゲームとかで俺に告白を――。……って、ん? どうしたんだ、安曇? なんで下なんか向いてるんだよ?」

「……ひどい」

「え?」

「わ、私は彼方くんのこと本気で好きなのに、そ、そういうこと……言うんだ?」


 安曇は顔を下に向けながら、声と身体を震わせていた。

 もしかして、怒ってるのか?


「わ、私がどれだけ彼方くんのことを好きなのか、い、今から証明、す、するから!」


 安曇は拳を握りしめながら、ずんずんとこちらに向かってくる。

 逆に俺は安曇の勢いに押されて、どんどん後ろへ下がっていく。

 そして、ついに俺は塔屋とうやの壁まで追い詰められ、逃げ場を失った。


「お、彼方くん、か、覚悟してね?」

「ま、待て、安曇! 疑って悪かった! あ、謝るから、それ以上近づいてこないでくれ!」

「ダメ、許さない」

「マ、マジでやめ――」


 安曇は俺の言葉を歯牙にもかけずに、目の前に立ちはだかる。

 それから、壁に手を突いて俺をさらに追い詰めた。

 そして、なんと安曇は俺の胸に自分の顔を埋めてきたのだ。


「あ、安曇? いったい何をしてるんだ?」

「怒りのあまり、彼方くんに頭突きをしてるんだけど? 悪い?」

「いや、なんでだよ!?」

「彼方くんの胸元ってなんか落ち着くね。それに、いい匂いもする」

「なっ!?」


 安曇は頭をぐりぐりと動かして、俺の胸元を堪能していた。

 何なんだこいつは。

 ちょっと頭がおかしいんじゃないか?

 しかしながら、女子にそれほど免疫のない俺に、この状況はかなりよろしくない。

 しかも、急に抱きつかれたせいで、俺の心拍数は絶賛上昇中だ。

 

 というか、この体勢はまずいだろ。

 こんなところを誰かに見られたりしたら、きっとバカップルだと勘違いされる。

 こんな変な女とくっつけられるのはごめんだ。

 

「ちょ、ちょっと離れてくれ!」

「嫌。絶対に離さないから」

「頼むから離れてくれよ!」

「……彼方くんが私のことをぎゅっとすれば離れてあげる」

「できるわけねぇだろ! つーか、あまり調子に乗るなよ!」


 俺は好き勝手している安曇を強引に引き剥がす。

 間髪入れずに、軽くデコピンを食らわせた。


「痛っ!」


 ようやく安曇は俺から離れる。

 まったく……まだ心臓がバクバク鳴ってやがるぜ。

 

「い、痛い……。彼方くんにDVされた……」

「こんなのDVに入らねぇよ。というか、そもそも俺たちはまだ付き合ってすらないんだぞ?」

「え? OKしてくれたんじゃないの?」

「お前、頭大丈夫か?」

「デコピンで傷物にされちゃったから、彼方くんはその責任を取るべきだと私は思います!」

「なんでそうなるんだよ!?」

「付き合ってくれなきゃ、学校中に『彼方くんに暴力をふるわれた』って吹聴するよ?」

「はぁ!? 今度は脅迫かよ!?」


 安曇はなぜかニヤリと笑い、またジリジリとにじり寄ってきた。

 その姿を見て身体が思わず身震いする。

 

「だから、ね。私と付き合ったほうが絶対いいよ」

「い、嫌だね。というか、近寄ってくるんじゃねぇ」

「……彼方くんは強情だね。それなら、私は最終手段を使わせてもらうとするよ」

「最終……手段……だと?」


 いったいどんなことをするつもりなんだ?

 そういえば、今はえらく饒舌だな。

 さっきまでガチガチに緊張していた人物とはとても思えない。

 

 ……決めた。

 また抱きついてきたりしたら、今度は本気のデコピンを食らわしてやる。

 さあ、かかってきやがれ!


「お願いします! 私と付き合ってください!」

「……え?」


 安曇が使った最終手段。

 それはなんと土下座だった。

 しかも、誰が見ても思わず感嘆してしまうほどの綺麗な土下座だ。


「お、おい、安曇。頭を上げてくれよ。さすがにそこまでしなくても――」

「私と付き合ってください!」

「だ、だから、そんなことをされても俺は――」

「私と! 付き合って! ください!」


 どうやら安曇は、俺がイエスと言うまでテコでも動かないようだ。

 それは、ひしひしと伝わってくる。


 まいったな、俺はどうすればいいんだ?

 ……そうだ。

 解決法を一つ思いついたぞ。


「安曇。付き合うのは無理だが、友達になるくらいならいいぜ」

「私は! 彼方くんと! 恋人に! なりたいの! 友達じゃ! 嫌っ! なの!」


 ダメだった。

 もう帰りてぇ……。


 そのとき、塔屋から複数の足音と声が聞こえてきた。

 こんなところを誰かに見られたりしたら、いろいろと問題になる。

 普段の素行が悪い俺のことだから、もしかすると停学になるかもしれない!


 そんなことになれば、お袋にも迷惑をかけちまう!

 早く安曇をどうにかしなければ!


「安曇! 友達だ! 友達でいいだろ!?」

「絶対嫌っ! 恋人! 恋人がいいの!」


 やはり、安曇は折れない。

 そうしてるうちに、だんだんと足音と声が大きくなる。


「じ、じゃあ、恋人になるかもしれない前提の友達じゃダメか!? それならいいだろ!?」

「嫌っ! 私は今すぐ彼方くんと恋人になりたいの!」


 これでもダメなのか!?

 こいつにこそ強情という言葉がよく似合うな!

 ああっ、もう足音がすぐ近くに――。


「わ、わかったよ! なればいいんだろ! いいぜ、なってやるよ、お前の恋人に! だから、頭を――」

「ありがとう! これからよろしくね! 智輝くん!」


 安曇は俺の言葉を遮って、また抱きついてきた。

 咄嗟のことだったので、俺はつい安曇を抱きしめ返してしまう。

 それと同時に、屋上に複数の生徒が現れた。


「おい、カップルがいちゃついてるじゃねぇか? 気まずっ」

「そういうの、学校ではやめてほしいよねー」

「あれ? あの抱き合ってる二人、彼方くんと安曇さんじゃない?」

「まじかよ。不良とぼっちが付き合ってるとか、そんなのあり?」

「逆にお似合いじゃねぇか。それより、気まずいから戻ろうぜ」

「そうだな。屋上を二人だけの空間にしてやるとするか」

「さんせーい」


 屋上にやってきた生徒たちは、校舎に戻っていく。 

 ……くそっ、散々な言われようだな。

 別に俺は何を言われようと構わない。

 だけど、安曇はきっとそうじゃないだろう。

 現に安曇は今、俺の腕の中で身体を震わせている。


「な、なあ、安曇? 大丈夫か? あいつらの言葉はあまり気にするなよ?」

「う、うへへ、好きな人と恋人になれちゃった。それに、ハグも……。私、今幸せの絶頂期にいるのかも」


 俺の腕の中にいたのは、とんでもなくだらしない顔をした謎の物体だった。

 前言撤回。

 こいつの心配をして損をした気分だ。

 これからこいつと付き合うことになるのか。

 ……前途多難だな。

 

 でも、なってしまったものは仕方ない。

 とりあえず、少しの間恋人を演じてやろう。 

 まあ、きっとすぐにこいつも俺から離れたくなるだろうしな。

 それまでよろしくな、安曇。






 

 よく晴れた休日の午後。

 俺は街中にある広い公園を訪れていた。

 今日はここで安曇と初デートをすることになっている。

 公園の桜は満開で、お花見デートにはちょうどいい。

 だけど、その分、人も多く賑やかすぎるのがちょっと欠点だ。


 そんなことを考えながら、俺は待ち合わせ場所である公園の入り口に立っていた。

 さて、そろそろ安曇との待ち合わせ時間だ。

 なんだか妙にソワソワしてきたぜ。


「彼方さん、ごめんなさい。お待たせいたしました」


 そのとき、安曇らしき声が聞こえてきた。

 しかし、周囲に安曇の姿は見当たらない。

 おかしいな。

 確かに安曇のような声がしたはずだが……。


「彼方さん? なんで無視するんですか?」

「……え?」


 俺の目の前には、春らしいお洒落な格好をした、見知らぬ女性が立っている。

 その女性はなぜか俺に声をかけてきたのだ。


「あの……すみません。どちら様っすか?」

「え……? ひどいですよ、彼方さん。わたくしの顔をもう忘れてしまったんですか?」

「も、もしかして、お前は安曇なのか!?」

「もしかしなくてもそうですよ。わたくしは安曇四季子です。でも、今の時期は安曇春風はるかって呼んでくださいね」

「はぁ!?」


 俺は目の前にいる女性を、安曇だと受け入れることはできなかった。

 彼女は、いつも学校で会っている黒髪の安曇ではなく、鮮やかなピンク色の髪色をした女性だったからだ。 

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