彫り師、世界を救う
次の日、目が覚めるとフクロウはいなくなっていた。
ちょっと残念だったけど、飼い主がいる子を引き止めるのは本望じゃない。
そして、いつものようにリリーが起こしに来てくれたが、今日のリリーはどこか様子がおかしかった。
「なんか元気がない様に見えるけど、どうしたの?」
「いえ、その様な事は……」
明らかに元気がない。
いつも活発なリリーが、今日は俯きながら口数も少ない。
言いたくないことを無理強いするつもりはないが、私に出来ることなら何とかしてあげたい。
「リリー、言いたくないことならこれ以上は聞かない。けど、誰かに話して解決するって事もあるのを忘れないで?」
私がリリーの肩に手を置きながら伝えると、リリーは泣きそうにながらも、ぽつりぽつりと話してくれた。
どうやらリリーには妹がいるらしく、その妹が最近恋をしているようなんだと。
「別にその恋を止めようとは思っていません。むしろ応援しているぐらいなんですが……」
「何かあるの?」
「えぇ……実は……」
リリーは言いずらそうにしながら口を開いた。
「妹には生まれつき鎖骨の部分に痣がありまして……幼い頃はよくそれが原因で虐められておりました。今は肌を見せない服を着て痣が見えないようにしているのですが、恋人が出来れば、その……夜を共にする事もありますでしょう?」
うん。察した。
要はリリーの妹さんは痣がコンプレックスで恋をしたくても中々踏み出せずにいる。
そんな妹をリリーはどうする事も出来ずただ見てることしか出来なくて、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。というわけか。
まあ、お互い好きで付き合ったなら痣ぐらいどうって事ないと思うけど、リリーの妹はその痣で虐められた経験があるから、尚更踏み出せないんだろうな。
好きな人に嫌われたくないもんな。
「うん。事情は分かった。リリー明日妹さん連れてきて」
「え?」
「私が何とかしてあげる」
ウィンクしながら伝えた。
◇◆◇◆
次の日、
「は、ははは初めまして聖女様。ミリーと申します」
リリーの妹ミリーは初めての登城と
姉妹という事もあり、リリーとミリーはよく似ていた。
同じ栗色の長い髪で同じヘーゼルの瞳。
私とは違う愛らしい姿に、思わず笑みがこぼれた。
「そんなに畏まらくてもいいから、こっちに座って。リリー、お茶を用意してくれる?」
私がリリーに伝えると、リリーは快くお茶の用意を始めた。
お茶の用意が終わると、リリーにも座るように促した。
リリーは困惑しながも、ゆっくり腰を下ろしソファーに腰掛けた。
「──さて、じゃあ、単刀直入に聞くけど、ミリー。貴方、痣が気にならなくなれば自分に自信が持てる?」
「えっ……?え、っと……そう、ですね……この痣が無くなることは無いですけど、出来れば……」
俯きながら消え入りそうな声で言っていた。
そんなミリーをリリーは優しく抱きしめて。
「私がその手段を知っていると言えば?」
「「えっ!?」」
「まあ、それには、ちょっと痛い思いをしてもらなきゃいけないし、痣の代わりに一生それが残るけどね」
私がミリーに提案したのは、痣に施術する事。
幸いな事にこの世界に来た時に、私の仕事用鞄も一緒に付いてきてくれた。
手の込んだものは無理だが、ワンポイントぐらいなら余裕でやれる。
それにそろそろ誰かを彫りたいと思っていたところだった。
そうは言っても、ちゃんとミリーの意見は尊重する。
嫌だと言えば私はそれ以上何も言わないし、やりたいと言えばミリーにはどんな柄が似合うのか真剣に考える。
──そして、ミリーが出した答えは……
「──……聖女様。お願いします」
真っ直ぐ私の瞳を見ながら言い切った。
そこにははっきりと決意が込められていることが分かる。
ならば、私もその思いに応えよう。
「オッケ。じゃあ早速だけど、痣を見せてくれる?」
するとミリーは恥ずかしながらもボタンを外し始めた。
ゆっくりと露になる肌に、直径5センチ程の青黒い痣が見えた。
(なるほど、これはコンプレックスにはなるな……)
とは言え、これぐらいの大きさなら何とかなる。
ミリーは可愛らしい印象だから、その印象を損なわない為に彫る絵柄は……
「よし、じゃあ始めようか」
ベッドに寝かせ、施術開始。
姉のリリーは心配そうにミリーを見守っている。
久しぶりに手にした施術道具に手が震える。
(……はっ、新人の頃に戻ったみたいだ)
自分に苦笑いしつつ、目の前のミリーの肌に手を添え、ひと針刺す。
ミリーは痛みに顔を歪めたが、何とか耐えているようだった。
ミリーが動かず頑張ってくれたおかげで、2時間ほどで施術は終わった。
「お疲れ様。終わったよ」
そう言って鏡を手に持たせ、痣を見てもらった。
「──……えっ……?綺麗……」
「今は彫り終わったばかりで赤くなってるけど、2、3日で赤みも消えるからもう少し映えるよ」
ニッコリ微笑みながら伝えると、ミリーの目に涙が浮かんだ。
因みに、私が彫ったのはガーベラ。
花言葉は「希望」「前進」
黄色が可愛らしく見ていて元気になれるその花はミリーにピッタリだと伝えると、ミリーは私に感謝の言葉を泣きながら言っていた。
「ありがとうございます聖女様……!!一生消えないと、恋愛すら諦めていた私にこのような……美しい……花を……」
最後の方は嗚咽で何を言っているのか分からなかったが、感謝されているのは伝わった。
リリーも泣きながらミリーに抱き合い、私に感謝していた。
そして、この事はあっという間に街に広まり私の元には身体に何らかのコンプレックスを抱えている者が集まって来るようになった。
その内コンプレックスではなく、ただ彫り物をして欲しいという者も集まってきた。
私はこの世界でも、名高い彫り師となった。
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