第26話 奮闘の三年生(1)


 マリエラたちは無事三年生に進級した。マリエラとソフィーはD組で同じクラス、ダニエルとロイも同じクラスだ。フィリップとヴァンは隣のC組、部活でよく会うオースティンはA組である。

 マリエラの妹、リリエッタもアカデミーに無事入学した。


 三年生にもなると、それぞれ希望する進路に向けて考える時期である。既に専攻を絞っている生徒も少なくなく、マリエラもそうだった。

 マリエラは魔法具および魔法式の開発に関わる職に就きたいと思っている。

 魔力量がそれほど豊富な訳ではないので、魔法士になれても限界があった。それとヴァンのための毒探知魔法具を作ろうとしたとき、単純に面白かったのだ。メリバENDになった場合に国外逃亡しても、食っていける職でもある。


 ダニエルは王立の魔法軍へ、ロイは政の道――たぶん諜報機関――へ、オースティンは魔法薬開発を専攻しつつ実家の商会拡大へ、フィリップは言うまでもない。ヴァンはフィリップの近くにいるのだろうが、実のところよく分からない。


 ソフィーは迷っているようだった。魔法士になる目標はあるが、どういった魔法士になりたいのか、適性が何なのか分からない。二年間の努力で基礎は固まったし、魔力量は凄まじく、可能性は未知数である。ただ、強みが分からないのだ。


(そりゃそうだ。ソフィーが自分の適性を……無二の才能に目覚めるのは今年のはず。それに、数百年に一人現れるという聖なる力だから、今の時点で誰も其れだとは思わない)


《災厄》を追い払うには、聖なる力が不可欠である。《災厄》が巡ってくるからこそ、聖人が現れるとも言われている。事実半分、御伽噺半分として伝わっているのだ。


(ソフィーが自分の力に目覚める事件は何だったか、思い出せない。三年生の、何かの授業中だった気がするけど)


 靄のような不安のなか、両手でかき分けて前へ進むソフィーを見てきた。もっと自信をもって大丈夫なんだよ、と祈りのような思いをマリエラは抱えている。




「お姉様ー! 可愛い妹がきましたわよ!」

 入学して数日経った放課後、妹のリリエッタがマリエラのクラスにやって来た。上級生のクラスに堂々と入ってくるとは、我が妹ながら凄い。

「わ~マリエラ様の妹さんですか? はじめまして、マリエラ様と同室のソフィーと申します」

「あなたがソフィーさんですか? 姉から話は聞いています! 聞いていたとおり、花の精のような可愛い方ですわぁ!」

「えっ、花の精……? マリエラ様、私のことそんな風に思ってくれてたんですか~?」

「はい、リリエッタ、とりあえず教室から出ましょう」


 ねぇねぇマリエラ様ぁ、と腕に巻き付くソフィーを連れてマリエラは教室を出た。妹はフフンと笑ってついてきている。もっと余計なことを言いそうだ。

 廊下を歩いていると、フィリップとヴァンに鉢合わせた。

「あっ! ヴァン様こんにちはっ!」


 リリエッタが喜色を上げてヴァンに挨拶した。いつの間に知り合ったのだろう。ヴァンは紳士然として微笑み、リリエッタに手を振ってくれている。

 フィリップはソフィーを見て朗らかに笑った。顔面に愛しさが溢れていて、ソフィーは照れて下を向いた。マリエラの胸のうちはムズムズした。


 気を遣ってくれたのであろうソフィーは部室に行くと言って別れ、マリエラとリリエッタは寮の談話室へ向かう。約百六十人が在籍する寮には談話室が三つほどある。暖炉や本棚、湯を沸かせる小さなキッチンがついていて、自由に使って良い。『薔薇の談話室』を使っている生徒は数名で、マリエラたちは窓際のソファ席に座った。


 リリエッタは可愛らしい妹だ。丸い目は大きく、大きな唇で笑う様子は天真爛漫である。無表情でいれば〝怖い〟と評されるマリエラとは似ていない。


「そんなに難しそうな顔しなくても。お姉様が心配してるようなやつじゃないから」

「なんのこと?」

「んもぉ! ヴァン様は別に憧れてるだけですから。お姉様と取り合ったりしません」

「いつ知り合ったの、とは思ったけど。どうして取り合うという話になるの」

 リリエッタには訝しげに見つめられた。「お姉様って」

「それにヴァンってかなりモテてるのよ。女の子にはとても優しいし」

「やっぱりモテるんだ」


 そう、ヴァンはモテた。誰より実力があり、顔も良く高身長。女の子は優しく扱いリップサービスもする。

ヴァンは拭いきれない影を纏っていて、それが妙に惹き付けられる。飛び抜けた才を持って生まれた故の孤独かもしれない。ふとしたときに、ドキリとするような瞬間がある。同じものを見ているのに、ひどく儚い憧憬を浮かべているときや、虚ろな瞳で空を見上げているときなど。

 アカデミーに入学するよりずっと前、初めてそれを見たとき。マリエラは心臓を掴まれるような心地がして、痛みすらあった。


「話っていうのはさ、アカデミー入学前に、母様たちから婚約者を決めないか打診された」

「……ほんと?」

「うん。とりあえず話は聞いてみようと思ってる。お姉様は? まだ何も考えてないの?」

「考えてることはあるわよ。それが恋とか結婚じゃないってだけ」

 敗北ENDの回避、メリバENDの回避もしくは逃亡である。恋とか結婚とかやっている場合ではないのである。


「ええ~? お姉様まだガリ勉一直線なの信じらんない。アカデミーに入ったら流石に変わると思ってたのに」

「考えてることが無事に済んだら、私だって考えるわよ……」

 バッドエンドを回避してようやく、マリエラはもっと未来を向ける気がする。

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