第15話 王立魔法学園生活、はじまる!(10)
「俺が言うのもなんだけど、こんな簡単に許すのもお人好しだと思うよマリエラ嬢」
「そりゃあ貴方が相手だからに決まってます。よく知らない生徒だったら叩き潰しますし、もしも大人だったら公爵家の力をもってして社会的に抹殺しますわ」
「あー……うん。俺のこと、信用はしてくれてんだね。そうだ、これあげる」
ヴァンがマリエラの掌に小さなものをコロンと落とした。親指の先二個分くらいの、金のピンバッジだ。表に返すと、藤の花の意匠でカラフルに色づけられている。
「きれい」
「この前、東の方に行く用事があって、気まぐれに入った店に置いてあった。藤の花を見るとマリエラ嬢かなって思うじゃん。だから。それ、七宝焼きとかゆーんだって。気に入った?」
やけに早口に言うヴァンに、マリエラはこくりと頷いた。
「受難の星があるマリエラ嬢のために、幸運をもたらすようなおまじないもかけといたから。まぁ、俺がかけたおまじないでも全然足りなさそうなんだけどさぁ。外さないようにしなよね」
そう言いながら、ヴァンはマリエラのブレザーの襟にバッジを付けた。金縁に、藤の紫色と若草色がつるりと光る。
「……ありがとう」
マリエラが心を込めて言うと、ヴァンは年相応の照れくささが混じる笑みをうかべた。
一限をサボり教室に戻ると、ソフィーとフィリップが揃ってうずうずニヨニヨと待ち構えていた。詳しく聞きたそうな二人には「仲直りしました」とだけ報告し、マリエラは自分の二限目のクラスに移動する。背後ではソフィーとフィリップがきゃいきゃいとはしゃいでいるのが聞こえた。あの二人、いつの間にか仲良くなっている。
その日の夜、ソフィーは少しそわそわしていた。ベッドカーテンを閉める前に、ひっそりと話し始める。
「ねぇマリエラ様。フィリップ様ってお優しい方ですね」
「そうかもしれないわね」
「私がマリエラ様によくしていただいているからですけど、気さくに話しかけてくださるんです。はじめのころは、王子様だし粗相があっちゃいけないってばっかり思ってたんですけど、フィリップ様は私が緊張しないように心を砕いてくださってて、それに気付いて、びっくりしたんです」
「そうねー。フィリップ様はそういう人よね」
「ヴァン様のこともすごく心配していたんですよ。恋とか愛とかはよく分からないけど、ヴァン様にとってマリエラ様は必要な人だって。二人は僕の幼馴染みだから仲直りできないかなって」
「わ、私も幼馴染み枠に入ってるの」
定期的に顔を合わせはしていたが、積極的に遊んだことはなかったため、少し驚いた。そんな風に認知してくれていたのか。
「王族の方々ってもっと偉そうにしてるんだと思っていました。だから私――この国の、王宮仕えの魔法士を目指したいなと思ったり……えへへ」
ソフィーは誤魔化すように笑った。王宮仕えは魔法士のなかでも最難関である。自分には無理だろうと思っているのだろう。
マリエラはソフィーの両肩をがしりと掴んだ。
「ソフィーさんなら、できるわ」
「えっ」
「あなたなら、できる。できるのよ」
「マリエラ様がそう言ってくださると、夢じゃないように思えてきます」
「夢じゃないのよ。努力すれば届く。一緒に頑張りましょう」
「……はいっ!」
マリエラとソフィーは固く手を取り合って誓った。
これから満月へと膨らんでいく、三日月の夜だった。
そして時は過ぎ。
梅は咲き、雪解け来る十二ノ月。
一年の最終月で、後期課程の終了日の今日、一年間通しての成績表を担任から渡される。マリエラの評価はS評価とA評価ばかりだ。
「マリエラ様あああ! わたし、A評価以上を半分取れました!!」
ソフィーが紙を広げ、満面の笑みでマリエラに見せてきた。B評価やC評価も見られるが、S評価も二つある。ちょうど半分がA評価以上だ。
「えっ! あら、本当……すごいじゃない、頑張ったわね! おめでとう!」
「これでマリエラ様からご褒美もらえますね!」
うふふふふ、と笑うソフィーは頬を赤く染めている。後ろの席にいるフィリップとヴァンが、楽しそうだねと混じってきた。
「予備知識もなく大変だったろうに、ソフィーさん頑張ったね。マリエラとは何か約束していたの」
「はい! ノルマ達成できたら、お風呂で洗いっこしてくれる約束なんです!」
ゲホッと、フィリップもヴァンも噎せた。ヴァンからは『なに約束してんの?』と心底呆れた様子でじっとり見つめられ、マリエラは視線を逸らす。
「約束しましたもんね!」
ソフィーだけが晴れ晴れと元気である。
「そ、そうね」
マリエラはそっと呟いた。
その夜。ウキウキした様子のソフィーに腕を引かれて寮の大浴場に行った。普段、シャワーのみで済ます生徒も多く、遅めの時間帯に行ったので利用している生徒は少ない。
まずマリエラがスポンジを泡立たせてソフィーを洗ってやった。次はマリエラが洗われる番だ。背中を向けると、なめらかな指の感触が直にきて驚く。
「えっ、ソフィーさん! スポンジは!?」
「私はスポンジよりも手で洗う派なんです~。マリエラ様、背中の肌もキレイ……マッサージもしてさしあげますね」
「別にいらな、アッちょっと! 胸触らなくていいから、コラッ! 揉むな!」
「ご褒美くれるって約束ですもん! マッサージは得意なんですよ!」
「こんなご褒美って聞いてない、ちょっと待ちなさい、変な動きしないのッ!」
「私の胸って大きすぎて可愛くないんですよね。マリエラ様のおっぱいは理想です~」
「嫌みなの!?」
ソフィーはおかまいなしにマリエラの胸などを揉んだ。同じ女性だからか、それともエロゲー主人公だからか、悔しいことにマッサージは上手い。
きゃあきゃあ言い合い、睦み合っているようにも見えるマリエラたちは無論注目された。お風呂に浸かりながらこちらを見ている生徒が、ごくりと生唾を飲んだ気がした。
(これ、絶対勘違いされる……!)
マリエラの予想通り、ソフィーとデキているのでは疑惑が流れた。同室だからまた怪しい。
こんなところでダニエル・カーターのメリバENDポイント――マリエラ百合ルート――が加算されてしまった。誤算である。
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