第4話 はじまり、はじまり(4)

 マリエラは十三歳になった。身長も伸び、体つきも女性らしく変わりつつある。数多の男性ユーザーを虜にした『マジラブ!』マリエラの姿に近づいていた。

 飽きずにガリ勉の日々を過ごし、家族たちもとうに慣れ、マリエラのアレは最早趣味か病気なのだと認知されるようになった。昼食会や茶会などの社交をきちんと済ませれば、小言を言われることもない。依然として六人目の王妃候補のままである。


「ねぇマリエラ。今度の御前試合、見に行くかい?」

「御前試合というと、二年に一度開かれる魔法騎士大会の決勝ですか?」

「そうそう。今年はね、マリエラと同い年の男の子が地方から勝ち上がってきてるんだよ。王立魔法学校は彼を奨学入学生にすると決めたようだし、魔法軍や魔法騎士隊も今から勧誘するみたい。名前は……ダニエル・カーター、だったかな」

 マリエラが持っていたスプーンは、朝食のスープの中にポカチャンと落ちた。

「マリエラ? スプーン落としたよ?」

「す、すみません。その、御前試合ですが、行きます」

(卒業後入隊ほぼ確定でのちの将軍候補とまで言われている奨学生のダニエル。たぶん、攻略対象キャラクターだ)



 御前試合当日。マリエラは水色と白のストライプ模様のドレスに、揃いの生地と麦わらで作ったボンネットを被った。ほんのり膨らんだ袖は二の腕まであり、肘のあたりから白いレースの手袋をはめている。

 シュベルト公爵家の観覧席は王室の方々と近い場所にある。フィリップ王子の両隣は妹姫とヴァンだ。近くに他の婚約者候補の姿はなかった。ということは、子女のなかでマリエラが一番近くに座ることになる。

(考えすぎかもしれないけど、イヤだ……)


「これより、ベルグラント王国魔法騎士武道会決勝戦を行います」


 御前試合は王国全土から勝ち抜いてきた強者たちしかいない決勝トーナメントである。闘技場内には精鋭部隊の魔法士たちによる結界が張られ、観覧席の安全は保証されている。よって、初戦から遠慮無しの白熱した戦いが続いた。

 渡されているのは木刀だが、風魔法を帯びれば簡単に腕を斬れるだろうし、火魔法を纏わせれば燃える魔剣になる。医療班もすぐ傍で待機しており、『四肢くらいならすぐくっつけるから安心してね。試合は敗北になるけど』と医療班長官が笑顔で挨拶していた。


「続いて注目のルーキー! 南東のカスタネット地方出身の十三歳! ダニエル・カーター! 王都に来たのは初めてだそうです!」


 司会に紹介され、彼は観覧席の四方にぺこりと頭を下げた。少し癖のある赤毛で、ふわふわ柔和な雰囲気をさせている細身の少年である。対戦者は魔法軍に入隊している二十歳の青年で、体格差が激しい。

 はじめ、の合図でダニエルの雰囲気が豹変した。獰猛な肉食獣の恐ろしさ、もしくは魔物を前にしたようなぞっとした感じが伝わってくる。全身に風魔法か肉体強化魔法をかけたのか、人間離れした動きで相手のところへ一瞬で跳び、防御する間も与えず連撃を打ち込んだ。

(絶対に、絶対にそう! あの攻略キャラだ――!)



〝ダニエル・カーター。魔法学校入学時から魔法軍の入隊が決まっている。ヒロインのクラスメイトで人気者。戦闘時のみ変貌する戦闘狂。友情ENDになりやすく、メリバENDにはなりにくい。敗北ENDはフィリップとソフィー共に死亡する。その場合、マリエラは複数の兵士たちに襲われているスチルがあるらしい。〟



(ム―――リ―――! フィリップもソフィーも死なせたくない。草加部籐子は『輪姦は地雷です』とルート攻略もしなかった。実際はどんなものかすら分からない!)


 マリエラは両手を頬に当てて悶絶した。そうやってダニエルを見つめていると、彼の勇姿にときめいているように見えなくもないが、実際は叫ぶのをこらえているだけである。



〝メリバENDの場合、マリエラは地方の修道院に送られることになる。そこは百合の楽園で、マリエラはお姉様や妹たちに夜な夜な可愛がられ、開発されていく。百合スチルが三枚もある。ダニエルのメリバENDは難しく攻略情報必須、隠れ人気が高いルート。〟



 マリエラ百合ルートはシナリオも気合いが入っており、分量もかなり多い。BADエンドの中で唯一、マリエラが幸せそうな顔をしているスチルである。ネットでは『マリエラたん正規ルート』『本当のハッピーエンド』など書かれていた。

(ダニエル、ソフィーとマリエラの百合を疑うんだよなぁ)


「君ってああいう男が好みなの?」

「ヒョエッ」

 すぐ隣で兄ではない声がして、マリエラは座席から飛び上がった。振り向くと黒い衣装に身を包んだヴァンがいる。なんとなく冷たい表情で見つめられていた。

「ヴァン様? あれ、お兄様は」

「トイレじゃない? てゆか俺の質問。マリエラ嬢の好みってああいう陽キャ?」

「イエ、別に」

「それにしては熱心に見つめてたけど」

「色々あるんですよこっちには」

「ふーん。まぁいいけど」


 剣呑な空気が滲んでいるのを感じるに、全然よさそうではない。

 マリエラは日差しよけに被っていたボンネットを脱ぎ、ヴァンを見る。


「何でそんなに不機嫌なんですか。ハッ! よもや、ヴァン様ともあろう御方が予選で既に負けたんですか?」

「んなワケないでしょ。俺は出場禁止されてんの、強すぎて」

「えー」

「これって魔法剣技で戦うでしょ。俺の場合ねぇ、『はじめ』の合図と同時に相手を地に伏せることができるから勝負にならない」

「……。強すぎでは?」

「俺って天才だからねー」


 眼下の戦いではダニエルが勝利をおさめていた。戦闘狂のように豹変していた顔つきが、ころりと柔和な少年のものに戻る。


「ああいうギャップに弱いの?」

「まだその話続いてたんです? あの豹変の仕方はむしろ少し怖くありませんか」

「彼も王立魔法学校に来るだろうね。俺は王子が行くから行かなきゃならないし、マリエラ嬢も来るでしょ?」

「はい。合格すればの話ですけど」

 そんなの余裕じゃん、とヴァンは口端を上げ、マリエラの膝に置いてあったボンネットを手に取る。リボンの部分に当てた彼の人差し指の先が光った。魔法だ。


「なんでだろーね。マリエラ嬢を見ていると藤の花を思い出すの」

 返されたボンネットには藤の花が二房飾られていた。ほのかに匂いがし、花がころころ垂れ下がるのも可愛らしい。

「その花、時間を止めておいたから長く保つと思うよ。じゃあまたね、マリエラ嬢」

「はい、また」


 すっと立ち上がったヴァンは元の席に戻った。

 マリエラは可愛らしくなったボンネットを見る。プレゼント、なのだろうか。お礼を言いそびれてしまった。ヴァンのいる席を振り返って視線をやるも、向こうはこちらを見向きもしない。彼が誰かからの視線に気付かない訳もないのに。

(ただの気まぐれなのかな。でも、綺麗)

 そしてすぐ、隣の席に兄が戻ってきた。

「ただいまマリエラ。ん? その帽子に花なんて付いてたっけ?」

「綺麗でしょうお兄様」


 ダニエルは齢十三歳の素人ながら、魔法騎士武道会ベスト十六まで残る快挙を成し遂げた。三年後、王立魔法学園に奨学生として入学することが決まる。

 残るメイン攻略キャラクターはあと一人である。



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