第4話


 お姉ちゃんの借りているアパートは僕の通っている高校からさほど離れていないところにある。すぐ近くに別の私立高校があって、そこで非常勤講師として働いているのだ。

 担当は英語で、僕もたまに教えてもらうことがある。

 お姉ちゃんの両親も通えなくもない場所に住んでいるけれど、大学生の時に一人暮らしがしたいと言って家を出た。アパートの場所は変わったけれど、それからずっと一人暮らしをしている。

 僕が玄関ドアを開けると、部屋の奥からお姉ちゃんが顔を覗かせた。

「あ……、巴ちゃん」

「来たよ」

 ひらひら手を振ると、お姉ちゃんは少し困った顔で曖昧に笑った。

 昔は家からお姉ちゃんの部屋に通っていたので料理のおすそ分けを持って行っていたが、お姉ちゃんが非常勤講師を始めて引っ越してからは学校から直接訪ねた方が早くなった。

 おすそ分けはなくなったけれど、代わりに僕が夕食を作ってあげたりしている。お姉ちゃんに任せていると栄養のあるものを食べなさそうだ。

 お姉ちゃんは、ずぼらだ。服は脱ぎっぱなし、洗濯をすれば洗濯機の中に洗濯物が残って生乾きのにおいをさせ、ご飯を食べると流しに食器を溜める。

 あるいは僕に甘えているのかもしれないと思ったこともあったが、しばらく放置していても平気で散らかしているので、僕がいなくなってもこの生活は変わらないのだろう。

「早く僕の代わりに片付けてくれる人を見つけなよ」

 呆れ交じりに言ったら、巴ちゃんと結婚する~っ、とか言ってくれていたのは去年の秋ごろまでのことだ。あんなことがあってから、流石に生々しすぎると思ったのか、そういう冗談は口に出さなくなった。

 忘れてください、とお姉ちゃんは言った。

 きっと昔の僕ならば、お姉ちゃんに頼まれたのなら素直に頷いただろう。うん、分かった、なんて、疑いのない目ですぐに忘れようと努めた。

 でも、今の僕はそうじゃない。

 だって、僕を捻じ曲げてしまったのはあなたでしょう?

「ねえ、止めて。お願い、許して……」

 お姉ちゃんは泣きそうな顔で懇願した。

 でも僕は止めなかった。僕が何をされたのか、あなたが僕に何をしたのか、その身体でしっかり憶えておいてもらわなくちゃいけなかったから。

 僕は指をかぎのように折り曲げてお姉ちゃんの中を刺激する。熱い壁を指の腹でひっかくようにして圧迫する。僕の腕を掴むお姉ちゃんの指に力が籠る。

 きっと初めは気持ちよくもなんともなかっただろう。

 僕は自分で触ったこともないへたっぴだったし、気持ちよくしてあげようというよりも、復讐してやりたい気持ちの方が大きかった。お姉ちゃんは罪の意識でただただ身体を固くして、僕のやろうとしたことをみんな受け入れてはくれたけど、気持ちまではどうにもならないようだった。

 僕はその行為を一回きりでは終わらせなかった。

 次も、その次も、お姉ちゃんの身体を僕の物にした。僕が部屋に来るといつも嬉しそうな顔で出迎えてくれたお姉ちゃんは、申し訳なさそうに、辛そうな顔をして僕を迎えるようになった。

「いらっしゃい。今日も来てくれたの。ありがとう。でもあんまり再度再度来てくれなくて大丈夫だよ。巴ちゃんもそろそろ入試でしょう?」

「脱いで」

 僕はその言葉には答えず言った。お姉ちゃんは息を呑んで、少し顔を俯けかけて、すぐに笑顔を作った。

「でも、ありがとう。今日は何を作ってくれるの?わたし、巴ちゃんの料理すごい好きだから……」

「脱いで」

 お姉ちゃんは僕が二度言ったことには逆らわなかった。

 僕は昔から要領のいい子どもだった。興味を持ったことは数度繰り返せばある程度形になる。何をしても僕より上はいたものだけど、どんな分野でも平均点以上は平気で取れた。勉強も、スポーツもそうだ。そしてそれは性行為においても同じだった。

 僕はお姉ちゃんの身体のありとあらゆる場所を知り尽くした。どこをどうすれば濡れて、どこをどうすればイくのか。

 十歳も年下の女の子に思う様にされるお姉ちゃんの姿は、とても情けなくて、かっこ悪くて、それがとてもよかった。僕の指で乱れるお姉ちゃんの姿を見るとせいせいした。

「お姉ちゃんの生徒って、僕より年上なんだっけ」

 お姉ちゃんの中に指を入れたまま、僕は言った。

 お姉ちゃんは行為の最中に仕事のことを持ち出されることをとても嫌がる。何も言わないけど、恨めしそうに僕のことを睨みつける。

 でも表情とは裏腹に僕の指を締め付ける力は強くなる。ぬとぬとがあふれ出してくる。

 それを指摘した時、お姉ちゃんは泣いた。悔しそうに、目の端からぼろぼろと涙を零した。ごめんなさい、と繰り返した。

 お姉ちゃんは子どもの頃から先生になりたかった。勉強して、資格を取って、けれど採用試験に落ちて、今の学校の非常勤講師になった。

 お姉ちゃんが僕を犯した日に、ちょうどお姉ちゃんにとって二度目の採用試験の合否発表があった。不合格だったそうだ。

 僕はお姉ちゃんが講師の仕事と塾の仕事を兼ねながら採用試験の勉強を頑張っていたことを知っている。僕にとってお姉ちゃんのために食事を用意したり部屋を片付けてあげたりすることは、その努力への応援だった。僕にも手伝えることがあることが嬉しかった。

 お姉ちゃんが試験に落ちたことは悲しいし、面接官たちには憤りを覚える。どうして僕に大切なことを教えてくれた人に、教師になる資格がないんだって。

 僕はお姉ちゃんに教師になることを諦めてほしくないと思っている。お姉ちゃんが僕にしたことを、僕はまだ許せていないけど、お姉ちゃんのことを嫌いになったわけじゃない。お姉ちゃんの努力には、結果が出てほしいと思う。

 でも僕の中には意地悪で陰険で、いつまでも昔あったことをほじくり返しては目の前に並べ直すことが趣味のとても性格の悪い奴が住んでいて、お姉ちゃんをイジメているとそいつがとても喜ぶ。

 そいつはお姉ちゃんが身体をわななかせたり僕を睨みつけたり泣いたりするのを見るのが大好きで、僕にとても嫌なことを要求する。大事な生徒の顔写真でも見せながら抱いてやれ、とか囁く。

 お姉ちゃんを抱いていると理性のたがが外れていくのが分かる。もっとひどいことをしそうになってしまうから、最近はあまりイジメるようなことを言わないように気を付けている。

 僕はぼんやりとして、いつしか少し乱暴にお姉ちゃんの中を掻きまわしていた。お姉ちゃんは僕の首許にしがみついて、耳元で小刻みに呼吸する。その熱っぽい呼気が僕を煽る。

 意地悪をしないで優しくしてあげるうち、お姉ちゃんは警戒を解いて僕に身体を委ねるようになった。最近じゃイった時に少し満足そうな顔をしたりもするので、自慰に都合よく使われている気もしないでもない。

 でもまあいいか。初めの復讐心は薄らいで、今じゃ僕だって、どうしてお姉ちゃんにこんなことをしているのか、自分でもよく分かっていないんだから。

 お姉ちゃんから熱い液体が噴き出して僕の手と袖口とスカートを濡らした。僕は驚いたけれど手は止めなかった。そんなことがあるかもしれないと、知識としては知っていたからだ。

 それからじきに、お姉ちゃんは僕の身体を一際強く抱きしめた。

 ことが終わると、僕は黙々と濡れたマットレスや服を洗濯したり床を拭いたりして片づけをした。お姉ちゃんはマットのはがされたフローリングの上にしょんぼりと正座して、ごめんなさい、と頭を下げていた。

「それより何食べたい?」

 僕はお姉ちゃんの誠意溢れる全裸土下座にはちらとも目を向けずに冷蔵庫を開いた。

 これからお姉ちゃんは塾の仕事へ向かう。ついぼんやりとしていつもよりやり過ぎてしまったから、もうあまり時間がない。

 僕は手ばやくパスタを茹でて和風の味付けをした。お姉ちゃんはそのにおいをかぐと少し元気を取り戻した。

 お姉ちゃんを見送ってから、僕はいくつか料理を作ってタッパーに詰めた。

 そうしてお姉ちゃんのために料理をしている時には、また昔みたいにお姉ちゃんにひどいことをしない自分に戻れる気がするのだ。


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