第16話 黙って聖女に怒られましょう
レリアンは馬の背でずっと泣いている。
「……っぐ……!」
妙な声を出した。嗚咽なのだろう。いまだソアさまの下で起きた出来事を咀嚼しきれず、そしてレリアンの申し出にふわっとした余韻を感じていたわたしは、振り返ってユシアさまと顔を見合わせた。
わたしの馬を先頭に、ふたりの馬を綱で結んで引き立てるというかたちで、わたしたちは街道を進んでいる。罪人がふたり捕えられ、連行されているふうに見えるはずだ。
<楽園>でソアさまの詳細な指示を受け、レリアンと、聖女さま……ユシアさまを「そんなかんじ」に仕上げた。ソアさまは笑って、いってらっしゃい、と手をふわっと振った。次の瞬間、わたしたち三人は、そこに立っていた。
なんとなく見覚えがある場所だった。革命軍の城から歩いて半日ほどの地点。王都と、城を結ぶ街道のちょうどなかばだ。そこにわたしたちは現れた。三頭の馬とともに。どんな理屈か、どういう神式の作用か、見当もつかない。わたしがあの日使った跳躍、次元転換すら、きっとソアさまには児戯に等しいのだろう。
ともあれ、ユシアさまにはたいへん申し訳なく、またレリアンには……まあ、なんとなく似合う気がする、罪人を引き立てる体裁で、それぞれ馬にのせた。
レリアンもユシアさまも、後ろ手に縛られている。わたしが縛ったのだ。
だれがみても罪人とわかるように、捕縛を意味する紋様をふたりの周囲に浮かび上がらせている。けっして逃れられない戒めを受けている、無抵抗である、ということを示すためでもある。
さらにいえば、レリアンは戦闘でうけたような傷を制服なり身体中にあらわしている。ソアさまが仕掛けた<影>の世界での戦闘では傷はつかなかったが、「それじゃあ面白くない」と、ソアさまが今回のために……おそらく、楽しまれながら、レリアンに斬撃神式の雨あられを降らせられたのだ。
馬に乗せるまえ、すでにレリアンは泣いていた。
「こんな……こんな仕打ちがあろうか……親父に顔向けできん。術師団のほまれ、英雄とまで云われた親父が……俺のこんなありさまをみたら……うう」
わたしは振り返ってため息をついた。<楽園>で見せた俠気、ソアさまに負けない強い眼差し、わたしを護ると言ってくれた唇。彼は、どこに行ってしまったのだろうか。
「そろそろあきらめて。ソアさまのお考えだから……それにほら、周り見て。あなたのそんなすがたは誰も見てない」
腕を広げて周囲を示す。少し離れた場所で近隣の村人が数人、こちらをみてひそひそと話していた。
「……見てる……! 見てるじゃないか……! ああ……祖先の墓の前でこの腹を……っ!」
「お静かに」
ユシアさまが白いフードを目深にかぶったまま、レリアンのほうを見ずに、小さな声を出した。
「もう何度も申し上げました。すべてはあるじの思し召し。エーレさまをお扶けしたいというあなたの声を、あるじは拾い上げてくださったのです。飲めぬというのであれば、わたくしとエーレさまだけでことは足ります。お里へお戻りくださいませ」
レリアンが黙る。呼気が得られないかのように真っ赤になる。なにかの料理のようだな、とわたしは思った。ロアの酒場でみた……ああ、タコの煮物。
「あえて目立つように、見せ物のように街道をゆく。エーレさま……エルレアさまが、わたくしたちを王宮攻撃の下手人として革命軍に引き立てるというかたちで。そうすれば革命軍も正面切っての攻撃はできません」
ユシアさまの声は、小さいが、透き通って、沁みるようにわたしたちに届く。なんらかの神式なのだろうか。
「ただ、王宮の術師を連行したとなれば、それは革命軍が王室のものを引き立てたのと同じ意味となります。いくさに繋がりましょう。それが故に、我があるじはあなたを解雇なさったのです。あくまで一時的な措置です。おわかりになりませぬか」
「わかってる! わかってるが……あんまりではないかっ!」
「必要な処置と理解いたしました。そしてわたくしもおなじように縛られております。ですが、わたくしはあるじを信じております。あなたは、いかがですか」
レリアンが黙る。
さっきからずっと、ユシアさまとレリアンはこんな調子だ。ふたりは<楽園>でなんどかやりとりしたことがあると思う。とはいえそれほど親しく、あるいは逆に犬猿の仲となるほどの機会もなかったはず。なのに、ユシアさまはレリアンに冷たい。非常に冷たい。まったく理由がわからない。
一方で。
「……エーレさま。お考えの邪魔になるようであれば此の者、わたくしの一存で会話が不可能なように」
「いえいえいいです、ぜんぜん大丈夫です、大した考え事してませんから」
わたしは大きく手を振った。
「そうですか……これから大きなお役目を果たされる御身、わたくしにできることがあればなんでもお申し付けくださいませ。わたくしは、そのためにここにおりますから」
「あ、ありがとうございます……ユシアさまこそ、馬の騎乗ははじめてでしょう。お辛くありませんか」
ユシアさまがわずかにわたしをみて、すぐに顔をそらせた。照れているように見えた。
「わたくしは、聖女に選ばれるまえは街で暮らしておりました。馬は慣れております。それより……ユシアさま、は、おやめください。敬語も不要でございます。ユシア、とお呼びください」
それを聞き、黙っていたレリアンがくちを開く。
「……ではユシア、聞きたいことが」
「わたくしは聖女ユシア! 術師に呼び捨てにされる覚えはない!」
小さいが早口で、怒気を込めてユシアさま……ユシア、が言い切った。レリアンは、う、おぅ、と妙な声を出した。
「で、ではユシアさま、なぜ<主人>、ソアさまは、我々を目標の……<ウィズスの瞳>のすぐそばに送り込まなかったのでしょうか。相手の目の前に現れて、すぐさまエルレアが<証>を使えば、ことは終わったのではないでしょうか」
「……ほんとうにこの人が、エーレさまの……?」
小さな声でユシアが呟いたが、たぶんわたしの耳にしか入っていない。聞こえないふりをした。ユシアがレリアンの方を向いた。この行程で、はじめてではなかっただろうか。
「あなたは術師団の精鋭でしょう。なんども戦場を潜ったのでしょう。状況も見えない、どれだけの罠があるかもしれない場所にいきなりぽんと置かれて、あなたは対処できるのですか。エーレさますら、女神のちからを御身に受けられたエーレさまですら危うい敵です」
「……だ、だが、道行きの間にエルレアが急襲される恐れも」
「こちらにどんな手があるかわからないのは相手も同じです。おそらくいま、こちらを監視しているでしょう。すでに、わたくし……聖女が同行していることも把握しているはず。うかつには手を出せません」
「……もうひとつ、<証>……<ゼディアの瞳>をわざわざエルレアが持参することは危険では……たしかに相手のちからの源、<ウィズスの瞳>を壊すこともできますが、逆にこちらが壊される恐れも」
ユシアはふかいため息をついた。
「当然です。それをわかったうえで、それでもあるじは、すべてを終わらせるためにエーレさま、エルレアさまに賭けたのです。それすらわからないのですか。あなたが受けた術師団の訓練はそんなに緩いものだったのですか。状況も読めず攻守の神式もあいまいで聖女の攻撃すら防げない。もういつまでも大人しく馬の背で泣いていなさい」
「ゆ、ユシアさま……ユシア、そのくらいで」
ユシアは、ふたたび涙ぐんでいるレリアンからわたしに視線を移した。
「あっ、申し訳ございません、エーレさま。あまりにこの者が」
「……レリアンはほんとうに強いよ。わたしがもらった神式……爆裂終局神式っていったかな、あれも彼が作ったんだし。きっと、わたしたちを護ろうと」
「エーレさまはわたくしがお護りいたします。余人の手は不要にございます。特に、その者の手は」
わたしは、とりあえず黙ろうと決心した。
馬はかなりゆっくり進んだが、中天にあった陽が少し傾いたころには、革命軍の城を間近に望む場所まで到着した。ロアやコンが待っている町は、ここから見れば右手のほうにしばらく進んだところにある。寄って行きたい、顔をみたい気持ちが湧いたが、我慢する。
ちらほらと、革命軍の兵士、術師たちのすがたを見るようになった。革命軍の統治領域にはいったのだ。警護の任につくものが町々の角に立っている。
そのうちの一人がそばの同僚に言っているのが聞こえた。
「……おい、あれ……あねご、エルレアの姉御じゃないか?」
「えっ……あっ、そうだ、まちがいない、姉御だ」
「だって姉御いま、お尋ねものだぞ。なんでこんなところに……」
「わざわざ捕まりにきたのか……?」
聞こえないふりをしようかと思い、しばらく耐えたが、だめだった。
「……そこの! 姉御っていうな!」
◇
第十六話、今日もお付き合い、本当にありがとうございます。
いつも感謝しております。
ユシアさま、こわいですね。
いろいろと。
今後ともエルレアを見守ってあげてください。
またすぐ、お会いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます