第6話 目上は大事にいたしましょう


 革命軍の城はもともと、この地方のふるい行政府である。


 城というより、三階建てほどの堅牢な石造りの建物が密集する小さな町と表現したほうが適切かもしれない。背丈の倍ほどの石垣がぐるっとまわりを囲んでいる。山あいの地形を巧みに利用して構築されており、行政長である王室の執政官はここを砦と呼ぶことも多かった。


 昔から王室や富豪たちが避暑地として訪れていた土地柄であり、冷涼で安定した気候とこの地方独特の土質がゆたかな恵みをもたらした。背後に擁する峰からの清流は水量が豊富で途切れることがない。神式にたよることなく工業製品を生み出すことができるのは、この地方の最大の特徴といってよかった。


 そうした風土から生まれた独立の気風が、この土地を革命の起点たらしめた。長年にわたって国内各地で蓄積されてきた王室へのちいさな不満は、固定化された体制の逆転を狙う地方領主たちを媒介に、この土地で結晶した。


 執政官を弑し、革命を宣言した初期の指導者たちは、しかし各地の協力者たちとともにわずかひと月たらずで制圧された。革命の準備は長い時間をかけて慎重に進められ、その戦力もけっして侮るべきものではなかったが、王室の術師団のちからとは、そういうものだった。


 それでも、革命、は続いた。やがて革命軍を名乗ったその勢力は、新しい指導者をたて、この城を拠点に各地の不満分子を集めつづけ、いくさの準備を継続した。ときおり、王室や地方都市の拠点に向けて兵を出し、術師団と交戦し、たがいに一定の損害を出して退却した。


 王室側は、これを追わなかった。この城を殲滅しようとはしなかった。現場の術師の中にはこれを良しとしない者もあったが、王室の指導でもあり、いかに劣弱な革命勢力といえども追い詰めてはなにをするかわからない、という理屈に正面を切って反論することも難しかった。背景になんらかの、正義や悪といったことがらとは無縁の意図があると感じるものも多かった。


 そうした「穏やかな」革命の日々が数年続いたある日、あの事件が起こったのである。


 「先刻から皆さまお集まりです。どうかお急ぎください」


 ジェクリルの少し後ろを歩く若い兵が泣き出しそうな声を出した。


 「本日は評議会の皆さま全員おいでです。議長もいらっしゃってます」


 「知ってるよ。普段から退屈な日々を送っている年寄りたちだ。少しくらい頭に血をのぼらせてやった方が刺激になっていいだろう」


 「そ、そんな……」


 かつての執政官執務棟は、この城を構成する建物の中でももっとも大きく、部屋数も多い。広間では三百人からの会議を開催することもできる。ジェクリルはいま、その広間に向かって長い廊下を歩いていた。


 その由来から、この棟は軍事施設としては開放的に過ぎる構造を持ち、廊下にもいくつもの切り窓が設けられている。そこから入り込む初夏の残照が、ジェクリルの肩にかかる跳ねた赤毛をより鮮明に、炎のように染めている。


 若い兵はいまにもジェクリルの袖口を掴んで走り出しかねない様子である。気にする風でもなく悠然と歩き、やがてひとつの大きな装飾扉の前に立った。


 城の警護の兵と評議会の護衛者がなんにんか並び、扉を守っている。城の兵は左右に分かれ道を開けたが、護衛者は胡散臭そうな顔をするだけで、動こうとしない。城の兵は彼らを睨んだが、手出しはできない。革命軍と評議会とはそういう関係だった。


 「ジェクリルだ。呼ばれている」


 声をかけるとやっと少し身体をずらしたが、ジェクリルが扉に手をかけた瞬間に足を出した。城の兵が息をのむ。つんのめって大広間に転がり込むか、体制を崩してなさけない登場となるか。ジェクリルに大きな恥をかかせる意図なのは疑いなかった。


 ジェクリルの姿が一瞬、暗くかすみ、歪んだように見えた。次の瞬間、その護衛者は後方、先ほどジェクリルが歩いてきた廊下に転がっていた。壁に打ち付けられたらしく、気を失っている。他の護衛者たち、城の兵、いずれも声を出せない。振り返りもせず、ジェクリルはそのまま扉を押し開けた。


 広い部屋の中央に、一方が開いた四角の形に並べられたテーブル。十人ほどが着席し、ジェクリルの方を一斉に見た。いずれも豪奢な服装であり、背後にひとりずつ護衛をつけている。年齢も体格もばらばらだが、共通しているのは、ジェクリルを見る目の険しさだった。


 「なにをしていた。評議はとうにはじまっておるぞ」


 中央奥に座っていた小さな老人が苛立った声を出した。


 「申し訳ありません、議長。やるべきことが多いものですから」


 まったく感情のこもらない声でジェクリルが詫びると、議長と呼ばれた老人は装飾品だらけの枯れ枝のような指で彼を指さした。


 「今回のことより優先すべきことなどあろうはずがなかろうが! 本当にわかっているのか、王宮だぞ、王宮が焼け落ちたのだぞ! 貴様らの手のものによって!」


 「全部焼け落ちたとは聞いていません。一部の建物が溶解した程度だと」


 こともなげに言うジェクリル。議長の声が裏返る。


 「貴様っ……自分がなにをしでかしたのか理解しているのかっ! 協約違反ではすまんぞ、王室に直接被害を出してしまったのだ、もはや交渉すらできないかもしれん、そうなったらこの城も……いやそれどころではない、われわれ評議員だって直接、王室の術師団に狙われることになるのだぞ!」


 「我々は革命軍です。王室に狙われるのは当然です」


 「こどものようなことを言うな!」


 議長が投げたグラスは、意外にも正確に長い距離をとび、避けようともしないジェクリルの肩に当たって破砕した。かけらがジェクリルの頬を傷つける。しかし、血は滲まなかった。


 「では、やはり君があれをしかけたのかね」


 興奮してしゃべれない様子の議長のあとを引き継ぎ、左のテーブルのいちばん手前にいた白い短髪の初老の男が口を開いた。端正だが質素な服装がかれの性格を示しているように見えた。


 「……いいえ、あれは事故でした。なんらかの原因で作戦に用いた魔式部隊ぜんたいが催眠のような状態になったようです。そのために制御が効かず、なにかのきっかけで魔式の暴発につながったと見ています。原因を技術者に探らせていますが、なにもわかっていません」


 「魔式部隊。誰の部隊か」


 「雇い軍師のエルレアです。彼女が育てた術者たちでした」


 「エルレアか。名を聞いたことがあるな。あらゆる種類の神式を使いこなすとか……その者が事情を知っている可能性が高いな。いま、この城にいるのか。呼べるか」


 「ここしばらく城に顔を出していません。あの日も、我が軍には同行していなかったと聞いています」


 「では、いまはどこに」


 「わかりません。生きているのか、死んでいるのか」


 「すぐに捕えろ! 引き立ててどんな手を使ってもいいから聞き出せ! だれか黒幕がいるのか、我々になりかわって革命で甘い汁を吸おうという輩がいるのか……決して許さん! 絶対に聞き出すのだ!」


 ふたたび喚く議長。甘い汁、という言葉に、一同はきまりの悪そうな顔で下を見た。ジェクリルは肩をすくめて、横についていた若い兵になにかをつげた。兵はうなづき、小走りに出ていく。


 「……国内の不満分子を革命軍に集約することで管理を容易にし、国の安寧維持に寄与する。われわれ商人団は君たち革命軍を陰から支援し、王室との連絡を取り持つかわりに、神式の独占使用を許諾される。恥じるべき枠組みとは思わないが、胸を張って公言できるものでもない。そんな現状を嫌うものも王室に増えているという」


 短髪の老評議員が、議長の失言を救済するように言い換える。


 「だからこそ、今回のことは慎重に扱いたいのだ」


 ジェクリルはしばらく黙っていたが、諦めたような表情で頷き、席を指さした。


 「座ってもよろしいですか」


 そのあと陽が落ち、月が中天にのぼり、そしてふたたび太陽が顔を覗かせようとする時刻まで、大人たちの会話が続けられた。王室への申し開き、損失の補償、それを評議会……商人たちの誰が負担するのか、そして誰を罰するべきか……。ジェクリルは最初から最後まで、精神をどこかに置き忘れてきたという表情で座っていた。


 ◇


 第六話までおつきあいいただきありがとうございます!

 ほんとにほんとにうれしいです!


 ジェクリルつよいですね!

 次こそ(多分)あの夜、にたどり着きます。


 あなたもエルレアに会いたくなってきたなら……

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 今後とも、わたしのエルレアを見守ってやってください。

 またすぐ、お会いしましょう。

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