境界線

美里

境界線

兄からラインが来る。今夜食事に行かないかと言う。私は少し考え込む。

 これくらいならいいだろう。これくらいなら普通だろう。これくらいなら怪しくはないだろう。

 そこまで考え、兄に了承の返事を返す。

 兄からは嬉しそうな返信がすぐさま返ってくるけれど、私は疲れてしまってそれに目を通しもしない。

 ただの兄妹。

 そう見えることしかしない。してはいけない。

 その枷をお互いに課してから、もうすぐ一月になる。

 その前、私と兄は、二人きりで暮らしていた。今、兄は、退院してきた母と暮らしている。私は家を出て、一人暮らしをしている。

 二人きりで暮らしていた一年余、私と兄は兄妹ではなかった。けだものみたいな暮らしをしていた。

 食事だけならいいだろう。

 食事だけなら。

 もう二度と、母を精神科送りにするような真似をしてはならない。

 もう、二度と。

 一人暮らしの狭い部屋。ベッドに身を投げだしたまま、私はきつく目を閉じ、追いかけてくる過去から逃れようと身を硬くする。

 兄の匂い、兄の体温、兄の汗、兄の肉体のすべて……。

 思い出してはいけない。求めることなど以ての外だ。それでも記憶は私を離してくれない。

 食事をするだけ。

 当たり前の兄妹でも、時たま食事を一緒に摂るくらいのことはするだろう。

 そう念じて記憶を追い払おうとしても、記憶も不安感も遠のいてはくれない。

 一度道を踏み外した。それを知って、父は家を出た。母は精神科に入院した。私達は、二人きりになった広い家で、獣みたいに交わった。

 あの家にはもう戻れない。自分の部屋のベッドと兄の部屋のベッドだけではない。台所、風呂場、玄関、廊下、その他どこにでも、私と兄の体液が染み付いているようで。

 兄は、どんな顔をして母と暮らしているのだろうか。

 あの家で、狂った母と。

 私は逃げ出した。退院した母とは一度も顔を合わせることなく。

 兄は、一人で暮らしたいと家を出た私を、微笑んで見送った。

 肉体を交わしていないときは、いつも兄はそうやって微笑んでいた気がする。2つ歳の離れた妹に対する兄の態度にふさわしく。

 肉体を交わしているときの兄は……。

 思い出してはいけない。

 そう呻いても、脳みそが勝手にあの頃の兄を描き出す。

 あの一年間、昼夜の区別すらなく交わったあの頃の兄は、さながら野生の肉食獣のような目をしていた。

 

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