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北の塔(その1)
自分がリアンである、と名乗り出たのはその場のとっさの判断であったから、それがどこまで押し通せたものかはギルダにも分からなかった。
しかしウェルデハッテで身柄を拘束されて以降、途中の宿場で手配された鉄の格子のついた護送馬車に乗せ替えられ、それに揺られてまるで家畜のように運ばれていく中で、王都にたどり着くまでの間にあらためて自身の身柄について云々される機会はなかった。
しかしまさか、このような形で再び王都に舞い戻ってくる事になろうとは、思いもよらぬ成り行きであった。王都の城門で手続きのためしばし滞留があった他は、寄り道することなくまっすぐに監獄へと運ばれていったギルダであった。
だが……さすがの彼女も、自分がどこに運ばれていこうとしているのかを知ったときには、動揺を隠せなかった。
馬車は王宮前の広場を迂回し、人目を避けるようにぐるりと回り道をして、王宮の北の一角を目指していく。かつてギルダは、娘リアンを伴ってその場所の近くまで訪れたことがあった。
そう、やがて見えてきたのはかつてユーライカが収監されていた、あの北の塔だったのだ。
「下りろ!」
到着するなり、馬車の戸口が開かれ、横柄な口調で怒声を浴びせられた。
馬車から下ろされた彼女を、兵士たちが物々しく取り囲む。いずれの兵士も険しい表情で彼女を油断なくじっと見やっていた。馬車から塔までわずか数歩の距離ではあったが、この機を逃せば牢獄に厳重に閉じ込められてしまうのだから、一縷の望みをもってここでやみくもに駆け出す者もいないわけではないのだろう。おかしな素振りを見せないかどうか、兵士たちは彼女の一挙一動を油断なく警戒していたのだった。
着の身着のままに連れられてきた彼女はここまでの時点ですっかり薄汚れてしまっていた。道中はわずかばかりの食べ物だけが与えられたのみで、替えの衣服があったわけでも、沐浴を許されたわけでもない。人造人間である彼女が人間のように通常の飲食を必要とするわけでは無かったが、食べなければ怪しまれるので、粗末な食事でもここまでは律儀に平らげてきた。
ここまでの扱いは実に粗雑なものであり、リアンがこのような目にあわされていたかもと思えばギルダであっても腹立たしさが込み上げてくる。だがいざ連れられてやって来たのがあの北の塔であることが分かると、彼女は内心のさざめきをどのように抑えればよいか分からなくなるのだった。
今の彼女にとって事実を客観的に捉えるのは難しくはあったが、かつてのユーライカ姫と同じく北の塔に送られたという事は、一応はそれなりの身分にある者として扱われているという事のようだった。
だからか、砂ぼこりにまみれた彼女の姿をみるなり、身柄を引き渡された監獄の側の担当の獄吏はため息をついた。
「……リアン・アルマルクに相違ないかね?」
「相違ない」
「かつてのアルヴィン王兄殿下のお子として現国王の御代に仇なす逆賊である、というのがそなたにかけられた嫌疑である。……しかるに、王兄殿下のご落胤という事であればどうしてこのようなひどい扱いであったのか。当官の立場から苦言を申し上げるのもどうかと思うが、道中、粗相があったなら申し訳ない」
「収監に至った経緯は腹立たしくは思うし、道中の人を人とも思わぬ扱いにも不満はあるが、諸兄らもお役目であろうから、ここで繰り言は言わぬ。……それにアルヴィン王子のご落胤という件については否認する。私が庶出という事であれば、ここまでの扱いについて諸兄らが責を問われる事では無かろう」
「ふむ……だが、現時点の嫌疑は嫌疑だからな」
獄吏はそういうとギルダ……もとい、リアンを別室に通した。そこには給仕姿の女官が数名控えており、ギルダはそこですっかり湯で清められることとなった。
無論、ある程度の身分ある女性に相応しい扱い、という事でもあっただろうが、髪飾りの一片に至るまであらゆる所持品を確かめる意味もあっただろう。義足を除いてここまで身にまとっていた衣服も、洗濯すると言われたまま没収されてしまった。
「脚が悪いというのは聞いていなかった。牢は上階になるが、階段は登れるかね?」
「義足が没収されなければ、問題ない」
「牢に収監したのちにはそれもこちらで預からせてもらう。牢から出て歩いてもらう必要が出れば、その都度返却いたす」
細工をして刃物のたぐいを忍ばせたりという事も彼らは警戒しているのかもしれなかったから、これも反論は出来なかった。
「……構わぬが、壊してくれるなよ」
ギルダはそのように念押しした。
やがて身支度が整うと、彼女は上階の牢へと案内された。
塔は堅牢な石造りの建屋で、外壁と同じ厚みの石壁で屋内を区切り、硬い木材を強固に組んだ重い扉に頑丈な鉄の錠を下ろしてしまえば、通常の人間の膂力で扉や壁を破るのはまず不可能に思えた。ギルダであっても、その重い扉を破るのは簡単ではなさそうだった。
貴人のための収監施設とあって室内は案外清潔で、寝台なども粗末な板の台ではなく、狭苦しいながらも職人の手になる調度品が置かれていた。意外に傷が目立つのは単に経年の変化とばかりも言えず、狭い明り取りの窓などからどうにかして抜け出そうとした痕跡なのかも知れないし、あるいは鉄鎖などで身体の自由までも取り押さえられた人々がかつていた証なのかも知れなかった。午後の日の高いうちであったが、石積みの壁はひんやりと冷たく、窓の狭さゆえの薄暗さも相まって、実に寒々しい一室であった。
椅子はなく、彼女が寝台に腰を下ろすと、先の説明の通り義足を没収する旨が告げられる。ギルダは渋々自分で義足を外し、案内の者に差し出した。
「……一つ、気にかかっていることがある。質問してもよいか?」
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