結婚式(その1)

 夕刻になってリアンがハイネマン医師の邸宅に戻ってきて、ギルダやアンナマリアと久方ぶりの再会を果たした。手紙には書き切れなかったメルセルの事、その両親に出会った事、家族や商会の人々との挨拶も交わし、アルマルク商会の商売についても説明を受けたこと――リアンはギルダに相槌を打つ間も与えぬほどに夜中までずっと喋り通したのだった。

 そしてそれから数日ののち、かねてから準備が進められていた、メルセルとリアンの結婚式が執り行われたのだった。

 式の準備を進めていた間もアルマルク商会の方はいつも通り日々の商いの諸々もあり、結局は親族が全員集まる当日が都合がよいであろう、という話になって、ギルダがメルセルの家族と対面したのは本当に結婚式当日の、式直前のことであった。

「本来であれば式よりもずっと前に一度ご挨拶すべきであったが、当日となってしまった点については申し訳なく思う」

 ギルダがそのように不慣れな挨拶の言葉を放ったが、メルセルの親族はただ呆気に取られたまま、ギルダをぐるり取り囲んでじろじろと眺めまわすばかりだった。

 その一族の態度を顧みて、一つ咳払いして一歩前に出てきた初老の男が、メルセルの父クロードであった。

「これは、申し訳ない。私はクロード・アルマルク。アルマルク商会の代表で、メルセルの父にございます。商いを生業とする我らが初対面の客人を相手にこのように失礼な態度を見せるなど、本来はあってはならぬ事。何卒ご容赦いただきたい」

 丁寧に頭を下げたその男に、ギルダはとくに感慨も無さげに……それでも深々とこうべを垂れたのであった。

「リアンが私をことをどう説明したのか……その説明の仕方次第では、皆さまが驚いたり、不審に思われたりするのはやむを得ないかも知れない。むしろ氏素性も不確かなわが娘を嫁に受け入れていただけて、私からは感謝の言葉しかない」

 ギルダはそう口上を述べ、傍らで得意満面なリアンを見やり、その隣でこわばった表情の青年――花婿であるメルセル・アルマルクを見やる。彼は明らかに、ギルダを前に緊張して棒立ちになっていた。

「母と聞いてやってきたのが私で、花婿殿も困惑しておられるようだな」

「……あなたが、リアンのお母さんなんですよね? お姉さまではなくて」

「リアンに兄弟姉妹はいない。正真正銘、リアンの母はこの私だ」

「ああ……いえ、リアンから話には聞いてましたが、やはり実際にお会いすると奇妙なものですね」

 ぎこちないメルセルの言葉に、ギルダはあらためて一同を見回した。

「リアンは私の事を、貴殿や商家の皆様になんと説明したのかな」

 この問いには、花婿であるメルセルが応えた。

「内戦のおり、軍の士官であったと。……魔導士で、かの魔法使いクロモリの弟子であったと」

「そのクロモリが作った人造人間だとは、言わなかったのか?」

 人造人間、という言葉がギルダ当人の口から出て、メルセルはあからさまにぎょっとした表情になった。

「もしかして、初耳だったか?」

「……いえ、人目もありますし誰かの耳に入ってはと思いまして。リアンとも、人前で話題になった時はそのようにしておこうと口裏を合わせておりました」

「なるほど」

「ですがご本人の口からそのように言われれば、やはり驚きはあります」

 結婚式当日の花婿をそのように動揺させるのも気の毒だ、とギルダが思ったか思わなかったかは分からないが、彼女はあらためて、青年の隣に立つおのが娘を見やった。

 式を間近に控えて、純白の花嫁衣裳に身を包んだ彼女は間違いなくこの日一番に輝く主役であった。何と言っても王姉ユーライカの装束の数々を仕立てる職人を擁するアルマルク商会の、その跡取り息子の結婚式であるから、その花嫁もまた必要以上に華美を誇らぬまでも、端々まで職人が丁寧な細工を施した晴れやかな装束に身を包んでいたのだった。

 まるで彼女自身が咲き誇る花々のように、あでやかな笑みを振りまいていた。そんな娘に、ギルダが苦言を漏らす。

「……リアンよ、そなたも何も正直に告げずともよかったのではないか」

「だって、事実そうなんだから仕方がないんじゃないの」

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