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謁見(その1)
二通の書状はさらに一通の封にまとめられ、リアンには単に医師に宛ててとだけ告げて持たせた。
王都へと送り出されたリアンは、ハイネマン医師のところにまずは身を寄せ、彼女の手から医師へと手紙が渡される。そこに記された内容を、リアンはその場で初めて聞かされるのだった。もし彼女が自身で望むなら、王都で何かしらの学び口なり働き口なりを見つけられるよう、ユーライカにお願いする旨手紙には書き記したこと。もし姫に断られた場合、ハイネマン医師のもとで下働きでもなんでもよいので、面倒を見てほしいというのが、彼女の母親が寄越した書簡の主旨であった。
「先生、ギルダが無理を言って申し訳ありません」
「いいよ、アンナマリア。君らには村の診療院を任せきりだし、それに姫殿下にはこの学校を設立するにあたり陰に日向に何かと助力をいただいているから、お目通りいただく事は無理でも、離宮にお伺いしこの手紙を託すことぐらいは出来るだろう」
王都のハイネマンの私塾は、ユーライカの住まう離宮にほど近い、街の東側の丘陵地帯のたもとにあった。元は古い修道院だという建物を格安で譲り受け、そこに若者を集めて日々の指導が行われていた。学び舎ばかりでなく建物の一角には併設された小さな診療所もあり、ここで学んだ若い医師や、ときにはハイネマン自身が近隣の住民を診ているのだという。何かと人手も足りていないという話で、手伝いに来てくれるなら大歓迎だ、とハイネマンは笑った。
ともあれそのような次第で、リアンは医師に付き添ってもらう形でユーライカの離宮を訪れる事となった。
内戦ののち国を復興するに辺り政治家としての立ち振る舞いをおのれに科したユーライカは、あの視察行から十数年を経た今も、独り身を貫き離宮住まいを続けていた。かつてユーライカがギルダと初めて対面した同じ離宮に、今度はリアンが訪れるのだった。
相手は王族の姫であり、本来は誰もかれもが気安く会いに来られるような相手でもないのは当然として、離宮の門を潜るところからして誰しもに許されているわけではなかった。だからギルダがその書状をハイネマンに託したのは実に正しい判断だったと言えるだろう。
ハイネマン医師が若者たちを指導している学校は、私塾ではあったが王宮からの援助で設立されたものであり、具体的な日々の運営について事細かに報告が求められていた。ハイネマンはまず担当の係官に面会を求め、その係官を通じその書状を王姉ユーライカに託したのだった。
「……預かるのは構わぬが、姫殿下にお渡しすることまでは確約できぬぞ? お付きの女官に渡し、その女官の判断で破棄されるやも知れぬ」
「構いません。したためた本人もその事情は承知のことと思いますので」
ハイネマンがそのように挨拶し、傍らのリアンはその日は引きつった笑顔でただ無言のまま会釈するに終わった。
手紙はユーライカ本人には渡らないかもしれない。とすればリアンが母からいいつかった役目はそこで終わりだった。とはいえその場合はハイネマン医師の元で下働きせよとも言われているので、王都での生活をこれから始めるのだと思うと、胸が躍るやらただただ不安やらで、どうにも落ち着くことがなかった。
ただでさえそのような調子であるのに、それから数日が経って、ハイネマン医師の元に離宮からの使者がやってくるに至って、リアンは早くも卒倒しそうな思いだった。
「……先日の手紙の件でおまえに面会したいそうだ」
「姫殿下が、ですか?」
「いや、おそらくはお付きの女官のどなたかではないかと思う。手紙の真偽も含めて、私ともどもいくつか事情を尋ねられる事になろう」
そのように説明してくれたハイネマン医師と二人、迎えの馬車に揺られ再び離宮を訪れる。
だがこれに関してはハイネマンにも一つ勘違いがあった。彼らに面会を求めてきたのはお付きの女官などではなかったのだ。
「姫殿下が直接お会いになられます。くれぐれも失礼のないように」
そう言われて二人が通されたのは、かしこまった謁見の間などではなく、ごく私的な応接の間だった。
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