ロシェ・グラウル(その2)
「ギルダ。念のため聞きますが、村に留まるという先の言葉、もう一人の人造人間を討ったことで気が変わったりはしていないでしょうね?」
「何故そのようなことを私に聞く?」
「姫殿下はどうあってもお前を連れて帰りたいと申された。だが姫殿下に仇を為したのも同じ人造人間、仮に王都へ連れてゆけばお前の処遇を巡っては多くの意見が出るでありましょう。そこで結局処刑すべし、などと結論が出てしまっては、お前に力添えしたいという姫殿下の思いには応えることにはならない」
「その事情は分かる。私のために姫殿下を煩わせるのは私の本意ではない」
その言葉に、シャナン・ラナンは意味ありげにギルダをじっと見やる。その表情は、次に紡ぐべき句を実際に口にしてよいかどうか、迷っているようにも見えた。だが彼女は結局、用意していた本題を切り出した。
「……姫殿下から、お前宛にお手紙を預かっております」
そう言って、彼女は一通の書状をギルダに差し出した。
見た目にそっけない無地の封筒だった。軍隊でも伝令に使われるような水濡れに強い厚手のもので、旅先で取り急ぎしたためられたものだという事情が窺い知れる。封蝋の印璽は王家のもので、まさしくユーライカの手になるものに違いなかった。
シャナン・ラナンの手からそれを受け取ったものの、ギルダはその封を開けることなくじっと見つめるばかりだった。
「……読まないのですか?」
「手紙、と言った。命令書ではないのでしょう? これを受け取って、私はどうすればよいのだろう」
「殿下が友人として、お前に伝えたいお心を言葉につづったのです。しかと受け止め、殿下のお心と、お前自身の心に背かぬようふるまえばよい」
「人造人間の私に、心など」
「こたびお前が姫殿下の御為に身を挺したその働き、それはお前に姫殿下への思いがあればこそ。まさに心あるものの働きと私には見えましたよ」
シャナンはそのように言い残すと、席を立った。
「お前が目覚めるのを待って、その書状を渡せと、姫殿下からはそのように仰せつかっております」
返事をもらってこいとは言われていないので、と言い残してシャナンは別れの言葉を残し、部屋を後にしていった。
外に控えていたアンナマリアが入れ違いに入ってきて、取り残されたギルダを見やる。その手に書状をもったまま、封蝋の印をただじっと無言で見つめていた。
「……開けないの?」
「開けて、いいのだろうか?」
「外で聞いてたけど……返事をもらってこいとはシャナン様には言わなかったとして、やはり書いたからにはギルダに読んでほしいのではなくて?」
アンナマリアの言葉に、ギルダは恐る恐る封を破って中の書状を取り出す。丁寧に畳まれた便箋を開いて、その文面に目を落とした。
「姫殿下ご自身の肉筆だ」
ギルダはそう言ったきり、紙面を凝視し黙り込む。邪魔をしてはいけないとは思ったが、好奇心の方がつい打ち勝ってしまった。
「ね、何が書いてあるの?」
「恐れ多くも、姫殿下が私に詫びておられる。……人造人間が刺客として姫殿下を襲撃するという、われらが最初にお伝えした話、姫殿下はこの私が王太子派の残党として、命じられるがままに姫殿下を襲うつもりでいるとお考えになられていたようだ。そのような考えを持ったことを、わざわざ私に詫びてくださっている」
「……」
「そのような事を、詫びる必要などないというのに」
「それだけ?」
「こたびの働きに報いるため、いつでもよいから王都に帰ってこい、と」
これだけの怪我を負い、必死でユーライカを守るべく奮闘したのだ。それをこのように認められてさすがのギルダであっても多少は誇らしく思ったりもするのか、と思ったが、どういう顔をするのかと見ていても彼女の表情は晴れなかった。
「姫殿下のため盾となり剣となり、その身を命に代えてお守りする……そのようにお誓い申し上げたのだ。その通りのことをした、それだけのことだ。むしろあの場でロシェの部隊が駆け付けなければ、どうなっていたか分からないくらいだ。このように傷も負って、姫殿下に大きくご心配をおかけしてしまった。……不甲斐ない話だ」
不思議な事をおっしゃるものだ、と他人事のように呟くギルダであった。
高貴な人の手になる、しかも他人宛の書簡を横から盗み見るのは良くないことだとは思ったが、ちらりと視界に写ったびっしりと記されたその文面は決してギルダが今しがた語ったような二言三言で済む内容ではなかっただろうが、肝心のギルダがもらした所見がたったそれだけと知ったら、姫殿下もさぞや落胆なさるのではないか、とアンナマリアなどは思うのだった。ともあれ、書いた者と読んだ者、それぞれの内心など第三者である彼女が窺い知れるものではなかったのだが。
そうこうしているうちに、もう一人ギルダの目覚めを待っていた客人が、その場に姿を見せた。
「……シャナン殿が出ていくのが見えた。疲れているかも知れないが、少し話せるかな?」
「ああ、ロシェ。わざわざ来て下さったのね」
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