彼女の役割(その1)

 ウェルデハッテは峻嶮な森林地帯のさなかにあるとはいえ、距離的には王都からもほど近い位置にあった。

 王都から主街道を迂回して北上しようと思えば、途中から旧街道へと逸れていく形となり、やがてはウェルデハッテへとたどり着く。いくさの影響で王国内の主要な街道のそこかしこは荒廃しており、平時に増して人の往来は増えていた。

 だがあくまで山間を行く道なので、軍隊のような大集団が素早く移動するのは難しい。細く伸びた旅団が村を通り過ぎていくたびに負傷者をぽつり、ぽつりとそこに置いていき、診療院は途切れることなく運び込まれる負傷者の対応に大わらわだった。

 いくさ場の行軍の中で受けられたのはあまりに簡単な手当だけで、まずは汚れた包帯を解いて傷を拭き、清潔なものに取り換える。傷が悪くなっていれば薬膏を塗り込み、いよいよ具合の悪いものはハイネマン医師が診察をする。

 ギルダも見よう見まねでこれに借り出される。人造人間だからこうやれと指示を受けた事に関してはひたすらに黙々とこなしていく。そうは言っても足の悪いギルダが怪我人から怪我人へと次々と見て回るには手際よくとは行かなかったし、中には軍服姿ではないギルダを見て、それが戦場で暴れまわっていたあの魔女だと間近で見やってようやく気付いて悲鳴を上げるものもいたりなどして、なかなかうまく処置をこなしていくのは難しかったが、それでも人手が足りないのだからしょうがない。

「薬が足りないわね……」

 そのように慌ただしく過ごす中、アンナマリアがそのようにこぼす。

 実際、薬に限らず何かと必要な物資は不足していた。ハイネマンやアンナマリアが民衆救済のため働こうというのは立派ではあったが、誰かに雇われてしている事ではないから給金が出るわけではなかったし、必要なものを買いそろえるだけの潤沢な資金があるわけではない。だが中立を謳ってはいてもそこで救済されるのはおもに農民のような下々の民草であるから、ロシェ率いる農民軍は何くれと村が必要とする食糧や物資を用立てては送り届けてくれていたのだった。

 が、それもやはり限りはある。アンナマリアはハイネマン医師とも相談し、王都から撤収してくる部隊が通りがかるたび物資の不足を訴えるが、かれらとて元々は着の身着のまま戦場に駆けつけた農民たちで、どの部隊もが必要なものを潤沢に持たされているというわけではなかった。不平を言える立場ではないのは分かっているが、怪我人を続々と村に送り込んでくるのもその農民軍なのだから、仕事は増やされるのに物資の補充が滞るようでは愚痴の一つも言いたくなるのは仕方がなかったかも知れない。

 だが、そんな彼女のもらした不平を耳にしたギルダが、唐突にこんなことを言い出したのだった。

「薬なら、薬庫があるではないか」

 不意のギルダの言葉に、アンナマリアがなんですって、と声を上げる。

「……ちょっと待って。薬庫というのは何? どこの話をしているの?」

「ここの僧院の話をしている」

 何故アンナマリアも知らないことをギルダが知っているのか。アンナマリアはもう一度、なんですって、と声を上げると、一体どういう事かとギルダに詰め寄った。

 問われたギルダの方はと言えば、涼しい口調でこのように答えたのだった。

「歩く練習をするのに、僧院の外をあまり出歩いては駄目だとお前が言うから、私は合間をみてはこの建物の中をあちこち歩いて回ってみたのだ。物置に、鍵のかかった大きな棚があっただろう?」

 彼女のいう物置というのが、僧院の建屋の奥手にある雑多に荷物を詰め込んだ小屋の事だと思い至るのにしばらくかかった。礼拝堂に並んでいた長椅子の一部などを元々物置として使われていたであろうその一角に押し込めたのだったが、どうもそこの話をしているらしい。だがそのような棚などあっただろうか?

 疑問に思ったアンナマリアは、たどたどしく杖をつくギルダを無理に急かして、大慌てでその物置小屋に駆け込んだ。

 薄暗い屋内を見回すと、確かにその隅に大きな戸棚があるのが分かった。

 まったく気に留めてなかったが、確かにこの戸棚自体は最初からここにあったものだった。しかしアンナマリアが開けてみようと引き手に指をかけたところで、そこに大きな錠前がついているのが見えた。無駄と知りつつ手前に引いてみたが、やはり戸は動かない。

「……鍵がかかっているのに、どうして中身が薬だと分かるの?」

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