第20話 決断

タウレッド王国、首都・トレード市

円卓同盟専用コンドミニアム

2025年3月某日 早朝5時頃



ドリアン・グレイはベットで考え事をしていた。

隣の植田緑は目をつぶって、寝ているようだった。


グレイは1890年に母国のイギリスでノートルダムにスカウトされた。

元々不思議な力の働きで永遠の命と若さを手に入れた彼には血清を飲むのも、

接種するのも必要がなかった。


何より不可触民パリヤと呼ばれている男の【恩恵グレイス】を受けなくて心底良かったとさえ思っていた。


彼は基本的にまだ人間ウォームだったが、どんなダメージを受けても、

その回復力と治癒力は人間ウォーム離れ、スーパー人間ウォームレベルだった。


「どうしたの、ドリアン?」


寝ていたと思った緑が聞いてきた。


「何でもない、考え事していただけ。」


「何を考えていたのか教えてね、ドリアン。」


緑は上目づかいでドリアンに甘えてきた。


「気にしないで、緑。後少しで夜明けだよ、新人者ニューボーンの君にはまだ危険だよ。夜までここにゆっくり休んで。」


「知りたいよ。教えてね、ドリアン。」


ドリアンは甘える彼女のことを可愛いと思った。

あの大きな目、これからもずっと見たいとも考えた。

もっと一緒にいたいとも思った。ずっと昔から失った気持ちがまた芽生えたと感じた。


「色々さ、円卓同盟に入ったこと、エージェントやっていることとか。」


「不満なの、ドリアン?」


「違うよ。気にしないで、それより君のことが心配なので夜になるまでここにいてくれ。」


「わかった、ここにいてあげるね。」


「ありがとう緑。」


全裸の彼女がベットから立ち上がった。


「ちょっとお手洗い借りるね。」


欲をそそる笑顔でドリアンに言った。


「ああ、待っているよ。」


緑は速足で部屋から出ていった。


ドリアンは彼女に黙っていたが、円卓同盟を抜ける方法を考えていた。

ノートルダムに悟られることなく、抜けたかった。

幽閉されたヴィクター・フランケンシュタイン博士を見て、更にその思いが強くなった。ヴィクターとは数回、隠れて相談していたので自分が彼のようになるのは時間の問題とも思っていた。


抜けて、逃げるのなら、緑を連れていきたいと思っている自分がいるのは驚いていたし、会って数日の彼女が大きな存在となったのは認めざる得なかった。


ドリアンはまだ知らなかった。後数分で抜ける決断をしなければならないことを。


突然マンションの玄関ドアが壊され、数人の男たちが入ってきた。


ファング小隊プラトーンのマフムード少尉と数時間前に入隊したばかりのエドワード・Cシー・バーク、6人の一般転化人インヒューマン戦闘員が突如寝室に入った。


「何事だ、マフムード少尉!!私の家に何の用だ!!」


怒りと驚きで裸のままでベットから飛び跳ねたグレイが怒鳴った。


「円卓同盟に対する裏切り行為でドリアン・グレイ元監査官、あなたを拘束する!」


レバノン人のマフムード少尉が怒鳴り返した。


「裏切ってないぞ!!」


「絶対君主のノートルダム会長のご命令だ!!抵抗するな、裏切り者、ドリアン・グレイ!!」


「貴様!!マフムード!!」


「バーク軍曹、裏切り者を捕まえろ!!」


色白で強烈な外見と大きな目のエドワード・Cシー・バーク軍曹は笑顔を浮かべてグレイに近づいた。


寝室に更に2人の隊員が入った。あのプエルー出身の兄弟だった、ペドロとパブロ。

銃で抑えながら、全裸の植田緑を拘束していた。


「ドリアン!!」


緑が泣いていた。


「彼女を放せ!!俺は大人しく従うから緑を放せマフムード!」


ドリアンは必死に訴えた。


「円卓同盟への裏切りを認めるんだね、グレイ元監査官?」


マフムードはサディスティックな笑顔で質問した。


「ああ。俺はどうなってもいい、彼女を放せ。」


マフムード少尉は大きく笑いだした。


「彼女は元々拘束してないですよ、グレイ元監査官。」


グレイは驚いた顔で少尉を見た後、緑に目を向けた。


彼女も笑っていた、そして抑えてたはずの兄弟は彼女の横で下着と着るものを渡していた。


「どういうこと、緑?」


グレイは絶望を感じながらつぶやいた。


「おバカさんだね、ドリアン。私はあなたの監視役なの。」


こんな状況でも植田緑の笑顔がまぶしく、欲をそそるものだった。


「ノートルダム会長は次にあなたが裏切るとわかっていたので小島さんを通じて、任務を請け負ったよ。」


服を着た緑が優しい声でドリアンに伝えた。


「最初から全部嘘なの、ドリアン。」


残酷なほど優しいトーンの声で緑更に追い打ちをかけた。


緑は2人の兄弟を見た。


「これが終わったら、3人で楽しみましょうね。」


兄弟の兄の方、緑のお尻を鷲掴みにし、振り向いた彼女の唇にキスした。

弟の方が、丸めていたドリアンの肖像を取り出した。


「燃やしますか、少尉?」


「はい、燃やせパブロ。」


マフムード少尉が笑顔で命令した。


グレイは悟った、彼らは捕まえにきたのではなく、殺しにきたことを。

グレイが叫んだ。


「どうなるか楽しみにですね。」


兄弟の兄、ペドロが笑いながら言い放った。


肖像が燃えだした。

緑はドリアンがこの肖像を毎日見ていたのは知っていた。

現実の若い彼と絵の中の若い彼、その肖像はドリアンの命だった。


肖像は燃えて、灰となった。

ドリアンは滅びてなかった。


マフムード少尉がドリアンを見た。

ドリアンは素早く、彼の顔を殴った、抑えようとするバーク軍曹の腹部に蹴りを入れて、窓の方へ逃げ出した。


「全員、裏切り者を撃って!!」


鼻を抑えながらマフムード少尉が命令した。

全員が撃ちだした弾丸はドリアンの体、壁とグラスに当たった。


蜂の巣にされても、壊れた窓からバルコニーに出たドリアンはコンドミニアムの最上階から飛び降りた。

35階分を一気に落ちた彼はコンドミニアムの入り口前でぐにゃぐにゃの体となった。


上から見ていたマフムード少尉が命令した。


「早く下りて、捕まえろ!!裏切り者を逃がすな!!」


緑を含む全員、グレイの部屋を出て、急いで階段とエレベーターで下りて行った。


裸のグレイが再生されていた。


「痛かった。」


独り言をつぶやいて、ゆっくりと立ち上がった。

まさかの予備計画を使うと思わなかった。本気で植田緑のこと好きになりかけた自分が情けなった。


ドリアンの本当の肖像は数日前にヴィクターの息子、アダムを通じて、教会のラザロ枢機卿のところに送られた。今、教会の総本山で厳重警備されていたはず。


ドリアンの体は再生されたが、痛みが激しく、ゆっくりとしか歩けなかった。

コンドミニアムの入り口にマフムードたちが着いた。


「逃げられんぞ!!裏切り者!!」


断絶オーファン系統レガシー長寿者エルダーのバーク軍曹が怒鳴った。



その時、赤いランボルギーニ・ディアブロが突如コンドミニアムの入り口広場に入ってきた。

助手席のドアが開いた。


「乗って、早く、ミスター・グレイ!!」


金髪の若い神父が運転していた。

グレイは飛び込んだ後、ドアを閉めないまま、ディアブロは猛スピードで走り出した。


「見苦しい恰好で申し訳ないな、神父さん。」


「気にしないでください、ギリギリのところでこちらこそ、申し訳ございません、ミスター・グレイ。」


「お互い様さ、神父さん。」


「私の名はランカスター・メリンです、あなたを救出するため派遣された、守護神鬼族ガーゴイルの戦闘員。」


「ありがとう、助かった。」


「アダムさんのおかげです。彼がノートルダムの能力スキルの隙間を見つけたおかげです、ミスター・グレイ。」


「ああ、確かにメリン神父。」


「残るのは国を抜け出すだけですよ。」


「抜けられるか、メリン神父?」


「教会に誓って、必ず抜けますよ、ミスター・グレイ。」


グレイは少々落ち込んでいた。緑のことは本当に好きだった。

赤いディアブロは高速道路に入り、フランス方面へ走り出した。



コンドミニアムの入り口に残ったマフムードたちは夜明け前にワトソン重工の本社に戻った。

会長の厳しいお叱りが待っていたことは全員知っていた。そしてそれが最大の恐怖だった。

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