訳あり王子の守護聖女

星名柚花@書籍発売中

01:崖から落とされました

 ――拝啓、七歳の私をエレスト神殿に置き去りにして男と逃げたお母さん、お元気ですか?


 私は戸籍も持たない下民なので、神殿での扱いはあまり良いとは言えないものでした。


 どんなに働いても労いの言葉一つもらえず、意地悪な巫女見習いや巫女に虐められ、雑用ばかり押し付けられる日々。


 十三歳になってからは最前線での救助活動を命じられ、私は戦闘に巻き込まれて死ぬかもしれないという恐怖と戦いながら大陸中の戦場を回りました。


 アンベリス王国、ロスタリア帝国、オーラム共和国――ベルニカ大陸にある三国全てに行き、『戦場の天使』とか『放浪巫女』とか呼ばれたんですよ。


『放浪巫女』はともかく『天使』は恐れ多いですし、何より恥ずかしすぎるので止めて欲しかったですが。


『天使』というあだ名のせいでとんでもない美少女を期待されるのか、初対面の人に露骨にガッカリされる悲しみがわかります?


 ともあれ。

 二年後にようやく帰国を許され、エメルナ皇国に戻って平和な日々を送っていると、魔物との戦闘で重傷を負った皇太子様が神殿に運び込まれてきました。


 表向きは『公爵家の赤薔薇』と讃えられるローザ・ブレア様が癒したことになっていますが、本当は私が皇太子様を癒しました。


 二年間、死に物狂いで癒しの奇跡を使いまくったおかげなのか、私のほうが序列第二位の巫女ローザ様よりも神力が強かったようなのです。


 ローザ様は「手柄を横取りする形になってしまってごめんなさい」と真摯に謝罪してくださいました。

 

 まさしく天使と呼ぶに相応しい超絶美少女に頭を下げられて、許さない人間などいるわけがありません。


 決して口外しないと約束した私に恩義を感じてくださったらしく、その日からローザ様は私を気にかけてくださるようになりました。


 ローザ様の部屋に招かれ、二人で談笑しながらお茶を飲むこともありましたし、時にはローザ様の代わりに私が負傷者の怪我を癒すこともありました。


 ローザ様が注意してくださったおかげで周りの人間から理不尽に虐められることもなくなり、私はとても幸せだったのです。


 それから三ヶ月後、皇太子様とのご婚約が決まったローザ様が神殿を出てお城へ行く前日のことでした。


「今日が貴女と過ごす最後の夜になるから、二人きりでお喋りがしたいの。ウィアネの花がちょうど見ごろだから一緒に見に行きましょう」とローザ様に誘われて、私たちはエレスト神殿にある転送魔法陣――『瞬きの扉』を使い、知る人ぞ知る花畑へ行きました。


 隣国アンベリスとの国境である山の中腹で淡い光を放ちながら咲き誇るウィアネの花は実に見事で美しく、私はローザ様と花を愛で、思う存分に語り合いました。


 そしてローザ様に誘われるまま崖縁へ行き、夜空に浮かぶ丸い月を眺めていると。


 どん、と背中を押され――そのまま私は真っ逆さまに転落しました。





 ――人は死ぬ間際、これまでの人生を振り返ると聞くけれど、本当にそうだったらしい。


 意識を失っている間、失踪した母に手紙を書く夢を見た。


 自分を捨てた母のことはもうなんとも思ってなかったはずなのに、死に際に思い出すなんて、心の奥底ではやっぱり寂しかったんだろうか。


 姉と慕った人には崖から突き落とされたしね。


 私は『家族だと思った人』から裏切られる運命の星の下にでも生まれたんだろうか?

 いや、そんな星があったら撃ち落としてやりたいけども。


「…………」

 地面に仰向けに寝転がって、霞んだ視界に広がるのは木々の枝葉の天蓋と夜空。


 視界の右側には高く切り立った崖がある。


 私、あんな高さから落ちたんだ……良く生きてたな。

 身体の周りに散らばってる枝葉がうまく緩衝材になってくれたんだろうな。


 でも、落ちた代償は決して軽くはなかった。


「げほっ……」

 咳き込んだ拍子に口から何かが溢れて零れた。

 認めたくないけど、味と臭いからして血ですね、これは。


 ああ、痛い。

 地面に打ち付けたのであろう背中はじんじんするし呼吸も苦しい。


 背中だけではなく身体中、そこかしこが「痛い!」と大合唱している。


 特に痛いのは右足首だ。

 打撲か、もしかしたら骨折してるかも。


 ……私、死ぬのかな?


 朦朧とする意識の中、私の墓を踏みつけて高笑いするローザの姿が浮かぶ。


 このまま死んだらあの女の思うつぼだ。


 ――絶対死んで堪るか!!


 激しい怒りは原動力となり、私の壊れた身体を突き動かした。


「……なんの……これしき……!」

 手の甲で垂れた血を拭い、地面に両手をついて上体を起こす。


「ロスタリア帝国で……自律型魔導兵器に誤射されたときは、もっと痛かったっ……! 頑張れステラ、気合と根性があれば、大抵のことは、なんとか、なるっ……!!」


 両手と左足を使って這うように移動し、崖に背中を預けて座り――そこまでが限界だった。


 ……もう無理。


 どんなに頑張ってもこれ以上身体が動こうとしない。

 座っているだけで精いっぱいで、気を抜くと倒れてしまいそうだった。


 血が足りないのか、視界が暗い。

 頬を撫でる夜風がやたら冷たく感じる。

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