42:救い
「確かに、二年に渡って大陸中を回った私も、ルカ様のような緋色の目を持つ人とは会ったことがありません。ラークの目も赤いですが、彼の場合は深紅ではなく赤とオレンジの中間のような明るい色合いですからね。でも、仮に世界中でたった一人だとしても、別に良いではないですか。それだけ希少価値がある目だということです。私はルカ様の目、大好きですよ。まるで最高級のルビーみたいで綺麗です」
上体を軽く傾けて、ルカ様の目を横から覗き込む。
「……好きの一言で片づけて良い話なのだろうか?」
「良いに決まっているではありませんか。ルカ様は一体誰の許しを必要としているんですか? 魔物と同じ色の目、だから何だというんですか? 何か問題でも? 誰かに魔物扱いされたことでもあるんですか?」
「……ああ」
あるのか。私は酷く悲しい気持ちになった。
「禁忌魔法を使う化け物。そう罵られたこともあったな」
「心無い言葉に耳を貸す必要はありませんよ」
「……お前は俺のことが怖くないのか? 俺は危うく魔法を暴走させかけたんだぞ」
「何度も言いますが、あれは仕方ないことだったんですよ。愛する家族を失いそうになって、冷静でいられる人間なんてどこにもいません。それに、ルカ様は最後の一線できちんと自制していました。ルカ様は魔法を使っていないんです。ただの前兆でしかなかったからこそ、ラークが意識を奪ったときに全てが消えたんです。既に発動した魔法なのであれば、使い手の意識を奪ったところでその効果が消えるわけがありませんからね」
そう、だからこそ――恐ろしいと思う。
ルカ様の魔法は発動すらしていないのに、その前兆だけでラーク以外の全員を震撼させた。
あのとき恐ろしさのあまり何もできなかった自分を私は密かに恥じている。
――もしも万が一同じようなことがあれば、今度こそ絶対に私が止めてみせる。
それは硬く心に誓っている。
けれど、もちろん、そんなことはないほうが良いに決まっていた。
「大丈夫です。ルカ様のお傍には私がいます。呪術を見抜けるプリムだって、ラークだってシエナだってルカ様の味方です。ルカ様が二度と暴走することのないよう、私たちは全力を尽くします。だから、そんな悲しい顔をしないでください」
どれほど言葉を尽くしてもルカ様の表情が晴れないから、私は左手で彼の手を握った。
「『魔力封じの輪』は使わないでください。この先、何があってもです」
『魔力封じの輪』は一切の魔法を使用不可能にする強力な魔導具だ。
ルカ様は過去に思い詰めて装着しかけたらしいけれど、ノクス様が許さなかった。
何故ならば『魔力封じの輪』には大きな副作用があるから。
『魔力封じの輪』は装着した人間の魔力だけではなく体力も精神力も奪う。
いうなれば、意思を持たない人形になってしまうのだ。
「私は自我を失ったルカ様の姿など見たくありません。私が見ていたいのは、庭の木陰でフィーと日向ぼっこをしてそのまま眠りに落ちるような、微笑ましい姿です」
「……見てたのか?」
何の変化も見せなかったルカ様の頬がわずかに赤くなり、そのことにほっとしながら私は頷いた。
「見てました」
一週間前のことだ。
ミアに呼ばれて庭に出てみれば、そこには木陰で仲良くフィーと寝ているルカ様がいて、私は女神に感謝した。
……多分、女神様もそんなことで感謝されてもと困惑したに違いない。
「見ていたなら起こしてくれれば良かったのに……」
ルカ様は恥ずかしそうに目を逸らした。
「無理ですよ。ルカ様は本当に幸せそうな顔で眠られていましたから。たとえ神様だって起こせないに決まってます。とにかくルカ様。私は立派な淑女になって誰よりも傍で支えますので、もう少しだけ待ってください。六日後に行われるダンスパーティーではルカ様と踊ることを楽しみにしているんです。ルカ様が不在の間、北の神殿から救援を求められて一時的に授業を中断し、現地で浄化活動を行ったために舞踏の技術の習得は予定よりも大幅に遅れてしまっていますが、絶対に六日で習得してみせます。ダーナ伯爵夫人も簡単なワルツのステップだけ覚えれば大丈夫だと言ってくださいましたし、私はやる気に満ちています。ルカ様も是非楽しみにしていてください」
再び上体を傾け、近くからルカ様を見つめながら右手を伸ばし、両手でルカ様の手を握る。
「ダンスパーティーだけではありません。これからもっともっと、私と一緒に楽しい思い出を作りましょう? ルカ様がどんな魔法の使い手だろうと関係ありません。私はあなたがいなければ幸せになれないんです」
「お前は本当に……」
ルカ様は根負けしたような、なんとも複雑な顔で笑って、私を抱きしめてきた。
「――お前は俺にとって救いだ。出会えた奇跡に感謝する」
感情のこもった声でルカ様は囁いた。
「そ、そんな大層な人間だとは思ったこともありませんが……誉め言葉は素直に受け取っておきます。私もルカ様と出会えて良かったです」
全身に感じるルカ様の温もりにときめきながら、ルカ様を抱き返す。
「もうご自分を卑下するようなことは言わないでください。ご自身が言われた言葉でしょう?」
「わかった。約束する」
「はい」
ルカ様は抱擁を解いて私を見つめ、自然と私たちは唇を重ねたのだった。
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