52:とんでもない大物
「ルカ様は立派にお役目を果たされたと思いますよ。難点を上げるとすれば、笑顔が少々足りなかったかもしれませんね」
「……人前で笑うのは苦手だ。あれでも精いっぱいだった」
「あのさーステラ。こいつ、無駄に愛想を振りまかない硬派なところが良いって、園遊会に参加してた女たちの心臓を鷲掴みにしてたぜー」
「!? わ、鷲掴みって、えっ?」
「ステラを不安にさせるようなことを言うな」
ルカ様は射殺せんばかりの鋭い視線でラークを睨んだ。
「うわ怖ッ!? いやいや大丈夫だって。一度だけ積極的な女に言い寄られてたけど、ルカは『私には愛する女性がいる』って真顔で断言したから」
「!!」
それが誰のことか知っている私は、真っ青だった顔を真っ赤に変えた。
「おかげでルカの株は爆上がりよ。きゃー素敵、私もあんな風に一途に思われてみたーいって、物陰で騒ぐ女たちの声がこっちまで聞こえたわ」
「……浮気されなくて良かったです」
デザートに出されているリンゴよりも赤くなった顔を隠すように俯く。
「当たり前だろう。言ったはずだ、俺が生涯愛する女性はお前ただ一人だけだ、と」
ルカ様が私を見つめて大真面目な調子で言うものだから、私の顔はもう火を噴いてしまいそうだった。
「わ、私も、……ですよ」
ルカ様の顔をまともに見ることができず、照れをごまかすためにパンをちぎって口に運ぶ。
「え、えーと。ラークはどうだったの? 園遊会。楽しかった?」
このままでは恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうなので、私はとってつけたような台詞をラークにぶつけた。
「ああ、楽しかったぜ。決闘もしたし」
「……決闘? 何故? 園遊会の余興?」
私は困惑した。
「違いますよ。ラークはルカ様を侮辱したユグレニーの貴族に決闘を申し込んだのです。本当に喧嘩っ早いんですから。何故行く先々で問題を起こすんですか」
彩り豊かなサラダを食べながら、シエナはため息をついた。
「いやーだって、あいつがルカの黒髪をしつこくからかうからさー。オレも最初は穏便に注意だけで済ませようと思ったんだぜ? そんなこと言っちゃいけませんよって優しく、笑顔でさ。でも、そいつはアンベリスに滞在したことでもあったのか、なんでお前だけアンベリスの王族の中で唯一黒髪なんだ、ひょっとして不義の子では? とかルカに直接聞くからさ。護衛としてはもう社会的に殺すしかねーだろ? オレが負けたら何でも言うことを聞く。その代わり、お前が負けたらルカに跪いて詫びろって決めて、いざ決闘。五秒で地面に這わせてやったわ」
ラークは愉快そうに笑い、皿に残っていた鴨肉のソテーの最後の一切れを平らげた。
「正確には三秒ですよ。あの人も可哀想に。大公様を含む各国の王侯貴族の面前で気絶させられた挙句、跪いて許しを乞う羽目になって。最後には泣いていたでしょう。あれだけの無様を晒したんです、社交界への復帰は絶望的でしょうね。ラークのように実家から絶縁を言い渡されてもおかしくありません。いくらルカ様を侮辱されたからとはいえ、あれは少々やりすぎだったのでは?」
「大公様も良いじいちゃんだったよなー」
シエナの台詞には全く聞く耳を持たず、ラークは懐かしむように目を細めた。
「騒ぎを起こして怒られるかな? と思ったけど、良くぞ私の孫に対する侮辱を許さなかった、見上げた忠義だって《紅蓮の騎士》の称号までくれたぜ。《紅蓮の騎士》って、なんか格好良くない?」
ラークは上機嫌でデザートのリンゴを頬張っている。
「……何故ラークは組織や国の頂点に立つ人間にことごとく気に入られるのか、私には不思議で仕方ありませんよ……あなた、オーラム共和国の王子やエメルナ皇国の皇女ともお酒を飲み交わしていましたよね?」
「ああ、二人とも良い奴だったぜ。ジギート王国の宰相さんもユーフォビア王国の王様も見た目に反して面白いおっちゃんだったな。機会があったらまた会いたいなー」
「……ルカ様はとんでもない大物を護衛にしましたね」
呑気にリンゴを食べているラークを見てから、ぽつりと呟く。
「ああ。全くだ」
ルカ様は苦笑した。
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