36:犯人はお前だ!
――兄上が教えてくださったんだ。このとき母上の腹の中には俺がいたんだ、と。もう母上はこの世に存在せず、お会いすることもできないけれど、この微笑みを見れば、どんなに母上が俺の生誕を待ち望み、愛されていたのかわかるだろう、と。
ルカ様はとっておきの宝物を見るように目を細め、嬉しそうな声でそう言った。
ギャラリーに展示されている王妃様の絵は他にも数点あるけれど、ルカ様が描かれている絵はこの絵しかない。
唯一ルカ様が描かれた尊い母子の絵なのに、私はこれからこの絵を破壊しなければならない。
「どうする? 壊すの止める?」
プリムが私の傍にやって来た。
何も言えずにいると、プリムは七色の瞳を眇めた。
「あたし、言ったわよね。たとえ全ての呪術媒体を破壊したところで無意味だ、ノクスは死ぬって。だって、呪術ってそういうものだもの。死ぬほど面倒くさい手順と時間、それを費やす狂気があれば、相手が誰だろうと一方的に命を奪える。一度発動してしまえばそれで終わり。根性の腐った下種が生み出した悍ましい外法、それが呪術よ」
プリムはこの期に及んで決心を鈍らせている私を冷ややかな目で見つめ、無機質な声音で告げた。
「かけられたのが軽度の呪いなら望みはあったかもしれないけれど、《百度目に喰い殺す蛇》は重度の呪い。解呪なんて不可能だわ。たとえ奇跡が起きて解呪に成功したとしても、ノクスの心身には重大な後遺症が残る。結局、全部無駄なの」
無言で唇を噛んだ私を見て、プリムが言った。
「――ねえ、もう諦めなさいよ」
プリムは無表情のようでいて、その実、心配と同情が見え隠れしている。
どれだけ冷淡に振る舞おうとしても、やっぱりこの妖精は優しいのだ。
私は心の中で微笑んでから首を振った。
「ううん。諦めるわけにはいかないよ。ルカ様に頼まれたから。私だって、ノクス様を失いたくない」
せめてこの目に焼き付けそうと、ドラセナ王妃の肖像画を食い入るように見つめて言葉を紡ぐ。
「プリムはこれまで何度も警告してくれたね。どんなに足搔いたって無駄だって。でも、私の我儘に付き合って広い王宮を端から端まで飛び回り、呪術媒体を見つけては教えてくれた。私たちがいくら訴えたって、呪いを見ることができない人間にはそれが呪術媒体がどうかなんてわからない。はたから見れば私たちは無意味に国の重要文化財を破壊して回った、ただの犯罪者よ。ごめんね、ラーク、シエナ。私のせいであなたたちは騎士の称号をはく奪される。犯罪者の烙印を押されるとわかっていながら、それでも最後まで付き合ってくれてありがとう。私一人じゃ全ての呪術媒体を破壊するなんて不可能だった。多分、三個目くらいであっさり捕まってたよ」
私たち以外誰もいないギャラリーに複数の足音が近づいてくる。
どこか規則的な足音には覚えがある――ディエン村でも聞いた。
あれは鍛え抜かれたこの国の騎士団の足音だ。
とうとう騎士団が私たちを捕まえにきたらしい。
いくらラークとシエナが強いと言えど、多勢に無勢。
私たちは捕まって、それから、どうなるんだろう。
その先は――あんまり考えたくないな。
「プリムもありがとうね。期待すれば期待する分だけ、望みが叶わなかったときに私が傷つくことになるから、必死で止めようとしてくれてたんでしょう? それくらいわかるよ。でもごめん。たとえ僅かな可能性であっても、私はそれに賭けたいの。だって、こんな結末あんまりでしょう?」
私は肖像画の縁を掴んで壁から外した。
これはルカ様の大切な絵だ。唯一無二の宝物。
――だから、この役目は誰にも譲らない。
クラウディア様の絵を破壊したラークを真似て、私は両手で固定した肖像画に思いっきり右膝を叩き込んだ。
肖像画は真っ二つに割れて、ドラセナ王妃の身体が分断された。
ごめんなさい、王妃様。
私は割れた肖像画を抱きしめて、亡き王妃様に心の底から詫びた。
ごめんなさい、ルカ様。あなたの宝物を壊してしまいました。
後で謝りますね。何度でも謝ります。
――でもどうか、これでノクス様の呪いが解けますように。
「よくやった」
ぽんぽん、とラークが私の頭を軽く叩いた。
苦笑で応えた直後、ギャラリーに十五人もの騎士たちがなだれ込んできた。
それから、バーベイン様と、ギムレット様と、宰相と、ええとあの人は――名前は確かアドルフ・ネルバ大公爵だっけ。ルカ様の叔父さん。
「貴様――」
バーベイン様は私の手の中にある割れた王妃の肖像画を見て、怒り心頭の様子だったけれど。
「ああああああああああ――!!!」
プリムの大絶叫がギャラリーに鳴り響き、バーベイン様の怒号を打ち消した。
思わず全員が身を竦めて耳を塞ぐ。
何事かとプリムを見れば、プリムは怒りの形相でアドルフ・ネルバ大公爵を指さしていた。
「見つけたわ、こいつよノクスに呪術をかけて殺そうとしたクソ野郎!! 気持ち悪ッ、呪術のせいで存在が変質して人間じゃなくなってるじゃないの!! なんでみんな平気な顔してそいつの傍にいるのよ!? 信じられない!!」
明かされた犯人の正体に驚く暇もなく、プリムは続いてバーベイン様を指さした。
「あんた!! 一番偉そうだからあんたが国王でしょ、そうでしょ!?」
「そうだけどプリム、国王陛下を指さしたらダメ――」
諫めようとした声は、またしてもプリムが掻き消した。
「最悪、本当に最低!! こいつ、国王まで呪ってるわよ!! んんー、
プリムは腰に手をあてて胸を張った。
「え」
私は目を見張った。
まさか、バーベイン様まで呪われていたなんて。
「いやいや自慢してる場合じゃなかったわ!!」
ぶんぶんと首を振ってから、プリムは真剣な表情を取り戻し、続いてギムレット様をまっすぐに指さした。
「あんたは呪術の協力者ね!? 国王にかけた呪いには関与してないみたいだけど、ノクスにかけた術式を補助したでしょう!! とぼけたって無駄よ、あんたの身体には蛇の形をした呪いの残滓が巻き付いてる!! あたしには全てお見通しなんだから!!」
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